和泉宏隆さんの隣にいた日々 by サックス奏者 太田 剣
Text by Ken Ota 太田 剣
『三日間ありがとうございました!来週末の渋谷のフェスティバルもよろしくお願いします。楽しみにしてますー。』
それが、僕が和泉さんに言った最後の言葉だったろうか。そのライブから帰宅して就寝中のことだったという、突然の旅立ちから1ヶ月。その夜の記憶は未だ少し混濁したままだ。
和泉宏隆さんと過ごした最後の三日間のことは、自分のウェブサイトのブログ【NOTES】にも書いたけれど、
四月二十三日、和泉さんのご自宅で手料理をご馳走していただき、
四月二十四日、水戸のジャズクラブ『Girl Talk』に二人で出演し(冒頭の写真)、
四月二十五日は水戸で昼間に開催されたパイプオルガン奏者、山田由希子さんと僕のクラシックコンサートを和泉さんが鑑賞、
そして一緒に御茶ノ水に移動して、和泉さんと共に作った新作CDの『先行発売ライブ』。
それはCDの完成後、レコーディングメンバー全員揃って臨んだ最初の演奏で、これから四人でゆっくり日本全国いろんな所へ演奏しにゆこうと思っていたその皮切りのライブが、四人での最後のライブとなってしまった。
ライブだけじゃない。レコーディングしてる時も、この録音を楽しんで、喜んでくれていたのか、休憩中に『早く次のアルバムも作ろうよー』とノリノリで仰ってくれてたから、僕も『これからずっとお願いしますよ!』と半ば本気で言って、これは記念すべき和泉さんとの最初の作品のつもりだった。『いろんな作品作りたいですねー』と、それとなくお願いしつつも、互いに言い合っているいつもの軽口と受け止められちゃうかもしれない、でも、これが本心であることはこれから証明してゆけばいいよな、と思っていた。いまこうして、和泉さんを招いて、自身15年ぶりのリーダーアルバムを作っているのだから僕の本気は伝わっているだろな、と。でも最初で最後の作品になってしまった。
レコーディング中、同じ曲を数回やってみて、その中からCDに収録するテイクを決める段になると、和泉さんが『このソロがいいかな~』というテイクと、僕が採用したいテイクが違うことが何度かあった。何れ劣らぬ素晴らしさなのだけれど、一応この作品のリーダーとして僕は、自分の心の琴線に触れるものをチョイスして『和泉さんのソロ、これが好きなんですけどダメですか?』と、ニコニコとお伺いをたてつつも一歩も譲らないような構えを見せると、和泉さんは決まって『いいよいいよわかったよー、剣ちゃんのアルバムだし。もう好きにしてちょうだい!』と笑いながら同調してくれた。
恐れ多くも和泉さんがライブのMCで言ってくれた『太田クンとは志向する音楽のペーソスに相通ずるものがある』(だったかな?)という言葉の意味は自分でも薄々感じていたところで、それはきっと、好きな楽想のタイプの話もさることながら、曲や演奏など、音楽を作っている時のマインドの在り方の理想のことかな?と思ったりもしている。
和泉さんは徹頭徹尾、音楽に真摯というか。内から涌き出でるイメージを曲という絵にするのに妥協がないというか。そして、描かれた絵は、観る人の誰一人、置いてけぼりにしない。凄く読みやすくて好印象なフォントで書かれた短編小説のような、読後にまた読みかえそうと思って大切に本棚にしまう類の楽曲たち。その曲、曲、曲には、和泉さんのエゴが全く感じられない。こっちを見て、書いてる自分のことに興味を持ってくださいよ、なんて、聴く人に感じさせることは微塵もない。曲が始まった瞬間に別世界の風景が拡がって、そのまま魔法の絨毯に乗せられて、いつかどこかで見たような、あるいは、これから見てみたいような景色と、そこにある人生のストーリーを時に優しく、時に熱く語り、見せてくれる。それを可能にしているのが、あのピアノの音色。速いテンポの曲をやっても、和泉さんのソロはバラードのように聞こえる。
芯が強く腰が座っていながら、耳に痛いアタリやエキセントリックな響きの一切ない『強くて優しい』音色。その完成された音色は、どんな曲に向かう時も凛として一定で、ちょこざいなニュアンスづけなど全くしない。察するに、相当の努力の末に到達したあの音色は、その日その時の気分や洒落っ気を少しでも加えようものなら、たちまちそのエゴで滲んでしまって、聞く人は夢から醒めてしまう。だから、体得したピアノを弾く手技はいついかなる時も微動だにさせず、無心になって、美しく叙情的に流れるメロディの次の『音』だけを追い続ける。理想的なサウンドでピアノを鳴らす自分の手技を無意識のところにまで高めるために、キーボードという異なる機構の楽器から遠ざかったのは、あの音色を聞けば頷けるところだ。
では自分は、というと。自分のことは自分が一番わからないのだけれど、レコーディング中に僕が聞いて選んだ、自分の一番良いソロのテイクは今聞いてみても、無心でただ良いメロディを追い求めていたその内心が見える。『これ、感動を狙って作ろうとしているな』と気づいてしまう演奏に、聴く人の感動が入り込む余地はない。
それを和泉さんはわかっていて、僕は目指している。レベルは全然追いつかないけれど、同じ列車に乗って一緒に旅を続けていたはずで、でも気がついたら隣の席に姿が見当たらない。きっといつもの気まぐれだ。食堂車に行って『ちょっとオイラにやらせてみなさいよ』とばかり、厨房に入って料理の腕を奮ってるのかもしれない。最初に出会った1998年から20年ぶりに連絡をくれて、それからずっと一緒に居たのだ。次に会うのもまた2、30年先かもしれない。その時は、演奏もダジャレも『お、剣ちゃん、腕を上げたね』と言われたいから、今はこの列車に乗って行けるところまで行ってみよう。きっとこの列車は『宝島』行きだから。
●New CD 『SONGS FROM THE HEART / 太田剣 with 和泉宏隆』
(SCRAMASAX RECORDS:SRMS-001)
¥3,000(税抜価格¥2,727) 発売日:2021年5月21日
太田 剣(ss,as) 西嶋 徹(b) 河村 亮(ds)
スペシャルゲスト: 和泉宏隆(p)
1.SONG FOR THE NEW LIFE(太田 剣)
2.GREENHOUSE(太田 剣)
3.TRAVELIN’ CLOCK(太田 剣)
4.SECRET OF THE STONES(太田 剣)
5.RAIN(太田 剣)
6.TWO BY THE POND(太田 剣)
7.AFTER THE SHIP HAS GONE(和泉宏隆)
8.LOVE BALLAD(和泉宏隆)
9.CROSSROAD(太田 剣)
10.HARDWARE LOVE(太田 剣)
2021年2月&3月 東京録音
購入ウェブサイト Scramasax Records
(全国のCDショップやオンラインショップでも販売中)
TWO BY THE POND / 太田剣 with 和泉宏隆 – レコーディング風景PV
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太田 剣 Ken Ota Jazz Sax Player
1970年、愛知県生まれ。早稲田大学在学中に池田篤、ケニー・ギャレットらに師事し、大坂昌彦カルテットでプロデビュー。2006年、ジャズの名門『Verve』レーベルよりアルバムをリリース。同レーベルからの日本人サックス奏者としては渡辺貞夫に次いで2人目。国内外のジャズフェスティバルやジャズクラブへの出演以外にも、マイク・ノックから矢沢永吉まで、ジャンルを問わず他アーティストのツアーサポートなどにも参加している。
公式ウェブサイト KenOta.net