悠々自適 #87「花盛りのビッグバンド・ジャズに咲いた極上の一輪」
text by Masahiko Yuh 悠 雅彦
東京ビッグ・バンド(TBB)directed by Jonathan Kats
『SAKURA』
1.さくらさくら
2.浜辺の歌
3.海
4.荒城の月
5.赤とんぼ
6.浜千鳥
7.砂山
8.紅葉(もみじ)
9.春の小川
10.お江戸日本橋
11.ふるさと
Tokyo Big Band;
<Reeds>
スティーヴ・サックス (as, ss, fl, alto-fl) 鈴木圭 (as, fl, cl) アンディ・ウルフ (ts, fl) 浜崎航 (ts, fl) 宮木謙介 (bs, bcl)
<Trumpet>
ルイス・バジェ 岡崎好朗 高瀬龍一 マイク・ザチャーナック
<Trombone>
フレッド・シモンズ 三塚知貴 川原聖仁 堂本雅樹
<Horn>
中澤幸宏 菊池大輔
<Rhythm>
原とも也 (guitar) パット・グリン(bass) ブレント・ナッシー (bass) 加納樹麻 (drums) ジョナサン・カッツ (piano, arranger, conductor)
<Guest>
上杉優 (trombone) 佐藤洋樹 (trombone)
<chorus>
板橋香織(ピアノ科2年)鈴木雪絵(音楽療法学科・研究科2年)森本花(音楽療法学科・研究科1年)横山一恵(音楽療法学科・研究科1年)
engineer:花島功武
recording 監修: 河辺真(国立音楽院指導講師)
mastering:ボブ・ワード
録音:2018年7月25, 26日@国立音楽院
どうしてそんなことが起こったのか、あるいは起こりつつあるのか。理由を訊かれても今はまだうまく答えられないのだが、宮間利之とニューハードと原信夫とシャープス&フラッツが王座を競い合っていたころにはほとんど考えられなかったことが、今日、多様化したジャズ、わけてもビッグバンド界に起こりつつある。だから面白いとも言える。その双方の作編曲分野での活躍をビッグバンド史に輝かせた陰の主役でもあった前田憲男(1934~2018.11.25)と山木幸三郎(1931~2018.12.26)が相次いで世を去ったあと、何かしら面白いことが起こりそうな予感めいたものがあった。2000年代に入ってまもなく(2002.7.9)山屋清が世を去ったときには思いもしなかったことが、シャープス&フラッツとニューハードが解散し、さらに前田憲男と山木幸三郎の訃報を聞くに及んで、彼らの偉業をジャズのオーケストラ(ビッグバンド)分野で継承してその存在感を発揮してくれる存在は渋谷毅オーケストラをおいてないと確信し始めた。だが、それだけでは終わらなかったのだ。一例を挙げれば、そうした動きと前後してニューヨークを拠点にした活動で一躍注目を集めるにいたった宮嶋みぎわという女性コンポーザーのデビュー作(2017年8月)『 Miggy Augmennted Orchestra 』(ArtistShare) を一聴して、時代がさらに勢い良く動き出していることを痛感させられたこと。そしてこのほど手元に届いた待望の新作、日本を音楽活動の拠点に選んで地道に精進していたピアニストのジョナサン・カッツが総力を結集して制作した『SAKURA』を聴くに及んで、時代がさらに勢い良く動き出していることを確信した。『SAKURA』を巻頭文で取り上げる序奏としては異例ともいうべき導入部から入ったのも、日本のビッグバンド・ジャズの歴史にいま、新たなページが始まったことを告げる動きがそこかしこで芽吹き出していることを、ぜひ知っておいていただきたいと思ったからだ。
正直に申し上げれば、今月はジョナサン・カッツと東京ビッグバンド(TBB)のニュー・アルバム『SAKURA』の内容と出来ぐあいが予想以上に素晴らしく、新譜評として書き上げて提出した。実は、この時点で私は今月の巻頭文が自分の番であることをすっかり忘れていた。編集長からこの一事を指摘されて慌てたことは言うまでもない。その土壇場で考えた。いま音楽界を賑わしているビッグバンドやオーケストラル・ジャズの中で特にこの数ヶ月に披露された秀演を振り返り、紹介がてらまとめてみたらどうか、と。というわけで、今月の巻頭文は意表をつくことになるかもしれないが、とりわけこの数ヶ月ジャズをはじめ音楽界を賑わしたビッグバンドの秀演に焦点を当ててみようと思い立った次第だ。
◯ 守屋純子オーケストラ(2019年2月22日/渋谷区大和田さくらホール)
近藤和彦(as ss,fl) 緑川英徳(as) 岡崎正典(ts) 吉本章紘(ts) 岩持芳宏(bs)/佐久間勲 小幡光邦 奥村晶 岡崎好朗(tp)/佐野聡 佐藤春樹 東条あづさ(tb) 山城純子(b-tb)/中村健吾(b) 広瀬潤次(ds) 岡部洋一(perc) 守屋純子(p, arr, ldr)
◯ 角田健一ビッグバンド(2019年4月20日/文京シビックホール)
辻野進輔(as) 鈴木直樹(as) 川村裕司(ts) 杉本匡教(ts) 丹羽康雄(bs)/田中哲也 松木理三郎 鈴木正晃 宮本裕史 柴山貴生(tp)/高井天音 滝本尚史 西村健司 高橋英樹(tb)/佐久間和(g) 小西忠哲(b) 板垣光弘(p) 丹寧臣(ds)
◯ アロー・ジャズ・オーケストラ(AJO)(2018年5月31日/文京シビックホール)
河田健(as) 小林充(as) 宮哲之(ts) 高橋知道(ts) 泉和成(bs)/渡辺隆 ユン・ファソン 田中洋一 築山昌広(tp)/谷口知巳 大迫明 中嶋徹(tb)/中村たかし(g) 石田ヒロキ(p) 宮野友巴(b) 中島俊夫(ds) 宗清洋(tb, ldr)
◯ スコティッシュ・ナショナル・ジャズ・オーケストラ(SNJO)&小曽根真(2019年5月18日/東京文化会館)
Konrad Wiszniewski (sax) Paul Towndrow (sax) Martin Kershaw (sax) Bill Fleming (bs) Yvonne Robertson (fl )/Jim Davison Lorne Cowieson Sean Gibbs Tom MacNiven (tp)/Chris Greive Liam Shortall Michael (tb) Owers (b-tb)/Calum Gourlay(b) Alyn Cosker (ds)
以上に掲げた演奏会のうち、大阪のアロー・ジャズ・オーケストラのみ2018年の5月末に行われた< LATIN & JAZZ FESTA / EAST vs WEST>(5月31日/文京シビックホール大ホール)の演奏会で、東の東京キューバンボーイズと組んで熱演を繰り広げた例外的なコンサートを取り上げたが、結成60年を間近にした記念すべき演奏で、後半には東京キューバンボーイズと「マンテカ」やペレス・プラードとグレン・ミラーのメドレーで館内を沸かした熱演は、関西を代表するビッグバンドの実力を発揮したパワフルな演奏だった。
守屋純子オーケストラと角田健一ビッグバンドについては贅言を要すまい。とりわけ守屋純子の方は僕自身も年に一度のリサイタルとでもいうべき演奏会しか聴いていないので、立ち入った指摘はできないが、ジャズのアンサンブルを力強く、しかも男性対抗馬を堂々と圧倒するかのような意気込みで牽引するまとまりのいい演奏には、聴くたびにうなづかされる。次回あたりにはさらにアピール度を増したアンサンブルの妙味で聴き手を圧倒する総決算的リサイタルを催してくれるのではないかと期待が高まる。
一方、角田健一ビッグバンドの方は、四谷の紀尾井ホールで定期演奏会を催すのが通例になった。今年も来たる6月30日に定期演奏会を開催する(12月8日も同)。ツノケン・バンドの方はメンバー移動もかなり自由で、ファンを沸かすドラマーとして名を馳せた小山太郎もついにバンドを去ったと聞いた。6月の定期演奏会ではファンの期待に応える威勢のいい演奏ができるかどうか、地道に地歩を築き上げてきたツノケン・バンドならではの闊達なアンサンブルの波をぜひ再び体験したいものだ。
今年、ジャズとクラシックとを問わず、ピアニストとして獅子奮迅の活躍と称えたい演奏を披露してファンの喝采を博したのが小曽根真だった。たとえば、5月の3連休(3日、4日、5日)に東京国際フォーラムで開催された<ラ・フォル・ジュルネTOKYO 2019>の最終日、『アメリカ~JAZZ meets クラシック』に登場した小曽根真は、さすがに緊張の色は隠せないながらも、最近は演奏する機会が多くなったガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」を切れのいいタッチとスケール感豊かな楽想展開で熱演した。演奏が進むごとに小曽根本来の活きのいい表情が顔を見せ、共演するオーケストラ(シンフォニア・ヴァルソヴィア。指揮者はミハイル・ゲルツ)とのコンビネーションも上々。小曽根の後に登場してラヴェルのピアノ協奏曲ト長調を演奏したフランク・ブラレイよりも、小曽根の方が華のある演奏で見ごたえ?(聴きごたえ)があった。
小曽根の活躍はさらに続く。彼が東京文化会館と手を組んで展開している<Jazz meets Classic >が今年第7回を迎え、小曽根自身にとっても因縁の深いミュージシャンが率いるオーケストラを迎えて、二人の著名な作曲家が子供達のために作曲した作品を演奏することになった(5月18日土曜日 17:00。東京文化会館大ホール。翌19日はオリンパスホール八王子)。一つはプロコフィエフの「ピーターと狼」で、もう一作がサン=サーンスの組曲「動物の謝肉祭」。招聘したオーケストラがスコットランドの才能ある活きのいいミュージシャンを中心に1995年に組織されたスコティッシュ・ナショナル・ジャズ・オーケストラ。リーダーはサックス奏者のトミー・スミス。実は、小曽根真は周知の通りボストンのバークリー音楽院を卒業した後、恩師のゲイリー・バートンが率いるグループに参加して活動を開始したが、このときの同僚がトミー・スミスだったのだ。すなわち、この演奏会はトミー・スミスが指揮をとるスコットランドの代表的ビッグバンドに、スミスとは親しい間柄の小曽根真がソロイストとなって花を添え、子供達のための二つの作品を演奏(ナレーションは橋爪功)するという、変わった趣向のコンサートだった。小曽根にとってはピアニストとして発奮するほどの内容ではなかったとはいえ、気軽にかつ和気藹々と楽しめるコンサートではあった。
以上、最近のビッグバンド・コンサートの傾聴すべき幾つかを選んでみた。そのあとで再度、東京ビッグバンドの最新作『SAKURA』に耳を傾けてみたが、吹込にかけたジョナサン・カッツ以下バンドの面々の意気込みといい、1音や1フレーズにかけたプレーヤーの集中力といい,すべてがいい歯車に乗って気持ちよく運んだ。その結果生まれた演奏の結晶が各曲、各演奏で輝いた好アルバムだった。
ジョナサン・カッツが ”東京ビッグバンド”(TBB)を発足させたのは2008年。このバンドが定期的に赤坂のTBSにほど近いジャズクラブ「ビー・フラット」で演奏するようになり、ジョナサンが尺八のブルース・ヒューブナーと組んで演奏していたころから親しく話を交わしていた私は、よほどの場合を除いて「ビー・フラット」で演奏するTBBの演奏に熱い視線を送りながら、観察しつづけてきた。このバンドにファンの熱い視線が注がれている最大の理由が、むろんいうまでもなくTBBが日本の童謡や民謡、あるいは世代を超えて歌い継がれてきた古謡や俗歌として親しまれてきた作品を中心的なレパートリーにして演奏してきた一事にあることは言うまでもない。正確にはリーダーのジョナサン・カッツがこれら日本の古い童謡や古謡を愛し、これら作品の上品な抒情性と風味を決して損ねることなくビッグバンド用にオーケストレーション化したことによって、これらの曲が新しい魅力を加味された形で蘇ったのである。それらの曲の中には、滝廉太郎の「荒城の月」のように日本の代表的歌曲としてスタンダード化した曲もあれば、その一方で「お江戸日本橋」のように東海道五拾三次の曲に始まって服部良一の「山寺の和尚さん」へとユーモラスに展開する曲もあり、この妙味を体験するとジョナサンってもしかしたら日本人?と思う人がいても不思議はない。疑いないことは、ジョナサン・カッツが日本の古謡、民謡、俗歌、あるいは童謡や文部省唱歌、たとえば「赤とんぼ」のように「日本の歌百選」に選出された楽曲など日本のこうした楽曲に明るく、日本の音楽家以上に日本のこれら楽曲を愛でる異色のミュージシャンであるという一事に尽きるのではないか。
個々の楽曲や演奏の詳細には触れない。実際には触れるスペースがなくなってしまったのだ。この一作をじっくり聴いて、私が個人的に格別に感心したことは、本作での演奏は私がふだんビー・フラットで聴いている演奏より、(当たり前のことだが、)はるかに洗練されていてバランスがすこぶるいいということである。この洗練性は普段ビー・フラットで演奏しているプレーヤーを中心にしていることを考えれば当然かもしれないが、それにしても我が国の演奏家ってこんなにも粋でソフィスティケートされた音楽性性豊かな技量と感性を併せ持っているのかとつくづく感服した。それと、日本の作曲家たちが残した楽曲の不思議な魅力。その魅力に早くから気づいていたジョナサン・カッツが持ち前の編曲能力を駆使して素晴らしいアンソロジーに仕立て上げ、TBB の演奏能力をフルに生かし、その上にジョナサンが教鞭をとっている国立音大の学生やスタッフと協力しあってこの素敵な一作を創り上げたのである。なんと素晴らしいコラボレーションであろうか。冒頭のタイトル曲「さくら~~」が日本人の感性を圧倒する。これはもはや<和ジャズ>ではない。私にいわせれば日本の曲を素材にしたオーソドックスなジャズ以外の何物でもない。これこそジョナサン・カッツのソウルであり、テクニックであり、彼が日本文化に共鳴するようになった真実である。つまり外国人が陥りがちな、妙な和調臭さがこれっぽっちもないのだ。④の「荒城の月」を聴けばわかる。①の「さくら~~」と同じく、日本の歌曲の単なるビッグバンド化でもオーケストラ化でもないことが。それはたとえば、⑥や⑦での冒頭を飾るカッツのピアノ演奏の和声の妙、言い換えれば彼のピアノに込められて自然発生化して立ち上った日本情緒に写し取って見れば納得できるはずだ。⑧の「紅葉」がベイシー風な出だしに感心した次の瞬間、すぐに後を継ぐトロンボーンのアンサンブルの格好よさに思わず膝を打った。ここまで聴くと、コーラスを加えたといった処方をよしとするかどうかなどは、どうでも良いと言うしかないような気がして、ただジョナサン・カッツのリードとアンサンブルの精妙な一体感、その渾然一体ぶりに思わず乾杯で祝福したい気分になった。バンドの素晴らしい演奏を称えて締めくくることにしたい。
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