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My Pick 2024このディスク2024(国内編)No. 321

#08 『The Bass Collective(田辺和弘、瀬尾高志、 田嶋真佐雄)/ 瞬く森』 岡崎 凛

NAGALU-009/10 (2024) / キングインターナショナル
2024年3月リリース、4,950円(税込)

The Bass Collective:
Kazuhiro Tanabe 田辺和弘 (contrabass)
Takashi Seo 瀬尾高志 (contrabass)
Masao Tajima 田嶋真佐雄 (contrabass)

Disc 1
1. 森の扉
2. ただ月をながむる
3. タンゴ・エクリプス全三章
4. Improvisation I
5. Echoes of Moonlight
6. Improvisation II
Disc 2
1.アルダン・マードゥル
2. Improvisation III
3. 白い梟
4. Improvisation IV
5. 逆夢のブーゲンビリア
6. 待春
7. 瞬く森 (Improvisation)
[Disc 1] 2 [Disc 2] 2, 5 composed by Kazuhiro Tanabe(田辺和弘)
[Disc 1] 4,5 [Disc 2] 1 composed by Takashi Seo (瀬尾高志)
[Disc 1] 1 [Disc 2] 3,4,6 composed by Masao Tajima(田嶋真佐雄)
[Disc 1] 6 [Disc 2] 7 composed by Kazuhiro Tanabe, Takashi Seo, Masao Tajima
[Disc 1] 3 composed by Tetsu Saitoh (齋藤徹)

Produced by Shinya Fukumori(福盛進也)
Recorded at Sekiguchidai Studio, Tokyo October 21 & 22, 2023
Recording & Mixing Engineer: Yuichi Takahashi
Assistant Engineer : Tomoya Nakamura
Mastering Engineer : Shinji Yoshikoshi
Cover & Liner Drawings : Maeko Sato
Design : Yume Satou
A&R : Masayasu Hanai (hanai studio)
Production Management : Yuji Hirashima (King International)


このベース・コレクティヴ(The Bass Collective)の持ち味は、3台のコントラバスを通して「語り部」となる三人それぞれが奏でる表情豊かな音そのものである。最初は3人のうち誰がどんな音を出しているのかが気になった。だが徐々に、3人が一体となり奏でる音像のダイナミックな変化を追うのに夢中になっていく。細やかでありながら力強いコントラバスの音色は、アルコ奏法もピッツィカートも、胴を叩く音も、何から何まで新鮮なのだ。それを何とか言葉に置き換えたいと思うのだが、精一杯言葉を選んでも、穏やかな光を湛えるような弦の音は瞬く間に変幻していく。

本作の楽曲解説は「たじままさおのサイト」に詳細が載っている。この2枚組アルバム『瞬く森』を購入した人やこれから買おうという人には必読と言えるだろう。↓
https://ameblo.jp/tajimasao/entry-12847469494.html
ここに詳細説明があるので、コントラバスについて素人の自分があれこれ書き記す必要はないだろうれけど、この作品と一人のリスナーの接点がどういうものかを記録しておきたい。そして本作を2024年度の国内盤ベストに選んだ理由、または自分がどれだけアルバムを楽しんだかという話に触れたい。


微かな、無音に近いようなドローン音に始まり、低く伸びやかな音が鳴るオープニング曲〈森の扉〉。どっしりとした低い音がこの曲を支配しそうに思えたが、やがて森に息づく生き物や植物がゆっくりと成長する姿を描くような展開となる。
続く〈ただ月をながむる〉のアルコベースは壮大で、何かをゆっくり包み込むような音。
3曲目は組曲〈タンゴ・エクリプス全三章〉。故人となってしまったこの曲の作曲者、齋藤徹氏への思いを込めるように、3人が前のめりになってひた走るような演奏。
4曲目の即興は瀬尾高志のソロ。時おり、身震いしそうな臨場感が肌に伝わる。琵琶の響きを思い出した。
5曲目、〈Echoes of Moonlight〉。瀬尾高志による曲解説によれば、「月へ降り立ち、宇宙から地球を眺めているイメージ」だという。折り重なるコントラバスの音色がひと際美しい曲である。
(自分がタイトルとともに思い浮かべたのは、月明かりが照らす静かな夜景だったので、作曲者の思いとかけ離れていた)
DISC 1のラスト6曲目〈Improvisation II〉では、素朴で繊細な音の集積が続き、やがて三者の音がユーモラスにもつれ合っていく。


DISC2の1曲目、瀬尾高志による勇壮な〈アルダン・マードゥル〉は、2024年秋のThe Bass Collective関西ツアーの神戸公演でも特に印象に残る曲だった。演奏者の昂ぶりが目に見えるような激しさが圧倒的。音と一緒に何かが飛んできそうな勢いだ。録音物にリアリティという言葉はふつう使わないが、この曲ではその言葉が浮かんだ。弾ける弦の響きに、馬にまたがり爆走する果敢な戦士を思い浮かべた。
上記にリンクを貼った曲解説には「死ぬとわかっていて闘いに行く“60人の英雄”(アルダン•マードゥル)の歌だ」とある。(記事の最後に曲解説⓵を載せておきます)

2.〈Improvisation III〉田辺 和弘の即興ソロ。スピード感とリズム感を楽しむかのように、ときには暴れ回るように弾くが、どこか優雅さが漂っている。
4.〈Improvisation IV〉田嶋真佐雄の即興ソロ。最初のあたりでは「和」の要素を取り込むようなアプローチがあり、その後は柔らかな弦の弾け方そのものを楽しむような遊び心を感じる。

3.〈白い梟〉この曲を作った田嶋真佐雄は画家の小林裕児氏とのライヴペインティング・イベントによく参加しているそうだ。上記のリンク先を読むと、この曲は小林氏の希望があり、梟(フクロウ)の曲を作ることになったのだという。おそらくは、静かにじっと過ごしていた梟が、翼を広げ羽ばたくのを描いたのだろうかと想像した。曲の終わりに向かうとどんどんダイナミックになる。

このトリオの曲では、コントラバスの音が楽器の素材を連想させるのか、樹木や材木の木目などが思い浮かんでくる(この点については、田嶋 真佐雄も自身のブログで、DISC 1の一曲目について詳しく語っている)。豊かな自然の彩を眺めたり、木々の樹皮に触れたりと空想し、庭園散歩の趣があると思った。これがもしもヴァイオリン3台であれば、木々よりも華麗な花を描くのが得意かもしれない。

花の名前がタイトルに入るのはDISC 2の5曲目〈逆夢のブーゲンビリア〉。ここには、どこか懐かしさを感じるメロディーが混じる。タイトルが正夢ならぬ逆夢で始まるので、リスナーに謎を投げかける曲名である。
作曲者の田辺和弘はどんな花を眺めていたのか、または想像してこの曲を書いたのだろうか。曲を聴くうちに、自然に身を揺らしていた。

この曲に続く6曲目〈待春〉の導入部では、さまざまな音が混沌として鳴り響くが、やがてじわじわとノスタルジックなメロディーが生まれる。

ラスト曲は7.〈瞬く森(Inprovisation)〉。3人によるこの即興曲については、プロデューサー福盛進也氏が「最後に調性あるものに」とアドバイスしたという。微かな音が次第に大きくなり、重なり合う響きが美しい。(記事の最後に曲解説⓶を載せておきます)

The Bass Collective
The Bass Collective:
from left, Kazuhiro Tanabe, Masao Tajima & Takashi Seo


話の順番は違うのだが、プロローグは後に書くことにした。
このアルバムが生まれる前に「物語」があった。

まずは一冊の本の紹介から。JazzTokyoのコントリビュータである齊藤聡(さいとうあきら)氏の著書「齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体」に記されているベーシスト集団の話(p213~)は、ここで紹介している2枚組アルバム『瞬く森』に大きく関わっている。(本作参加のベーシストの一人、瀬尾高志のブログにも言及がある。)

齋藤徹(さいとうてつ)氏は2019年に63歳でこの世を去ったコントラバス奏者。このアルバムを吹き込んだコントラバス奏者3人(田辺和弘、瀬尾高志、田嶋真佐雄)が出会い、共演するきっかけを作った人物だ。それぞれがコントラバスを演奏しているが、ほぼ接点なく活動していた3人は、齋藤徹氏のプロジェクト参加をきっかけに出会う。2019年に3人は彼の指導のもとでレコーディングを準備していたが、その直前に齋藤氏が亡くなった。レコーディングの予定日がお通夜になってしまったという。

最初に物語と書いたが、正しくは実話であり、本作のプロローグである。ただしリスナーがこのアルバムを聴く前にそれを知らないとしても、だれもが本作のもつ不思議な魅力に夢中になるだろうし、コントラバス奏者3人の結束から生まれる底なしの迫力に圧倒されることだろう。
だがそれでも、齋藤徹氏の偉業についてまだ知らない読者は、この機会にぜひ心に留めて頂きたいと思う。JazzTokyoには、2019年に他界した彼の追悼特集ページがある。
https://jazztokyo.org/column/special/post-41462/

日本のジャズや即興音楽の歴史と現在に深く関わる齋藤徹氏について、実は自分も最近まで詳しい知識がなく、齊藤聡氏の著書を通してやっと知った。そして2019年の齋藤徹氏の訃報に悲しみに暮れていた人たちの気持ちがやっと分かった。
やや蛇足になるが、齊藤聡氏による著書のお蔭で、2024年に初めて田辺和弘の弾くコントラバスを見たときに「ライオンヘッドだ」と気づき、演奏とはあまり関係ないエピソードを思い出してわくわくした。このコントラバスについては、「齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体」には詳しい著述がある。このほか、この本を通じて、ジャズや即興音楽を聴く人なら心躍るであろうエピソードや、重要なアルバムを知ることができる点を紹介しておきたい。

関連記事→ #115 『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』
https://jazztokyo.org/reviews/books/post-79898/


参考:

Disc.2
1.「アルダン・マードゥル」  作曲:瀬尾 高志
トゥバ音楽演奏家の等々力政彦さんとやっていたグループ『グロットグラ
フィー』の為に書いた楽曲。自分の故郷である北海道と南シベリアの自然をイメージして書いた。喉歌(フーメイ)によるルバートのテーマと、冬の厳しさを思い描いて第二楽章を作った。等々力さんが「これはアルダンマードゥルの革命の歌だ。死ぬとわかっていて闘いに行く“60人の英雄”(アルダン•マードゥル)の歌だ。」と言った。清国に支配されていたトゥバの男達が独立を目指し、たった60人で清へ赴いたという。その時に歌ったとされる唄がこの曲なのだ。


7.「瞬く森」 (Improvisation)  The Bass Collective
予定の楽曲を録り終え、最後に一連の即興演奏(Improvisationシリーズ)を録音しました。その最後の最後に「何か調性のあるものを!」というプロデューサーの福盛さんからの提案のをもとに、全体の調のみが決められスタートしました。このテイクは様々な音の旅を経て、幾つもの河から一つの大きな海に辿り着いたような演奏になり、このグループの新たな顔を垣間見るようでした。
曲名をつけた方が良いとなり、アルバムタイトルを曲名としました。

参考動画:
The Bass Collective”Tango Eclipse 3movement ” Comp.Tetsu Saitoh

The Bass Collective メンバー紹介①/田辺和弘 編
The Bass Collective メンバー紹介②/田嶋真佐雄 編
The Bass Collective メンバー紹介③/瀬尾高志 編

岡崎凛

岡崎凛 Ring Okazaki 2000年頃から自分のブログなどに音楽記事を書く。その後スロヴァキアの音楽ファンとの交流をきっかけに中欧ジャズやフォークへの関心を強め、2014年にDU BOOKS「中央ヨーロッパ 現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド」でスロヴァキア、ハンガリー、チェコのアルバムを紹介。現在は関西の無料月刊ジャズ情報誌WAY OUT WESTで新譜を紹介中(月に2枚程度)。ピアノトリオ、フリージャズ、ブルースその他、あらゆる良盤に出会うのが楽しみです。

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