JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

閲覧回数 12,618 回

My Pick 2022このパフォーマンス2022(国内編)No. 297

#04 「隠 (onu)~ヴォイスとワンホーンのためのコンポジション」:由中小唄(vo)による曲とプロジェクト ’Onu’: compositions for a project with voices and one horn by Kouta Yunaka (vocalist, poet and composer)』

text: 岡崎凛 Ring Okazaki、photo: R.O. (Ring Okazaki) & S.M.

公演名;隠(おぬ)(Onu)
voice: 由中小唄(Kouta Yunaka)、 升本しのぶ (Shinobu Masumoto)、 山内詩子 (Ukako Yamauchi)、
谷向柚美  (Yuzumi Tanimukai) 、東かおる (Kaoru Azuma)、沼尾翔子 (Shoko Numao)
sax: 當村邦明 (Kuniaki Tomura)
compositions and Lyrics by Kouta Yunaka

11月27日(日) 14:30開演
会場:Studio T-BONE 大阪市浪速区木津川1‐2‐6児島ビル1F
企画:Studio T-BONE

ヴォーカリスト6人とサックス奏者1人によるコンサート出演者7人
7 members for ‘Onu’ concert at Studio T-Bone
〔S.M.〕

「隠(おぬ)」は、ヴォーカリスト由中小唄を中心とするグループであり、彼らの代表曲の名前であり、さらに、由中小唄によるプロジェクトの名称でもあるようだ。由中は作詞・作曲も手がける。
グループの構成は、数人のヴォーカリスト+ワンホーン(主にサックス)が基本形である。今回のメンバーのほか、仲根有里(vo)、有本羅人(tp)がこれまでの公演に参加している。沼尾翔子は初登場。

この日の楽曲について、ファーストステージで演じられたグループの代表作〈隠(おぬ)〉について詳述したいと思う。

「隠(おぬ)」の公演紹介には決まって使われる文言がある。
「津神社吉備、御釜殿で行われる鳴釜神事*では、鬼の声が聴けるらしい。吉兆を占う温羅(うら)のうめき声から影響を受け作られた、ボイスと1ホーンのためのコンポジション」
〈隠(おぬ)〉は鬼の声を聴く神事からインスパイアされて作られた曲であり、歌い手が鬱蒼とした森の木々や水滴、またはそこに生きる小動物のように声を発する。サックスも同様である。皆がまるで憑依を楽しむかのように、微かなな声を立てて、鬼の棲み処、もしくは鬼の封印された場所の「もの音」を擬していた時間が過ぎると、ドローン音の集積が重なるコーラスが静かに始まる。これがグループの代表曲〈隠(おぬ)〉の前半である。(これは筆者による解釈であり、実際のシナリオは確かめていない。鳴釜神事に立ち会う人は他の解釈をするかもしれない)

約28分のこの曲が始まる前に、4分弱の朗読のような演目〈ラジオのように〉**があった。これは「隠(おぬ)」公演のプログラムではおなじみの演目であり、全員が声を揃えずに、一人ずつ数秒遅れで同じテキストを読む。「うまくいくに越したことはないが…」という冒頭あたりだけが耳に残るが、全員の声が重なるとただの騒音にしか聞こえない。

だがこうした「騒めき」は〈隠(おぬ)〉のメインテーマへと繋がっていく。ステージの出演者から騒音(ノイズ)、うめき声のような擬音が放たれ、特に秩序のない音(声)がステージで鳴り続ける。やがて、ただならぬ気配の備わった声の集合体は、静かに一つにまとまり、かすかな声を上げ始める。ドローン音のようにつながる声は徐々に音量を上げていく。サックスも同様に長い音を吹き続ける。

歌い手の声の個性をを残しながらも、集団にはまとまりが生まれ、波打つようなコーラスが生まれる。音の集積から声へ、そして歌へと変わっていく。「ざわざわざわ」という言葉がバックコーラスになったり、由中が先陣を切るように奇妙な声を上げたりする。その他のメンバーも自由にそれぞれの謡いを始めると、また無秩序な時間が生まれる。まるで憑依の儀式がクライマックスを迎えたような曲の最終章では、コーラスの声が大きく、力強くなる。歌声の軸となり、橋渡しをするように、サックスが静かに鳴り続ける。「ざわざわ」、「どんどん」という擬音の繰り返しがクルーヴィーに響き、穏やかな終わりを迎えた。

6人のパフォーマンスに、この曲が生まれる基になったという鬼伝説の恐ろしさを想像するよりは、記憶にある田舎道の夜の虫や蛙の鳴き声を思い出していた。子どもの頃は、闇の中に感じる何かの気配に怯えたものである。歌い手は自分たちの存在を何かになぞらえて、リスナーを異世界に誘い、ひと時のフィクションを楽しませてくれる。そのために由中は楽曲に微分音を使い、リスナーはマジカルにゆらめく音を体感することになる。

ふだんのチューニングを外した楽器が鳴るように、半音をさらに細分した音が、時おり妖しく響いてくる。もちろん〈隠(おぬ)〉の面白さはそこだけではないのだが、由中はこの曲を演じるために、微分音に取り組むのに相応しいヴォーカリストに参加を呼びかけたと語っている。そして関西だけでなく、名古屋からも歌い手が招かれた。自分には専門知識がないので、ただ漠然と微分音を使う曲、と受け止めるだけだが、ヴォーカリストたちとサックス奏者は、綿密な打ち合わせをして本作に取り組んでいるのだと思う。

「隠(おぬ)」はこれまで何回か公演を重ねている。単独公演の他、対バン形式での公演もある。これまでの演奏会場は今回と同じ、スタジオ・ティー・ボーンである。顔に白塗りメイクをするのも恒例である。

ヴォーカリスト、作曲家 由中小唄
Kouta Yunaka, vocalist, composer and poet 〔R.O.〕

さてここで、由中小唄のnoteから引用したい。この企画が生まれる土台となったパド(パエド)・コンカ(Paed Conca)氏と清野拓巳氏との共演の体験について。(全文は:https://note.com/yunonakakouta/n/nf36854a754f9
彼女の人柄に触れるような文章に、今回プロジェクトの出発点と重要なポイントが明示されていると思う:

2011年、私の活動が活発になり始めた頃に、ボーカリストだけの合唱でない【何か】をやりたい!と思い立ったのがこの【隠-おぬ】の始まりです。その【何か】に気づくのに、10年近い歳月を過ごすことになるのですが、、機は2014年、清野拓巳さんに誘われてPaed Conca(clarinet) 率いるPORTA CHIUSA(ポルタ・キウーザ)のコンポジションに参加したときでした。
主に微分音で構成され、歌詞も全く違う国々の言葉を基にして作られたクラリネット3管と声のみの世界。非常に難解な曲なので半年以上前から譜面が送られ、初日はクレジットされず(私が歌えないかもしれないので)緊張感のあるリハーサルを終えたあと「今日から参加ね、よく練習してくれたね~」と言ってもらえた時は、オーデションを合格したような安堵感で、そのお店(前TAKE FIVEさん)のおでんを食べまくりました。
モジュレーションや倍音などは即興演奏で取り入れていたのですが、それを譜面にして、現代音楽でもなく即興性に特化した楽曲に出会ったのは初めてで、しかも聴衆ではなく演者側として!!
この経験は私の人生にとって大きな宝物となりました。この機会を与えてくださった清野さんにも本当に感謝しています。

出産と育児の間は計画が中断したが、テレビ番組「日本風土記」で目にした鳴釜神事のシーンが由中小唄を創作の世界に引き戻す。

吉備津神社、御釜殿で行われる鳴釜神事のシーンでの、鬼のうめき声とされる音。何回聴いても不思議な音色で、(ソやんな、、でもソじゃないよな。。あ! GとG♭の間!!)
あーーーーー!!!!微分音ーーーーーー!!!!!!
走馬灯のようにPORTA CHIUSA(ポルタ・キウーザ)との関西ツアーが思い出され、鬼のうめき声、神社の風の音、鳥のさえずり、私の頭の中で、〈隠(おぬ)〉という楽曲が出来上がった瞬間です。
(引用文は一部表現(表記)を変えています)

彼女にこの番組を見るように勧めたが、夫であるトランペット奏者の有本羅人であったという。こうした家族の協力と、全くの偶然に助けられるように、「おぬ」のプロジェクトのアイデアは育っていった。
関西では、このようなヴォーカリスト数人が加わる前衛的な音楽プロジェクトは、とても珍しい。「おぬ」の固定ファンはまだ多いとは言えない。しかし目指す音楽は、非常にインターナショナルな資質を持っていると思う。

*鳴釜神事とは
「吉備津神社の回廊の途中を右に曲がった先にあるのが「御釜殿」…。ここで執り行われている神事を「鳴釜神事」といいます。お釜殿にある釜の下には鬼の首が埋まっていると言い伝えられており、湯を沸かしてその釜の音を聞く占い神事です。…
また江戸時代には、日本で一番怖いといわれる怪談集・雨月物語のなかで、『吉備津の釜』として一遍の怪異小説が書かれました。…
釜の鳴る音を聞き、いい音だと思えば吉、あまりいい音ではないと思えば凶。自分の心で音を聞き、良いか悪いかを感じ取ることが鳴釜神事の醍醐味です。」
https://thegate12.com/jp/article/452

**〈ラジオのように〉
由中小唄がブリジット・フォンテーヌの歌う〈Comme à la radio(ラジオのように)〉へのオマージュを込めて、自分ならこんな歌詞をつけてみたい、という思いで書いた詩を、7人が数秒ずつ遅れて次々に朗読する演目。

(今回の寄稿には、S.M.氏に写真を提供頂き、岡崎の撮影した画像とともに掲載しました)

7 members of Onu
7 members of Onu
〔R.O.〕

岡崎凛

岡崎凛 Ring Okazaki 2000年頃から自分のブログなどに音楽記事を書く。その後スロヴァキアの音楽ファンとの交流をきっかけに中欧ジャズやフォークへの関心を強め、2014年にDU BOOKS「中央ヨーロッパ 現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド」でスロヴァキア、ハンガリー、チェコのアルバムを紹介。現在は関西の無料月刊ジャズ情報誌WAY OUT WESTで新譜を紹介中(月に2枚程度)。ピアノトリオ、フリージャズ、ブルースその他、あらゆる良盤に出会うのが楽しみです。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください