ピーター・エヴァンス ディスコグラフィー解題
text by Takeshi Goda, Akira Saito, and Atsushi Joe 剛田武、齊藤聡、定淳志
初来日を果たす気鋭のトランぺッター、ピーター・エヴァンスの豊潤な作品群を解読する
ニューヨーク即興音楽シーンを代表する希代のトランぺッター、インプロヴァイザー、コンポーザー、トリックスターのピーター・エヴァンスが9月、ついに待望の初来日を果たす。15日の「JAZZ ART せんがわ」を皮切りに27日の京都まで、関東・関西で多くのゲストを迎えての12公演が予定されている。
1981年オハイオ生まれのピーター・エヴァンスは2003年にニューヨーク進出後、高度な音楽理論と演奏技術に裏打ちされた鬼才ぶりが瞬く間に注目され、これまでの15年間で実に多様なグループ・作品に参加してきた。彼のディスコグラフィーをつぶさに眺めていくと、米国だけでなくヨーロッパ即興音楽シーンの重要人物たちとのコラボレーションも数多いことに気づかされる。前号インタビューでエヴァンス自身も語ったように、今回のツアーが「日本のシーンとの長く実り多い関係のはじまり」となり、今後の彼のキャリアとディスコグラフィーにさらに豊かな色彩を加えることにつながることを期待する。
本誌No. 243からの特集「ピーター・エヴァンス」、来日を目前に控えたNo. 245では、彼のディスコグラフィーを振り返るカタログミニレビューを企画した。レビュワーは剛田武、齊藤聡、定淳志の3人が務め、参加ミュージシャンや内容などを考慮して各人が5枚を選び、計15枚を取り上げている。ピーター・エヴァンスの豊かな音楽性が、1人でも多くの理解者を得る一助になれば幸いである。(定)
●リーダーセッション
『Peter Evans Quartet / The Peter Evans Quartet』
Firehouse 12 Records – FH12-04-01-004 / 2007
Peter Evans (tp) / Brandon Seabrook (g) / Kevin Shea (ds) / Tom Blancarte (b)
1. !!!!! / 2. Bodies And Souls / 3. How Long / 4. Tag / 5. Frank Sinatra / 6. Iris / 7. The 3/4 Tune
Recorded on February 10, 2007 – February 11, 2007 at Firehouse 12, New Haven, CT
エヴァンスにとって初のリーダー作となる自己のカルテットのデビュー作。NYブルックリン即興シーンの曲者揃いだが、メンツから想像するほど突飛な演奏ではない。各自の卓越した演奏技術を活かして、スウィング、ビバップ、ハードバップ、フリージャズから現在に至るジャズの伝統を踏まえた即興演奏は、ハードコアなジャズでありながら、意外なほど分かり易く耳に馴染みやすい。ケヴィン・シェイ(ds)、トム・ブランカート(b)が産み出す波打つ音のシーツの上をブランドン・シーブルックの空間的なギターとエヴァンスの饒舌なトランペットが彷徨し徘徊する。逸脱するケイオティックなパートもあるが、21世紀の自覚的演奏家にとっての前衛は目的ではなく手段である。アメリカの国民的歌手の名前を冠した15分に亘る長尺曲「フランク・シナトラ」は、短編映画を思わせるストーリー性のある演奏を繰り広げる。ニューヨークの街に潜むジャズの亡霊を召還する祈りに満ちた雰囲気は、現在まで別ユニットやコラボで共演を続ける4人の信頼関係が築かれた記念すべき作品に相応しい。(剛)
『Peter Evans Quintet / Ghosts』
More Is More Records 111 / 2011
Peter Evans (tp) / Carlos Homs (p) / Tom Blancarte (b) / Jim Black (ds) / Sam Pluta (live processing)
1. One to Ninety-Two / 2. 323 / 3. Ghost / 4. The Big Crunch / 5. Chorales / 6. Articulation / 7. Stardust
Recorded at Eastside Sound, June 5 & 6, 2010.
確かに一見オーソドックスなジャズのようなグループを形成しているのだが、サウンドの世界観はまったく対極にある。五者五様のアプローチがアンサンブルでもユニゾンでもハチャメチャでもない世界を形成して、耳を襲ってくる。「Christmas Song」の変奏版「… One to Ninety Two」、「I Don’t Stand a Ghost of a Chance」の変奏版「Ghost」、そして「Stardust」。名曲がそのストラクチャーを驚くほどためらいなく解体され、敢えて再構築まで行われない大きな自由がある。エヴァンスのトランペットはその中で驚くほどストレートだ。
彼は本盤について「ユーモアはまったく心の中にありませんでした。個人的なものを入れ込むつもりで、素材にアプローチしようとするのです。その結果オリジナルを歪めることになっても、自分としてはOKです。」と語っている(前号インタビュー)。だとすれば大変な確信犯だ。(齊)
『Peter Evans, Kassa Overall, John Hébert / Zebulon』
More Is More Records - MIM 131 / 2013
Peter Evans (tp) / John Hébert (b) / Kassa Overall (ds)
1. 3625 / 2. Lullaby / 3. Broken Cycles / 4. Carnival
all compositions by Evans
Recorded live at Zebulon, NYC, March 2012
アンドリュー・ヒル最後のトリオをはじめ、近年はフレッド・ハーシュ・トリオ、メアリー・ハルヴァーソン・トリオ、ジョン・エスクリートがエヴァン・パーカーを迎えたカルテットなど、数々の大物や気鋭ミュージシャンに寵愛されるジャズベーシスト、ジョン・エイベアを迎えたコードレストリオによる2012年のライブ録音。ハードボイルドな編成でエヴァンスは、八面六臂縦横無尽に吹きまくり躍りまくり駆けまくり飛びまくる。ジャズをずらしデフォルメし解体し逸脱し、あるいはモダンジャズのエッセンスを凝縮しながら軽々と回帰してみせる至芸に陶然とする。ジャズという音楽にはジャズを裏切り続ける欲望がその本質として内包され、鮮やかにジャズを裏切りジャズの内側からジャズを食い破ろうとする彼の演奏もまた、ジャズの至高の快楽そのものである。(定)
『Rocket Science』
More Is More Records 133 / 2013
Evan Parker (ts, ss) / Peter Evans (tp, piccolo tp) / Craig Taborn (p) / Sam Pluta (laptop)
1. Fluid Dynamics / 2. Life Support Systems / 3. Flutter / 4. Noise Control
Recorded on May 25th, 2012 at the Vortex Jazz Club, London UK
実にファンタジックな1時間のライヴである。巨匠エヴァン・パーカーは循環呼吸奏法も駆使し、蛇のように時空間をのたうつ。唯我独尊のソロとは異なり、轟音の力で突破的なサウンドを発するのではなく、抑制気味に、その分多彩な音色を提示することに専念しているように聴こえる。それも奏功し、公平な四者が抽象的な位相間を自在に行き来しながら複雑に絡み合う。パーカーと同様にエヴァンスも音色のショーケースとなっている。一方、クレイグ・テイボーンのピアノには音楽に着地点を与えているような印象がある。2015年9月、NY・Stoneでのライヴにおいて、テイボーンの代わりにモリイクエ(エレクトロニクス)が入ったことがあった。もちろん魅了されるサウンドだったが、それはRocket Scienceではなかった。テイボーンの貢献は単なる4分の1ではない。(齊)
『Peter Evans / Lifeblood』
More is More 161 – released on custom USB drive & digital formats
Peter Evans – solo trumpet
1. Lifeblood / 2. Mirrors of Infinity / 3. Humans! / 4. How Demons Enter / 5. Pneumata / 6. Night, part 1 / 7. Night, part 2 / 8. Night, part 3 / 9. Abyss: for Roscoe Mitchell / 10. Pathways (for Rajna Swaminathan) / 11. Prophets part 1 / 12. Prophets part 2 / 13. Prophets part 3
1 Recorded at the Bop Stop in Cleveland, Ohio 9 April 2016
2~9 Recorded at Roulette Intermedium during the 2015/16 season
10 Recorded in Queens, NYC 15 June 2016, & 22
11~13 Recorded 22 February 2016 & November 2015
エヴァンスがキャリア初期から、「自分の発展や成長を試す鏡」として探索してきたソロトランペット・プロジェクトの最高到達点。ただし「現時点では」と但し書きを付けなければならないのが、彼の恐ろしいところだ。とにかく溢れんばかり、ではなく、溢れまくるアイデアとテクニックを超高圧圧縮し、その超重力はブラックホールと化し、聴いているこちらの意識を事象の地平線のかなたへと引きずり込みながら、物凄い情報量とスピードで超絶世界を現前させる。トランペット一本によって繰り広げられる信じがたい音の流れ(なぜか時折ハンニバル・マーヴィン・ピーターソンを思い出す)は、ジャズの歴史を一瞬で行き来する豊饒さと、エヴァン・パーカーらが開発してきた管楽器技術の粋が同居し、身をゆだねていると心があちこちへと飛び、遊ぶ。(定)
●米国の仲間たちとのコラボ
『Bruce Eisenbeil, Klaus Kugel, Perry Robinson, Peter Evans, Hilliard Greene / Carnival Skin』
Nemu Records - Nemu 003 / 2006
Bruce Eisenbeil (g) / Klaus Kugel (ds) / Perry Robinson (cl) / Peter Evans (tp, piccolo tp) / Hilliard Greene (double b)
1. Journey To Strange (Robinson) / 2. Monster (Evans) / 3. Iono (Greene) / 4. Bobosong (Kugel) / 5. Diagonal People (Eisenbeil) / 6. Carnival Skin (Evans, Robinson, Eisenbeil, Greene, Kugel)
Recorded April 2005 at Leon Lee Dorsey Studio in NYC
「カーニバル・スキン」はブルース・アイゼンバイルとクラウス・クーゲルによるユニット。注目は当時新人のエヴァンスと、1960年代から活躍するフリージャズクラリネットのパイオニア、ペリー・ロビンソンの邂逅だ。またエヴァンスにとってはNY進出後、大先輩たち(最も歳の近いアイゼンバイルでさえ18歳、ロビンソンに至っては40歳以上も違う)に初めて迎えられた作品でもある。各人がオリジナルを持ち寄り、最後にアルバムタイトルになっているインプロヴィゼーションの計6曲を演奏。エヴァンスはバップのカリカチュア的ソロに始まり、代名詞といえる七色の奏法を駆使し、ロビンソンの年輪にも引けを取らない表現力で、新鮮な感覚と並ではない個性を見せつける。「新人」とはたんに「新しい人」ではない。その世界に新たな“何か”をもたらす人物こそ、真の意味で新人というべきだ。本作のエヴァンスはまさしくそうした存在である。(定)
『Mostly Other People Do the Killing / The Coimbra Concert』
Peter Evans (tp) / Jon Irabagon (ts, sopranino sax) / Moppa Elliott (b) / Kevin Shea (ds)
1. Drainlick / 2. Evans City / 3. Round Bottom, Square Top / 4. Blue Ball / 5. Pen Argyl / 6. Burning Well / 7. Factoryville / 8. St. Mary’s Proctor / 9. Elliott Mills
Recorded May 28th and 29th 2010 at Salão Brazil during the Jazz ao Centro Festival, Coimbra.
Mostly Other People Do the Killing(MOPDtK)は2003年に結成された。バンド名と同様に、エディ・アダムズの写真「サイゴンでの処刑」を模したロゴマークも際どい。諧謔精神はジャケットにも及んでおり、ジャズの名盤のパロディを出し続けた。本盤はキース・ジャレット『ケルン・コンサート』だ。そして、全曲がエリオットのオリジナルだが、ジャズスタンダードの断片が埋め込まれている。
しかし、演奏は物真似などではない。エヴァンスとイラバゴンの多彩なブロウ、シェイの飛翔するようなドラミングなどぶっ飛んでいる。構成はときに奇怪でもあり、ジャズを装いつつ見事に舌を出して別物を提示している。仮にMOPDtKの音楽を悪ふざけと呼ぶとすれば、それは、かつてジョン・ゾーンが「Jazz snob, eat shit」と言い放ったように、凝り固まった認知を笑い飛ばす本気の悪ふざけなのだ。
その後エヴァンス、イラバゴンともに脱退した。MOPDtKはピアノトリオを中心としたバンドに変貌しているが、今もなお強靭な遊びの精神を保持している。(齊)
『Weasel Walter, Mary Halvorson, Peter Evans / Mechanical Malfunction』
Thirsty Ear – THI 57204.2 / 2012
Weasel Walter (ds) / Mary Halvorson (g) / Peter Evans (tp)
1. Baring Teeth / 2. Vektor / 3. Broken Toy / 4. Klockwork / 5. Freezing / 6. Malfunction / 7. Organ Grinder / 8. Interface / 9. The Last Monkey On Earth / 10. Bulging Eyes
Recorded April 1, 2012 at Mengroth, The Thousand Caves.
本誌ではお馴染みの、NY即興シーン“変態派”を代表する3人のミュージシャンによる『Mystery Meat』(ugEXPLODE / 2009)、『Electric Fruit』(Thirsty Ear / 2011)に続く3rdアルバム。“機械的動作不良”というタイトルから、ジャケットの玩具の猿が誤作動してシンバルを永遠に叩き続ける有様を想像してしまう。その印象は音を聴くと確信に変わる。自制心の箍が外れた饒舌な音像は、「見ざる、聴かざる、言わざる」の三猿ならぬ、「見すぎる、聴きすぎる、言いすぎる」三演とでも呼ぼうか。吃逆(きつぎゃく=しゃっくり)で痙攣したようにスティックで叩かれるパーカッション、豆を一粒ずつ踏みつぶすように弦をピッキングするギター、吹き込んだ息の消息を知ろうとさらに息を吐露するトランペット、歪んだ三角ピラミッド空間に生ずるカオスこそ、自らのグループを率いる責任に耐えるバンドリーダー3人にとっての束の間の憩いの時間と場所なのかもしれない。拮抗し対立し軋轢を起こしても瓦解する心配なしに、精神状態を緩めながら進行する三つ巴の演奏は、数多くの罠にも拘わらず、喜びの泉の奔出に潤っている。本作以降このトリオの活動記録は無いが、気が向いた時に気軽に集まれる関係は続くに違いない。(剛)
『Sam Pluta, Peter Evans / Event Horizon』
Carrier Records – 024 / 2014
Sam Pluta (electronics) / Peter Evans (tp, piccolo tp)
A1 Event Horizon
A2 Dark Matter
B1 Gateway to Another Dimension
Side A – 23 November 2013, Toronto
Side B – 25 Nov. 2013, Wesleyan University, Middletown CT
サム・プルータはシカゴをベースに活動する作曲家/電子音楽家。主にラップトップによる即興演奏で知られる。エヴァンスとは本稿でレビューされているPeter Evans QuintetやRocket Scienceを含む様々なプロジェクトでコラボレーションしており、正に絶好のパートナーと言える。
本作は2013年のデュオ公演でのライヴ録音。アンサンブルを重視するグループ形態とは異なり、激しく自己主張するエレクトロニクスに対して、エヴァンスはバルブの打撃音やリップノイズ、さらに自らの声を総動員した物音ノイズで応える。プルータの電子音は耳障りなノイズとは対極にある学究的な電子音響であり、そのクールでメタリックな感覚と、エヴァンスのヒューマニスティックな生体音響が絡み合う、言わば即興演奏版アダムとイヴの創世記のサウンドは、「光や他の放射線がそこを越えて逃げることができないブラックホールの周りの理論的境界」を意味するアルバム・タイトルと絶妙にリンクしている。(剛)
『Pulverize the Sound』
Relative Pitch Records 1039 / 2015
Peter Evans (tp) / Tim Dahl (b) / Mike Pride (ds, perc, glockenspiel, nose whistle)
1. Boxes / 2. Echo / 3. Pools / 4. Being Dark Is Easy / 5. Unison
6. Frank Anthony
Recorded at the Bunker, Brooklyn NY.
「サウンドを粉々にせよ」との指令は誇張ではない。ティム・ダールが不敵に煽り立て、マイク・プライドはあらん限りのエネルギーを投入してひたすらに打つ。NYでは、バスドラムが向こうに飛んでいかないように片手で押さえながらペダルを踏み続ける姿も、また別の日には、酸素が足りなくなるのではないかと思えるほどに全身全霊をドラミングに捧げる姿も目撃した。エヴァンスもパワープレイをベースとしながらも、鋭く刺す音、マシンガン、グロウル、循環呼吸など多彩極まりない技を次々に繰り出す。恐れることのない彼らは、カタルシスとエクスタシーを目指し、悪夢的なリフレインをも通じて、最後まで爆走する。静かなときも気が放出されている。
今後、このトリオによる続編を吹き込む計画もあるという。シンプルな形であるだけに、さらなる進化が期待できそうだ。(齊)
●欧州ミュージシャンとの共演
『Evan Parker Electro-Acoustic Ensemble / The Moment’s Energy』
Evan Parker (ss) / Peter Evans (tp, piccolo tp) / Ko Ishikawa (sho) / Ned Rothenberg (cl, b-cl, shakuhachi) / Philipp Wachsmann (vln, live electronics) / Agustí Fernández (p, prepared p) / Barry Guy (b) / Paul Lytton (perc) / Lawrence Casserley (signal processing instrument) / Joel Ryan (sample and signal processing) / Walter Prati (computer processing) / Richard Barrett, Paul Obermayer (live electronics) / Marco Vecchi (sound projection)
1 ~ 7. The Moment’s Energy (I~VII) / 8. Incandescent Clouds
Recorded November 2007 at Lawrence Batley Theatre, Huddersfield
欧州フリー・ミュージック界の重鎮エヴァン・パーカーによるElectro Acoustic Ensembleは、即興の文脈でリアルタイムの電気信号処理の可能性を模索するために、1990年にセクステットとして結成された。活動と共に徐々に形態が変化し、2007年英国ハダーズフィールド現代音楽祭の委嘱作品を収録した通算5作目に当たる本作には14人のミュージシャンがクレジットされている。ちょっとした室内オーケストラ並みの編成だが、そのうち半分がエレクトロニクス担当。パーカー(ss)、バリー・ガイ(b)、ポール・リットン(ds)、ネッド・ローゼンバーグ(cl)、フィリップ・ワックスマン(vln)といった即興音楽界のベテランに混じって、エヴァンスのトランペットが随所で効果的にフィーチャーされている。エヴァンスを含む編成で2010年にも欧州各地をツアーした。パーカーとのコラボは形を変えてこの後も続くことになるが、Electro Acoustic Ensembleに於ける電子信号と生楽器の境界のない交歓がエヴァンスの音楽思想に与えた影響は大きいに違いない。
エヴァンス自身は、今回の初日本ツアーで、同じく本作に参加した笙の石川高との共演を特に楽しみにしているという。そのきっかけが本作にあるのは確かだろう。その意味で10年来の思いが実現する、エヴァンス+石川高+今西紅雪(筝)のトリオ公演は見逃せない。(剛)
『PBB’s Lacus Amoenus / The Sauna Session』
Piero Bittolo Bon (as, mighty contrabass dubstep pocket reed tp, no input electronics) / Peter Evans (tp, piccolo tp) / Glauco Benedetti (tuba) / Simone Massaron (g) / Tommaso Cappellato (ds)
1. Glauco Benedetti’s Sound Of Love / 2. matador? MATADOR?? / 3. Please Flora Don’t Look At Me Like That / 4. How To Kill Peter Evans With A Rotating Tube / 5. Ballad Of The Martian Rovers / 6. The Mighty Cavata Bros / 7. Saxophone Shaped J / 8. A Fanfare / 9. Turtles All The Way Down / 10. Twntytw / 11. And Now The Quite
Recording unknown
たとえばトラヴィス・ラプランテやエヴァン・パーカーのように拡張的奏法を押し出すサックス奏者と共演する場合、エヴァンスもかれらに決して劣らない追求をみせる。一方で、また異なる個性を持ったイタリアのサックス奏者ピエロ・ビットロ・ボン(PBB)との共演においても、エヴァンスは水を得た魚のようになってすべてを発散する。PBBは強粘性で折れずに突き進む音を獲得しており、バンドのサウンドには狂騒感や焦燥感や哄笑がフル搭載されている。PBBが、よじくれたファンクギターが、エネルギッシュなドラムスが、下から煽るチューバがそれぞれ暴れる中で、エヴァンスも同等以上に強い音をよどみなく吹き、狂と笑の火薬に点火してみせる。PBBは来日したいと以前から口にしており、その実現を期待する。そうなれば、日本のフリー・インプロシーンに大きな刺激を与えるはずだ。(齊)
『Evans, Fernández, Gustafsson / A Quietness Of Water』
Not Two Records – MW952-2 / 2017
Peter Evans (tp) / Agustí Fernández (p) / Mats Gustafsson (sax)
1. Once In A Rented Room / 2. Persistent Hope / 3. I Speak To Hear / 4. Thoughts / 5. A Quietness Of Water
all improvisations by Evans, Fernández, Gustafsson
Recorded September 17, 2012 at Garnison7 Studio, Vienna
通称「EFGトリオ」による、2枚目のアルバム。異能の3人は楽器の可能性を極限まで、あるいは限界以上に引き出し続ける。もっとも一口に「極限」といったところで、一般に想像するような、激しさやらスピードやら高音やらが極限だとは限らない。このトリオでは本作のタイトルが示すように、繊細さの極限というものが追究されているようだ(かといって、べつだん静かな音楽でもないのだけれど)。それぞれが通常奏法に加えて、打楽器も弦楽器も管楽器も鍵盤楽器も電子楽器も兼ねるように、トランペットが和笛や木管や電子音のような多彩な響きを剔出したかと思うと、バリトンサックスも同様の(時々トランペットと区別がつかない)音やディジュリドゥや鼓の響きを繰り出し、ピアノは内部奏法を駆使してあちこち叩き弦を掻きむしる。絶えず千万無量千変万化の音が紡がれ、精緻に重ね合わされ、何度も高みへと連れ去られる心地がする。(定)
『ANEMONE / A Wing Dissolved in Light』
NoBusiness Records – NBLP 105 / 2017
Peter Evans (piccolo tp) / John Butcher (ts, ss) / Frédéric Blondy (p) / Clayton Thomas (b) / Paul Lovens (selected and unselected ds and cymbals)
Side A. UNE AILE DISSOUTE DANS LA LUMIERE (PART I)
Side B. UNE AILE DISSOUTE DANS LA LUMIERE (PART II)
Composed by Blondy, Butcher, Evans, Lovens & Thomas
Recorded on the 2nd November, 2013 live at Tampere Jazz Happening, Finland
フリー系サックスの重要人物、ジョン・ブッチャーとエヴァンスの共演は、誰もが待ち焦がれていた。七色×七色、四十九色のめくるめく音世界が展開され、これを聴いてしまったらもう普通の音楽には戻れない体になってしまうのではないか、などと期待と不安に胸を膨らませたはずである。しかしここで聴かれるのは、そういう要素もありつつ、昂揚感溢れる極上のフリージャズだ。ジャズフェスティバルという“場”がそうさせたのかもしれない。5人が対等に、真に自由な音を発し合い、ぶつかり合い、融合し、破裂し、明滅し、清清しいまでに感動的な極上スペクタクル・エンタテインメントとなっている。なおバンド名になっているアネモネは美しさや儚さの象徴であり、ジャケットには黄色い花がららしきものが写っているが、黄色いアネモネというものは実は存在しない(らしい)。本作は夢幻の音楽が奇跡的に存在しえた、その記録である。(定)
『Amok Amor / We Know Not What We Do』
Intakt Records – Intakt CD 279 / 2017
Christian Lillinger (ds) / Peter Evans (tp) / Petter Eldh (b) / Wanja Slavin (sax)
1. Pulsar / 2. Body Decline / 3. Brandy / 4. Alan Shorter / 5. Trio Amok / 6. Enbert Amok / 7. The New Portal / 8. Jazzfriendship / 9. A Run Through The Neoliberalism
Recorded May 2016 at H2 Studio, Berlin
2010年代にベルリンで結成されたクリスティアン・リリンガー(ds, 84年ドイツ生まれ)、ワンジャ・スラヴィン(sax, 82年ドイツ生まれ)、ペッター・エルド(b, 83年スウェーデン生まれ)のトリオ(2013年にアルバム『Starlight』をリリース)に、エヴァンス(81年アメリカ生まれ)が加わる形で2014年に結成され、Amok Amor(荒れ狂う愛)として2016年のメールスを含むヨーロッパのジャズフェスティバルを中心に活動。3か国の同世代のミュージシャンによる幾何学的なコンポジションを主とした演奏は、伝統的なヨーロピアン・ジャズを基調に、リズム隊のイレギュラーなビート感とエヴァンスとスラヴィンの越境するソロイズムが交錯し合い、拡張と収縮を繰り返す、ハイブリッド・コンテンポラリー・ジャズを生み出している。エヴァンスの超絶技巧と実験性を求めるリスナーにはピンとこないかもしれないが、筆者はこのような折衷的・保守反動的なアプローチをこよなく愛する。時代が極端な方向へ動くとき、見過ごされがちな沈殿した過去の妄念や遺物を攪乱・拡散し、逸(はや)る革命分子を牽制する動きが必要だ。その使命を全うしたと感じたのか、2014年から3年間「Sozialistischer Jazz(社会主義ジャズ)」を標榜してきた4人は、2017年10月23日ベルリンのScopeフェスティバルでThe Funeral Concertを開催し活動を終了した。(剛)
執筆者(50音順)
剛田 武 Takeshi Goda
1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。会社勤務の傍ら、「地下ブロガー」として活動する。近刊『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。 ブログ「A Challenge To Fate」 http://blog.goo.ne.jp/googoogoo2005_01
齊藤 聡 Akira Saito
環境・エネルギー問題と海外事業のコンサルタント。著書に『新しい排出権』など。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong
定 淳志 Atsushi Joe
1973年生。北海道在住。執筆協力に「聴いたら危険!ジャズ入門/田中啓文」(アスキー新書、2012年)。普段はすこぶるどうでもいい会社員。なお苗字は本来訓読みだが、ジャズ界隈では「音読み」になる。ブログ http://outwardbound. hatenablog.com/