#37 JazzTokyo 301号に寄せて
text & photo by Kazue Yokoi 横井一江
JazzTokyo 301号の拙稿を書くにあたって、改めて第1号に書かれた悠雅彦主幹の巻頭言を読み返してみた。とは言っても、記事はJazzTokyo のアーカイヴから消失して久しく、Internet Archiveにはかろうじで残っていたものの、最後の部分は残念ながら探し出すことはできなかった。それでも、読むことができた部分からは新たなメディアを立ち上げる高揚感と使命感が伝わってきた。巻頭言のタイトルは「いったいわが国に健全なジャズ・ジャーナリズムは存在するのだろうか」、彼はこのように書き始めている。
ジャズのインターネット情報誌がついにオープンの運びとなった。
ポータル機能を拡大した“Web Magazine”として、わが国で初めて誕生した 本ネット・ジャズ誌「JAZZ TOKYO」は、世界各地に展開する現在進行形 のジャズを多角的に捉えるとともに、ジャズのあらゆる情報を網羅する機能をも備えた本格的な総合ジャズ誌を、文字通りネット上で実現しようとするものだ。いうまでもないが、私たちがこのプロジェクトを実現すべく結集したのは単なる情報発信のためだけではない。
確かに2004年当時、日本ではまだジャズ関連の情報を発信するWebメディアはなかった。海外に目を向けると、All About Jazz、 またフランスのCitizen Jazzは既にスタートしていたが、まだまだ紙媒体が圧倒的多数を占めており、Webメディアは少数派にすぎなかった。そのような中で、JazzTokyoは日本のWeb音楽情報誌の先鞭を切ったのである。悠主幹の文章はこう続く。以前にも日本のジャズ・ジャーナリズムについてクリティカルな意見を『ジャズ批評』に書いたいたことがある彼らしい言葉が書かれている。少し長くなるが引用しよう。
いったいわが国に健全なジャズ・ジャーナリズムが存在するのだろうか。批評精神を喪失したジャズ・ジャーナリズムが蔓延する現状を、現在のジャズ 自体に責任を負わせる形で傍観し、唯々諾々として受け入れている姿は、決して健全とは思えない。何の批判もなければ、論争もない。示唆に富んだ提言ひとつない。ある場合には波風の立つ状況の方が健全である。淀んだ水面に投じた一石が波紋を生み、それが全体を動かす活力となる場合もある。まっとうな批判すら許されないとすれば健全とはいえない。ときには一石を投じるだけの勇気をもち、堂々と論を張る英知の出現が待望されるが、まずはジャズ界がそれを受け入れる土壌を育む気概を示すこと、そしてジャズ・ジャーナリズムがぬるま湯を脱して本来の使命に立ち返ることが急務だ。私たちはそうした健全なジャズ・ジャーナリズムの確立を視座にすえ、その捨て石になる覚悟で活動しようと決意している。インターネット時代の幕が開いて以来、外国で起こっていることさえリアルタイムで知りうるようになった。あらゆる情報が瞬時に手に入る。昨日のスピードではもはや今日の出来事やニュースに即応することはかなわない。日本のジャズ界と米ジャズ界やヨーロッパ・ジャズ界とはネットで繋がっており、単なる情報交換を超え、一方の動向が他方を瞬時に刺戟する時代を迎えたという理解に立てば、ジャズの情報誌も旧態依然のままでよいわけはないだろう。そこで、「JAZZ TOKYO」はウェブ・マガジンとしての特性を最大限に活かし、ジャズの全情報を“迅速に”伝えるとともに、“グローバル”な視野に立って記事を発信する。
JazzTokyoは、創刊当時の悠主幹の思いを果たしてどのくらい現実化できたのだろうか。そう考えると内心忸怩たる思いがあるものの、そこそこ及第点はもらえると思いたい。音楽ジャーナリズムがなすべき主要なことは大きく2つある。ひとつは情報の発信、もうひとつは批評だ。とはいえ、19年前と今では大きく環境が変わっている。インターネットが普及し、ゼロ年代にはブログ、日本でのSNS普及の先駆けとなったmixiで、個人がさまざま感想や思いなどを書くようになる。北里義之著『サウンド・アナトミア』(青土社、2007年)のように、mixiへの書き込みから本となったものもある。Facebookはアメリカで2005年に、Twitterも2006年にスタートした。これらは日本での普及には時間がかかったものの、現在では多くの人が利用している。音楽について様々なこと、自分が買ったCD、あるいはコンサートやライヴなどの情報や感想を個人がブログやSNSでどんどん発信し始めたのがゼロ年代だ。それはスピード面では専門誌よりもずっと早いし、他のどこにもないようなニッチな情報もある。情報伝達という観点ではSNSのほうが早いだろう。とはいえ、ガセネタや不確実な情報があったり、Facebookのようにクローズドなコミュニティの中でしか伝わらないという問題もある。Webメディアが様々な情報を伝える意味はまだまだあると考える。では、批評はどうなのか。SNS上では、昨日見たライヴやコンサート、あるいはCDについてなど多くの感想で溢れている。中には長文のしっかりしたテキストもある。とはいえ、側で見ると書くということ、批評するという行為に畏れがなくなったように感じる。と同時に、これは果たしてよいことなのだろうか、このような時代に批評は求められているのか、と自問自答することも度々だ。それはともかく、批評活動の形態も時と共に変わっていくものと考えるが、現在におけるそれはどうあるべきなのか、常に問い返しながら継続するしかないだろう。とはいえ、悠主幹の言葉は心に刻んでおかねばなるまい。
音楽を取り巻く状況も随分変わった。本誌AboutUsにも書かれているように、JazzTokyoは「インディをサポートするメディア」としてスタートした側面がある。かつては、全国に流通する国内盤はキング、CBSソニー(現ソニー・ミュージックレコーズ)、テイチク、東芝EMI(現ユニバーサル・ミュージックに吸収)、日本コロムビア、日本フォノグラム(ポリグラム→現ユニバーサル・ミュージックに移管)、ビクター音楽産業(現 JVC ケンウッド・ビクターエンタテインメント)、ポリドール(現ユニバーサル・ミュージック)、ワーナー・パイオニア(現ワーナーミュージック・ジャパン)などのメジャーがリリースするものが大多数を占めていた。ライセンス契約に基づくブルーノートやプレスティッジを始めとする海外レーベルの国内盤、また国内で制作されたレコードだ。自主制作やインディペンデント・レーベルからのリリースはCDの時代になってからどんどん増え、市場に占める割合も増加し、ミュージシャンも積極的にライヴの場で販売するようになった。2010年に休刊した『スイング・ジャーナル』では毎月リリースされた国内盤をスペースの大小はあるが再発盤も含めてほぼ全てレビューしていた。20世紀のうちは、ジャズに限ったことではないだろうが、レーベル、プロモーター、媒体、評論家が密接に結びついていたと言えるだろう。悠主幹が「批評精神を喪失したジャズ・ジャーナリズム」と書いた背景には、このような構造的な問題もあったのかもしれない。その中で、多くのインディや輸入盤についてはその枠外にあり、他の雑誌も含めて情報は限定的だった。マニアは東京や大阪にあった専門店の店頭や広告、あるいはミニコミ等々から情報を得ていたのではないか。私がJazzTokyoに最初に寄稿したのは2004年11月頃で創刊には関わっていないため詳細はわからないが、設立の趣旨に「インディをサポートする」を挙げているのは、そのような事情があったからだと推察する。
話は逸れるが、稲岡邦彌著『新版 ECMの真実』(カンパニー社、2023年)にマンフレート・アイヒャーが「Kenny Inaokaは、当時ECMのレーベル・マネージャーとして、日本のディストリビューターであるトリオ・レコードに勤務し、1970年代前半にわれわれが提供する音楽を日本のリスナーに紹介するために貢献してくれた」と書いているのは、トリオ・レコードがECMと独占契約することで継続的に国内盤をリリースし、国内の流通網に乗せたことで日本の幅広い音楽ファンにその存在が知られるようになったからだろう。輸入盤と国内盤では、中身は全く同じでも流通面やメディアの取り扱いが全然違っていたのだ。これは新興の小レーベルにすぎなかったECMにとっては大きかったといえる。また、輸入盤を国内流通させるためにdisk unionはDIW Recordを立ち上げ、輸入盤に日本語ライナーノートを添付して国内盤仕様で販売・卸すことを1982年にスタート、後にアルバム制作も行うようになった。ちなみに第1作目はイタリアBase Recordsからリリースされた『アルバート・アイラー/スラッグス・サルーン Vol. 1』(DIW-1001)だった。
インディは当たり前になったばかりか、Apple Music やSpotifyを始めとするサブスクリプションが登場、コロナ禍を経てストリーミングもよく行われるようになった。また、アルバム単位で聴くのではなく、プレイリストを楽しむ人もいるし、ヴァイナルつまりLPレコードも復活した。このように聴取形態も様々に変化していく中で、媒体としての情報提供の仕方も最適解を探しつつ、マイナーチェンジしたり、アップデートしていく必要があることは確かである。
悠主幹はまた「偉大な先達の歴史的遺産を闇に埋没させてはならない」ということについても書いていた。その詳細は割愛するが、昨今のジャズ関連の出版状況、また過去の音源も発掘盤や再発盤も含めて多種多様なCDリリース状況を見るとこれはかなりクリアされているように思う。ただし、CDについては発売される数が膨大すぎてとても全てを把握するなどできないが…。とはいえ、過去を振り返ってばかりいてはいけない。年齢とは関係なく、ミュージシャンはライヴで今現在、今ここの音を出している。それらを捉えた音源もリリースされている。現在なくして、音楽ジャーナリズムは成り立たない。歴史を振り返り、相対化して語るにも、今の視点が求められる。歴史家とジャーナリストは異なるが、ジャーナリストあるいは音楽ライターの記述は歴史考察に不可欠なものだということも忘れてはなるまい。
コロナ禍で外出制限があった頃、ある友人に「ミュージシャンというのは魚のようなもので、魚が泳ぎ続けているように、演奏し続けていないとダメなの」と言われた。ジャーナリストやライターも同じかもしれない。行動し続け、書き続けないとダメなのである。JazzTokyoもまだ”泳ぎ”続けるだろう。それを支えているのは、寄稿者、ミュージシャン、関係者であり、そしてまた読者なのだ。
Masahiko YUH 悠 雅彦、ECM、SNS、Webメディア、DIW Rocords