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特集『ECM: 私の1枚』

松下美千代『Keith Jarrett / The Melody At Night, With You
』
『キース・ジャレット/ザ・メロディー・アット・ナイト,ウィズ・ユー』

ジャズ・ミュージシャンの中で、このアルバムの中毒になっている人はたくさんいると聞いたことがあります。私もその中の一人ですが、もう聴きすぎてしばらく距離を置こうと思ったことは一度もありません。

初めてこのアルバムを聴いた時、不覚にも夕暮れの綺麗な時間帯に中央線で電車に揺られていた。おそらく仕事で吉祥寺に向かう途中だったと思う。
繊細なピアノの音、タッチ、音の行方が私の体全体に解されて涙腺をも崩壊してしまったことがある。
なぜこんなに涙が止まらなくなってしまったのか?あの時から何百回と繰り返して聴いている。
難しいことは何も弾いていない。それもそのはず、50代前半で慢性疲労症候群という難病にかかり3年もの間ピアノの蓋も開けず、窓からの景色を眺める毎日だった生活からの復帰のきっかけになった作品であったからだ。しかも、世の中に出すための商品でなく、奥様へのラブレターだった。

だからか...一音一音に愛が込められすぎて、余計な音が一切ない。ただただシンプルにメロディを紡いで奏でる。キースが弾くと「この曲って、こんな素敵な曲なんだ」と認識し直すことが多い。
そして「これでいいんだ、これなんだ」と改めて音楽のあり方が自分の中でも覆された時期でもありました。

個人的な体験の中で出産や怪我などでピアノが弾けなかったジレンマ、世界中のミュージシャンが現場を失ったコロナ禍。キースの病魔と戦ったこの3年間とは比べ物にもならないけれど...。
毎回の本番でかなりのエネルギーを注ぎ、全神経を集中させていたと思うと、計り知れないストレスが溜まっていったのではないかと思います。

このアルバムを出すまでのピアノと離れていた3年間がご本人にも必要な貴重な時間だったのではないかなと思わせる大好きな1枚。


ECM 1675
Keith Jarrett (Piano)
Recorded 1998, Cavelight Studio
Produced by Keith Jarrett


松下美千代  まつしたみちよ
ピアニスト、作編曲家。東京下町育ち。初めての音楽とのふれあいはオモチャの木製の木琴。7歳から電子オルガン、17歳からクラシックピアノを始める。高校卒業後、ヤマハ音楽院にて初のバンド経験、作編曲とポピュラー音楽全般を学び、ジャズの世界を知る。卒業後ヤマハミュージックメディア、ソニーマガジンなどで出版業界のノウハウを習得しながらアレンジャーとしても活動。ジャズピアニスト藤井英一氏のアシスタントをしたことが後のジャズへのきっかけとなる。1993年、毎日新聞社主催「ファミリーソング大賞」作詞作曲で3000人の中からグランプリ受賞。1999年、アメリカのバークリー音楽大学のサマースクールへ参加。帰国後、都内を中心にジャズピアニストとして活動を開始。その他ゴスペルスクールのピアノ伴奏やジャズ・ポピュラーピアノの指導にも力をいれ、現在は自己のトリオや数々のセッションに参加する傍ら、作曲、編曲、出版物のアレンジ、レコーディングなどマルチなミュージシャンとして活動している。
公式ウェブサイト

【ライヴ情報】
4/7(金)…松下美千代trio SWAN
工藤精(b)  斉藤良(ds)
4/14(月) 母友DUO at シュガーヒル(草加)
平山順子(as)
5/5(金)…ミチャカチャ at カフェクレール(西新井)
中島香里(vib)
5/8( 月)…松下美千代trio at そるとぴーなつ(江古田)
工藤精(b)    斉藤良(ds)

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