ゴールデンビームに乗って by 則武 諒
Text by Ryo Noritake 則武 諒
ジャック・ディジョネットが亡くなった。
2011年に亡くなったポール・モチアンと共に、自分にとってとても大きな存在だった。
ディジョネットのどこに惹かれたかというと、言葉にするのは難しいけれど一言で言うとどんな時でも自由であることだったのかもしれない。
そこでそんなことしていいの?みたいなことを平気でカッコよく演奏しているのを聴いて、自分でもそんなアプローチを実践してみてはバンドメンバーの顰蹙(ひんしゅく)を買う、という経験はディジョネット好きのドラマーなら誰でもあるのではないだろうか。
個人的に思い入れのある作品は1991年にリリースされた『Earth Walk』(somethin’else)という彼のアルバムだ。ジャック・ディジョネット・スペシャル・エディションの名義になっている。
ネイティブアメリカンネームを持つディジョネットが、自然を敬い人々との交流を大切にするネイティブアメリカンの人々の生き方や価値観に影響を受けそれをこのアルバムで表現したかった、というようなことがライナーノーツには書かれてたのだが、アルバムを入手した当時二十歳前後だった自分にはとても崇高なコンセプトに思えた。
このアルバムに収録されている曲の中でも<On Golden Beams>という曲の解説が心に残っている。肉体的にも精神的にも健全で、クリエイティヴな人から発散されているポジティブなエネルギーのことをディジョネットは明るく煌めくゴールデンビームに例えていて、この曲はそれがテーマになっていると書かれていた。なんだかよくわからないけど、すごい次元で世の中を見ていて、すごい次元で音楽をしているんだなととてもワクワクしたのを覚えている。この解説を読んでからゴールデンビームを出せる人間に、音楽家になることが人生の目標になった。
と言うのは置いておいて、その後ディジョネットが立ち上げたレーベルの名前がGolden Beams Productionsであり、彼自身がどれだけゴールデンビームを大切にしていたかというのはこのレーベル名からも窺い知ることができる。
幸運にも何度かディジョネットの演奏をナマで聴く機会があったのだが、コンサートホールで聴いた心地よく心に染みるような演奏も、ドラムの真後ろの席で聴いてあまりの爆音に終始鼓膜が破れそうになっていた半ば罰ゲームみたいな時間も、ジャック・ディジョネットという一人の音楽家の多面性を理解するのに必要な経験で、型にとらわれず自由に挑戦していくその演奏はいつも勇気を与えてくれたし、これからもそうであり続けるだろう。
たくさんの素晴らしい演奏と、音楽や人生の奥深さを考えるきっかけを与えてくれたことに心から感謝します。
則武 諒 のりたけ りょう
ドラマー。名古屋出身。14歳の時にドラムに出会い、ヘヴィメタル、ハードロックなどから影響を受けるが次第にジャズや即興音楽に傾倒する。甲陽音楽学院、バークリー音楽大学(B.M. Summa Cum Laude)を経て、ニュージャージーのウィリアムパターソン大学にて音楽修士号(M.M)を取得。帰国後は名古屋を中心に活動したのち、2014年ごろ上京し、活動の幅を広げる。間や質感を大切にした演奏を信条とし、様々なミュージシャンのライブ、レコーディング等に参加している。ライブ情報などは公式ウェブサイトryonoritake.com。

