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特集『配信演奏とポスト・コロナ』No. 266

リモート時代の即興音楽

Text by 剛田武 Takeshi Goda

緊急事態宣言が解除されても、観客を収容してのコンサートやライヴイベントは当分望めない状況にあり、ライヴハウスやミュージシャン、アーティストはストリーミングやオンラインを使ったパフォーマンス方法を模索している。聴衆はもちろんミュージシャン同士も隔離された状態で表現の場を生み出すためには、即興音楽もリモート時代に対応することが求められる。いくつかの潮流をまとめてみた。

●無観客ライヴ/動画配信

最初に考えられるのは、無観客配信ライヴや、動画配信サイトでのアーカイヴ映像公開である。チケット制の有料配信や投げ銭制の無料配信があり、同時に特典物販やオンラインサイン会といったファンサービスが実施される場合もある。リアルな現場で他のファンと一緒に生で観るのが第一希望であるが、オンラインならではの楽しみ方もある。第一に全員が最前列で観れる。第二に好きなシチュエーションで観れる。さらにアーカイヴ配信がある場合は好きな時間に観れる。

例えば東京・千駄木Bar Issheeからは、坂田明や内橋和久、Birgit(ホッピー神山+藤掛正隆) といった即興音楽のベテランの生ライヴが配信されている。音の良さと映像のクリアさは驚くほどのクオリティ。クリアなだけではなく、通常のライヴでは観ることのできない、手元や口元、楽器や機材のクローズアップが絶妙で、即興演奏を熟知したスタッフの手腕に感謝したい。Bar Issheeのキャパシティは25名程度だが、配信ライヴの同時視聴者数は倍の50人以上、さらにアーカイヴされたYouTube動画の延べ視聴数は三桁後半に達する。これほど多くの人が即興演奏に触れられることは配信ならではのメリットである。通常営業と同じ投げ銭制なので出演者へのサポートも手軽にできる。

Bar Isshee YouTube channel

5月24日~26日の三日間、故サン・ラの誕生日(5月22日)とマーシャル・アレンの誕生日(5月25日)に合わせて、サン・ラ・アーケストラとニューヨークの前衛芸術団体アーツ・フォー・アートの支援オンライン・イベント「Earth Arrival Day Celebration」が開催された。Covid-19パンデミック直前の3月1日にNYタウン・ホールで開催されたアーツ・フォー・アート主催イベント「サウンド・オブ・ジャスティス」に於けるアーケストラのライヴ・ステージ全編が限定公開された。総勢18人のビッグバンドを自由奔放に指揮するアレンの姿に圧倒的な歓喜を覚えつつも、こんな大規模なコンサートを開催できる日が本当に来るのだろうかと考えこんでしまった。誕生日前夜5月24日夜にはZOOMによるマーシャル・アレンとのチャット・インタビューも行われたという。96歳を迎えてますます創造意欲を燃やすアレンの心意気を見習いたい。

Celebrate Sun Ra & Marshall Allen’s Earth Arrival Days

The Sun Ra Arkestra official website

Arts For Art official website

●リモートによるコラボレーション

一方、実際の生演奏をそのまま配信するのではなく、リモートによる新たな即興音楽のコラボレーションの試みも行われている。

ロンドン在住のMarianna Simmnetとニューヨーク在住のAsad Razaという二人の映像アーティストにより、2020年3月にロンドンとニューヨークがロックダウンされた直後に、世界中のアート、音楽、文学関係者のインタビューや講演、パフォーマンス・プログラムをストリーミングするプラットホーム「Home Cooking」が設立された。ここで5月3日灰野敬二の誕生日に、ロンドン在住の音楽家兼画家のダニエル・ブランバーグと灰野のコラボレーション映像「シルヴァー・ディナー」が公開された。当初のアイデアは、リアルタイムでイギリスと日本を繋いだコラボレーションだったが、機材等の問題で断念。既存の灰野のライヴ動画を映写しながら、ブランバーグが自宅で銀筆(Silverpoint)によるアート・パフォーマンスを行い編集する方法で制作された。完成した作品は、元の動画のコンテクストが払しょくされ、両者のエッセンスが融合された創造的なオリジナル作品となった。

In celebration of the Birthday of Keiji Haino
Daniel Blumberg and Keiji Haino cordially Invite you to:
SILVER DINNER

Vimeo動画リンク

ZOOMを使ったオンライン・コラボレーションとして興味深かったのは、Covid-19自粛に伴いパーカッション奏者の浦裕幸が開設したリモート・コンサート・チャンネル「People, Places and Things」の協力のもとで、5月30日に開催された在宅コンサート「集団即興における視聴覚の分断と再統合」である。田上碧 (vo)、坂本光太 (tuba)、本藤美咲 (bs)、宮坂遼太郎 (perc)の4人の即興演奏家がそれぞれ自宅から参加したこのイベントは、企画者の細田成嗣の発案で、「視覚の接続/聴覚の切断=視覚のみ」「聴覚の接続/視覚の切断=聴覚のみ」「視聴覚の再統合=視覚と聴覚両方」の3つの条件で即興演奏するという、リモートならではのユニークな試みであった。感覚遮断による演奏行為の変化は視聴者・演奏者両者にとって新鮮だったようだが、演奏者からは「(防音設備のない)自宅での演奏は、隣人の苦情を気にして多大な緊張感を要した」といった感想が見受けられた。“Stay Home”環境は、それだけで音楽演奏に於けるアブノーマル(異常)な事態に違いない。そのうえ感覚までも失われたとしたら、果たして音楽表現に意味はあるのか、という問題提起でもあるように感じられた(答えはもちろん「ある!」一択である)。

https://www.youtube.com/watch?v=OQS611LeyZA&feature=youtu.be

People, Places and Things YouTube channel

●ロス・ハモンドのリモート即興音楽制作

リモート時代の即興音楽の制作を早い時期から実践しているミュージシャンが、前号のDisc Reviewで紹介した米国カリフォルニア州サクラメント在住のギタリスト、ロス・ハモンドである。3月19日にカリフォルニア州で外出禁止令が発令された直後に、他のミュージシャンとリモートによるレコーディング・コラボレーションをスタートし、3月23日に第1弾をBandcampでリリース。その後平均4日半に1作のハイペースで制作を続け、5月21日の最新作まで13作を数える。共演相手はドラム/パーカッションが7名、管楽器4名、ギター1名、ポエトリー1名。ハモンドのアメリカの原風景を音にしたような哀感のあるギターの響きが、コラボ相手のリアクションと重なり合って、さまざまなシーンを描き出す。1作1作が別々の短編映画のようでいて、最終的に全体がひとつのテーマで繋がった大河ドラマが完成するのかもしれない。このプロジェクトの経緯と意図についてロス・ハモンドにメールで尋ねてみた。

Ross Hammond

Ross Hammond (g) – Q&A about Remote Collaboration

剛田武(以下TG):このプロジェクトはいつ、どのようにして思いついたのですか?
Ross Hammond(以下RH):外出自粛が始まった時、みんな家にいるしかないので、世界中の友達とコラボするのにいいタイミングだと思ったのです。

TG:Covid-19の前に、他のミュージシャンとオンラインでコラボレーションしたことはありますか?
RH:一度だけ、2016年にカルヴィン・ウェストンと『Blues and Daily News』というレコードを作ったことがあります。

TG:コラボレーターの選び方を教えてください。
RH:コラボレーターはみんな友達か、直接会ったことのあるミュージシャンです。カリフォルニアに住んでいると、ここに住んでいる人やツアーで来るミュージシャンなど、様々なプレイヤーと出会う機会があるのです。

TG:実際のコラボレーションのプロセスを教えてください。コラボレーターとは事前に綿密な打ち合わせをしているのでしょうか?それとも自然発生的に行うのでしょうか?
RH:ほとんどの場合、まずは相手に連絡を取って、コラボレーションしたいかどうかを確認することから始まります。返事がOKだったら、僕が自宅で即興演奏をいくつか録音して、音源をDropboxにアップロードして相手のミュージシャンにリンクを送ります。今度は彼らが僕の演奏に合わせて自分のパートを録音して、それからすべて一緒にミックスするのです。この方法で今のところうまくいっています。

TG:リアルタイムのコラボレーションと、タイミングの違うリモートのコラボレーションの違いは何ですか?
RH:オンラインでのライヴはやったことがありません。レコーディングのコラボレーションだけです。

TG: 即興演奏は基本的にリアルタイムの反応だと思います。録音したものを交換することは、本当の即興とは言えないように思います。あなたはどう思いますか?
RH:確かに即興とはリアルタイムのリアクションですが、重要なのはリスニング(聴くこと)です。だから本質的にあまり違いはありません。生のライヴ演奏のときも、自分たちが作っていくサウンドで触れ合って、対話をしようとしなければなりません。僕が最初の即興演奏を録音するときは、相手のミュージシャンが反応できるスペースを残すことを意識するようにしています。これはライヴでのインターアクション(相互作用)と同じスキルだと思います。

TG:Covid-19が終息した後も、このプロジェクト、もしくはそれに近い形での音楽制作を続けていくつもりですか?
RH:もちろんです。でも、直接会って演奏することが出来ないミュージシャンが中心になります。できればもっとグローバルな規模でやりたいと思っています。

 

Ross Hammond Official website

Ross Hammond bandcamp

●バーチャルDJコラボレーション

最後に筆者自身のリモートによる音楽制作について触れておきたい。2017年5月から筆者はフリンジカルチャー研究家の宇田川岳夫等と共に『盤魔殿 Disque Daemonium』というDJイベントを毎月1回企画している。DJといっても一般的な”踊らせる”DJではなく、Avant-garde, Noise, Industrial, Underground, Free Jazzといった”踊れない音楽”に特化したイベントである。しかしながら、この状況下でクラブでのイベントは当分開催できない。そこで『クラウド盤魔殿 Disque Daemonium Soundcloud』と題して、各DJが自宅で制作した30分のMIX音源を集めてSoundcloudで公開することにした。筆者がDJ Necronomicon名義で制作した音源のひとつが、サックス奏者・橋本孝之とのコラボレーション「Cloudy Blue MIX」である。これまで橋本とは盤魔殿イベントで生で数回コラボしてきたが、今回は当然ながらリアルタイムではなく、録音された橋本の演奏に、PC上で既存の音源を重ねるバーチャル・コラボである。メインは2018年6月に橋本が自宅マンションで録音したサックス・ソロ。隣人を気遣って”最弱音”の条件付きでアルトサックスの新たな演奏法に挑戦したサウンドは、偶然にも2年後の現在の“Stay Home”環境を先取りしていた。そこに複数の既成曲を直感的に選んで重ねること、すなわち“レディメイド”を無作為に組み合わせることで、本来の制作者(演奏者=橋本孝之)はもちろん、二次制作者(DJ=筆者)も予期しない偶然性の音楽が生み出される。これはIMPROVISATION(即興演奏)と言えないだろうか?

 

クラウド盤魔殿 Disque Daemonium Soundcloud June 2020

Music can’t be quarantined.(音楽は隔離できない)」とロス・ハモンドがBandcampに記している。リモート時代の到来とともに、隔離できない即興音楽を奏でる新しい“場”が生まれている。これをAfter/With Covid-19の苦難の時代に生きざるを得ない我々にとっての僥倖と言わずして何と言えよう。(2020年6月6日記)

 

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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