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R.I.P. ゲイリー・ピーコックNo. 270

ゲイリーさん。安らかに。pianist 石井 彰

ゲイリーさん。安らかに。
ベーシストのGary Peacock氏が亡くなった。享年85。

人は皆死ぬ。悲しいとか残念だとか言う前に、素晴らしい音楽をありがとうございました。お疲れ様でした。という気持ちでいっぱいだ。

彼の業績を事細かに振り返るのは、他の方にお任せするとして。自分とゲイリーさん(以後ゲイリーさんと表記します)との接点について書いておきます。

あれは1986年10月13日。僕が23歳の頃、3年前に発表された『Keith Jarrett Standards Vol.1, 2』に衝撃を受け、1985年のトリオ初来日公演ではあまりの崇高な世界観に打ちのめされ、自分の目指すべき音楽の在り方はこれだ!!と、研鑽に励んでいた頃。2度目のトリオ来日大阪公演が決まり、チケットを取り、何日も前から楽しみにしていた前日、ベーシストの西山満さん(大阪時代のボス。当時、谷町9丁目「SUB」のオーナー)から電話が。「明日ゲイリーさんに会いに行こう!!」

大阪フェスティバルホールでのコンサート前、彼らの滞在先である、中之島のロイヤルホテル(現リーガロイヤルホテル)のティーラウンジで約1時間、ゲイリーさん、西山さん、そして僕という異例の3人組でのティータイムが始まったのであった。ゲイリーさんは以前、京都に住んでいた事もあり、関西のベーシストは何かしら関係があったらしい。そして、日本語がペラペラ。だからここでの会話も滞りなく行われたのだ。

この何とも言えない緊張感の中、僕の人生の固定概念を根底からひっくり返す言葉がゲイリーさんの口から発せられた。

『このトリオでは音楽を上手くやろうとは思っていません。リスクをあえて侵していくのです。曲が始まると同時に3人で荒れ狂う海に飛び込んで行く。3人とも溺れてしまう事もあるけど、見た事もない楽園に3人同時に辿り着く事もあるのです。音楽でリスクを侵す事を恐れてはいけません。』

まだ駆け出しのミュージシャンの僕にとって、衝撃的な言葉だった。リスクを侵すって何だ?! テンポやコードを正確に演奏するだけではダメなのか!? 今思ってもStandardsの3人、Keith Jarrett、Gary Peacock、Jack DeJohnette が繰り広げるスタンダードは明らかに異次元の世界に聴こえノックアウトされていた。しかし、本人の口からこんな厳しい言葉が出ることに驚いたのだ。

記録によれば、この日のセットリストは、

1986年10月13日
大阪フェスティバルホール

The Wind
Woody’n You
In Love In vain
Autumn Leaves
If I Were A Bell

All Of You
I Should Care
Someday My Prince Will Come
All The Things You Are
When I Fall In Love
Billy’s Bounce
I Remember Clifford

大学生のジャズ研でもやる曲のオンパレードだったが、物凄い演奏だった事は今でもハッキリ覚えている。

このコンサート後に、なんとゲイリーさんと飲みに行く!!という、これまたとんでもない経験をしたのだが、1曲目だけ知らない曲だったので、何という曲でしたか?という僕の質問に対して「The Wind.風ですね〜!ラス・フリーマンの曲です。」と教えてくれたゲイリーさん。物凄く上機嫌で「今日のキースさんの演奏は、unbelievable! 頭が無かった。ここだけだった!!」と胸をトントンと叩いたのでした。

この日の貴重すぎる経験が僕の座右の銘となっていると言っても過言では無い。

この翌年、1987年だったと思うが、ゲイリーさんは単独で大阪の「セントジェームス」というライブハウスで、クリニックとライブを行った。(画像はクリニックの時、ゲイリーさんが配って下さった資料。倍音の話をして下さった。) ライブはマスターでありピアニストの田中武久さんのトリオにゲイリーさんが入ってのものだった。僕は休憩時間に無謀にも、一曲弾かせてください!と直訴し、共演させてもらったのだ。その時の曲が「Like Someone In Love」。何故この曲を選んだのかは覚えていない。多分、スタンダーズトリオで聴いたことが無いものを選んだのだろう。

僕の斜め後ろに立って演奏していたゲイリーさん。何度も何度も聴いていたあの音が身体で感じる距離から実際に鳴っている、弾いている!!という心臓が爆発しそうな感覚は絶対に忘れない。若僧の分際ながらその時感じたのは、何とも言えない距離感で寄り添い、ダンスしているかのようだった。無我夢中で演奏し終わって、笑顔で握手してくれて、前の年のティータイムの事を覚えていてくれていたのは夢のようだった。

思えば僕が大好きなピアニストは皆、ゲイリーさんと共にある。
Bill Evans、Keith Jarrett、Paul Bley、菊地雅章、佐藤允彦

当然だなと今では思える。あんなベースはゲイリーさんしかいないから。Pooさんとゲイリーさん、Paul Motianさんの「Tethered Moon」は、僕の中ではとても大切な宝。とうとう3人とも向こうに行ってしまった。


Standards Live ’85 (記事冒頭はECM盤ジャケット)

Keith Jarrett Trio で初来日の時の東京公演の映像(1985年2月15日、東京厚生年金会館ホール)。2部の2曲目「Prism」。キースのオリジナル曲でGmで始まる物憂げな曲だが、最後のコードはEでジャーンと終わる...のだが、そのEが弾かれても、余韻を楽しむかのように誰も止まろうとしない。ここからが冒険の始まりだ。キースが「EED#E G#G#F#G#〜」という新しいメロディーを発見して弾き始める。ゲイリーさんは獲物を狙う獣の目だ。そのメロディーが2回繰り返された時、この方向で音楽を進めようというキースの思いは2人に伝わり、3回目が繰り返された瞬間、ゲイリーさんは「C#」を弾いた。この瞬間、音楽はひとりでに動き出す。そして「A」を弾いた時にそこは楽園と変わった。キースが雄叫びを上げる。音楽が迸り始める!! ゲイリーさんの冒険が音楽を動かし、楽園に連れて行ってくれたのだ。ここのくだりのカメラワークが素晴らしく、燃え上がって行くキースの表情を追わず、ゲイリーさんの表情の変化を追うというのは何という素晴らしさだ!!だんだん顔が紅潮し、喜びに陶酔して行くのが見て取れる。音楽が作られてゆく様を目の当たりにしている観客は茫然と見るしか無かった。その壮大なエンディングがフッと消えた時、誰もが動けなかった。拍手、物音一つしない中、「Stella By Starlight」が弾き始められ、神がかったジャックのドラムソロからテーマに戻った瞬間、観客は現実のことだったと気付き大声援が起こる。

これがKeith Jarrett Trio の一番好きな瞬間だ。信じられないドラマだ。

今日はこのDVDでも見よう。ゲイリーさん、ありがとうございました!! ゆっくりとお休みください。


石井 彰 Akira Ishii ピアニスト
川崎市に生まれる。大阪音楽大学作曲科在学中、ビル・エバンスを聞き衝撃を受け、ピアニストを志す。卒業後、関西で活動を始め、1991年拠点を東京へ移す。大隅寿男(ds)と出会い、トリオに参加。数々のプレイヤー、ボーカリストと出会い演奏、作曲、アレンジ、プロデュースなどの活動を行うようになる。1998年より2018年まで20年間、日野皓正(tp)クインテットに参加。また、故日野元彦(ds)からも多大な影響を受ける。
2001年には、俵山昌之(b)、江藤良人(ds)からなるオリジナルトリオで初リーダーアルバム『Voices in The Night』(EWE)を発表、続いて2002年ソロアルバム『Presence』(EWE)、及びニューヨーク録音のスティーヴ・スワロウ(b)とのデュオアルバム『That Early September』(EWE)を発表。2003年、2004年とトリオによる『Synchronicity』(EWE)、『Embrace』(EWE)をリリースし、精力的な活動を続ける。2010年には、初の著書『超絶ジャズピアノ』(リットーミュージック)を執筆する。2011年、ソロピアノアルバム『a~inspiration from muse』(Studio TLive Records)をリリース。同年、トリオに杉本智和(b)を新たに迎え、新境地を開拓。また、新たにカルテットを結成。類家心平(tp)、川村竜(b)、江藤良人(ds)からなるサウンドはトリオを拡大したものに留まらず、独自の音世界が広がりつつある。このトリオとカルテットサウンドの集大成として、2014年6月に『Endless Flow』(Studio TLive Records)をリリース。2017年、“Chamber Music Trio”を結成。須川崇志(vc)、杉本智和(b)という二つの弦楽器をフィーチャーしたジャズトリオで新たな表現を目指している。最新アルバムは『Silencio』(Studio TLive Records)
そして、金澤英明(b)、石若駿(ds)から成る『Boys』は結成12年目を迎える。世代を超え、共通の音楽的美学を追求し続ける大切なユニットである。”Scene of Jazz” 安カ川大樹(b)、大坂昌彦(ds)からなるピアノトリオは不定期な活動ながら、6作品を発表。7作目は『Love』(D-musica)を2020年に発表。
その幅広い音楽性は、聴く者に多面的な印象すら与えるが、常にその根源にあるものは、音楽に対する真摯な姿勢と、溢れんばかりのしなやかな生命力である。それらが、特有の豊かな表現力と優れたバランス感覚によって芸術へと昇華され、多くの人々を魅了している。
石井 彰 ウェブサイト

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