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From the Editor’s Desk 稲岡邦彌No. 289

From the Editor’s Desk #6 ワールド・ジャズ・ミュージアム 21 開設の意義

text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌

昨年 (2021年) の11月と12月、「ルイ・アームストロング 生誕120年 没50年」のダブル・アニヴァーサリーをテーマに写真展と外山喜雄&デキシー・セインツのコンサート(文化庁AFF助成)でプレ・オープニングを成功裡にランニングした「ワールド・ジャズ・ミュージアム 21」(WJM21) が 4月15日グランド・オープンに漕ぎ着けた(漕ぎ着けた、というのは運営スタッフのひとりとしての正直な実感である)。プレ・オープニングに作品を提供したカメラマンは、中平穂積、内藤忠行、杉田誠一、佐藤有三(故人)、外山喜雄・恵子、菅原光博の諸氏だった。加えて、竹村洋子がユニークなジャズ・イラストを出展して花を添えた。4月15日にグランド・オープンし、12月末日まで継続する(9月は休館)初年度の通年のテーマは、東日本大震災被災復興支援+ウクライナ戦火被災復興支援「よみがえれ “栄光の70年代”  ジャズ、ブルース、ソウルからレゲエまで。観て(写真展)、聴いて(ライヴ演奏)」である。展示予定の写真の多くが “音楽がもっとも豊穣な姿” を見せた 70年代に撮影されている。その豊穣な70年代を通して21世紀を見通す足掛かりを捉えたいという希いである。マイルスのバースデイ5月26日を挟み5月末日まで続く第1回の企画展は「内藤忠行写真展 ジャズ、そしてマイルス・デイヴィス」で、”ジャズ界の帝王” マイルス・デイヴィスを被写体にソラリゼーションやモンタージュ手法などを駆使した内藤が映像でエレクトリック・マイルスを描き出す。デジタル時代にはるか先立ちCGを凌ぐ結果を得たアナログのオリジナル・プリントの数々。併設は、被写体にブラック・ミュージックを横断した菅原光博 が「ジャズ、ブルース、ソウル&レゲエを撮る!! 」。さらに、佐藤有三と杉田誠一の「ルイ・アームストロングを偲ぶ」と竹村洋子のジャズ・イラスト・コーナー。5月中旬以降は、内藤のマイルスとボブ・マーリー生誕77周年を記念した菅原光博と Overheat 石井志津男のレゲエが会場を二分する。6月はロックを交えたギター・サミットとフュージョン、7月は17日のジョン・コルトレーンの命日に因む「サキソフォン・コロッサス」で、コルトレーンを中心に日本から高木元輝と阿部薫が参戦予定。予定は未定、とくにジャズは即興が生命だから、突然、企画内容が変更される可能性もあるやも知れぬ。

WJM 21の会場は、切り絵 緑の美術館。JR渋川駅から伊香保温泉に向かう水沢街道沿いにある。ある切り絵作家のために建立された美術館だが、開館まもなく作家が物故、遊休に近い状態の美術館をわれわれの趣旨に賛同したオーナーから借り受けることができた。設営、運営にあたっては近隣にロフトを構えるカメラマンの菅原光博がスタッフを束ねる。本誌JazzTokyoを悠雅彦主幹らと創刊したのは2004年のこと。インディ系のレーベルとミュージシャンのサポートを主たる目的としていた。情報の発信とともにめざしたのがアーカイヴの管理と閲覧だった。アーカイヴには音源(テープ、LP、CD、DVDなど)と資料(写真、書籍、雑誌など)を対象とした。保管するだけでは意味がないので閲覧をも目的とした。つまりジャズを中心とする音楽図書館だ。進む少子化で統廃合による廃校に狙いを定めたが、適当な対象に出会えないまま、ほぼ20年が過ぎようとしている。そんな折り、本誌に「ジャズを撮る!!」を連載中のカメラマン菅原光博から提案されたのが、切り絵 緑の美術館だった。展示に充分なスペースを得るためには少々の足の不便は覚悟せねばならない。と言っても都内からクルマで約2時間。渋川までは特急もあれば、高速バスも利用できる。近くには原美術館ARCや竹久夢二記念館、おもちゃと自動車博物館なども点在するいわゆるミュージアム・エリアだ。

スマホの急速な進歩は目を見張らされるものがある。とくにカメラ部分の高性能化は驚異的だ。最新のiPhone13にはレンズが3個装備されている。他社製品にはライカのレンズを仕込んだもの、10倍の望遠機能を備えたものもある。スマホのカメラ機能の進化は小型デジタルカメラを駆逐してしまったほどだ。歩を合わせるようにインスタグラムなどの画像をメインにしたSNSの人気もとくに若年世代を通じ目を見張るものがあるようだ。(その先にはTikTokなど動画の世界があるのだがここではスチルの世界に留めておく)。WJM21では基本的にオリジナルのはいわゆるシルバー・プリント(銀塩プリント)を中心に展示しているが、物理的な理由でデジタル・プリントが登場することもあり得る。シルバー・プリントは“1点モノ”で、撮影者の同意が得られない状況下では(例えば撮影者が死亡するなど)、ネガやポジなどのフィルムが存在しても撮影者の意図を反映したDPEの作業ができないからだ(昨年公開されたドキュメンタリー映画「ロフト・ジャズ」でカメラマンのユージン・スミスが現像処理中にいろいろ細工を施しレンブラント調と称されたあの白黒の濃淡の効果を引き出していた現場を記憶しているはずだ)。来場者にはまずは撮影者のオリジナル・プリントを鑑賞してもらい、写真の素晴らしさ、希少性を理解してもらった上で、WJM21の存在意義を認識してもらうことが必要であると考えている。写真や資料の散逸についてはWJM21の活動を通じて危惧していたことがすでに現実になっていることに一度ならず遭遇した。生前の活動を承知しているカメラマンのパートナーに展示を依頼すべく連絡したところ、「すでに処分してしまいました」という事例が2件あった。ああ...。LPやCDと違いプリント写真の保管は生やさしいものではない。額装された大型のものになるとスペースが必要で、歴史的に貴重な作品は定温・定湿の倉庫に保管を委託することになり費用の負担が問題となる。ネガやポジも撮影者自身の手にかからないと整理、整頓はほとんど不可能だ。整理・整頓されていればデジタル変換して、デジタル・プリントまではなんとかなるだろう。写真にしろ音源にしろアーカイヴは文化遺産だ。散逸する前になんとか手を打つ必要がある。
WJM21はスタートしたばかりだ。関心や興味のある有志の手を借りたい。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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