#132 寺島靖国『ジャズ健康法入門』
text:Kenny Inaoka 稲岡邦彌
書名:ジャズ健康法入門
著者:寺島靖国
版元:音楽之友社
初版:2024年3月
体裁:4-6版 256頁
定価:2,090円 (本体1,900円+税)
タスキ・コピー:
86歳。心身の落魄、満喫中。
伝説のクラシック雑誌『レコード芸術』から生まれた異形のジャズ健康本。
『レコード芸術』のオアシス、と謳われたジャズとオーディオ、そして健康についての人気連載、休刊までの5年7ヶ月分を時系列集成!
「人間若いうちは”正しい”ことしか言えない。それでいいです。しかし年がいったら本音を吐かないと年とった意味がない。人など気にせず、自分のいいたいことだけ言えばいいのです。」(本文より)
数年前のこと、隣席の寺島翁から声をかけられた。日本ジャズ音楽協会の授賞パーティでのことだった。「稲岡さん、トルド・グスタフセン知ってる?」トルド・グスタフセンと言えばECMが売出し中の新進ピアニストだ。ECMウオッチャーの端くれである筆者が知らないわけがない。後期高齢者の寺島翁の口からノルウェー人の名前が淀みなく流れ出たことにまず驚いたが、それにもましてそれが “ECMアーチスト” であることになおさら驚いた。寺島靖国といえば “ハードバップの伝導者” としてジャズ・ファンの間では知らぬ者のいない存在である。ルディ・ヴァン・ゲルダーを師と仰ぎ、病こうじて氏をスタジオに訪ね、小用
中に厳禁のスタジオ機器を盗み撮りし、コラムで手柄話に仕立てた実績を誇る。70年代、筆者が当時担当のECMの新譜のプロモーションを翁に試みると、一顧だにされなかった経験が何度もある。「稲岡くん、
ジャズはハードバップだよ。ECMか何か知らんけどハードバップが木の幹だとするとECMなんてのは枝葉に過ぎないね」とひとたまりもない。
そのECMのトルド・グフタステン、いや、グスタフセンのアルバムが本書に何と4回登場する。いずれも『トルド/グスタフセン・トリオ/The Other Side』。本書では1編のコラムに1枚のアルバムが紐付けられる。なかにはやや強引なこじつけもないことはないが決して嫌味ではない。どの1編も見事なコラムに仕立てられなるほどというアルバムが添えられる。見事な酒と肴のセット。内容はタスキ・コピーにある通り。ジャズとオーディオと健康。そのどれもが「人のことなど気にせず、自分の言いたいことだけを言」っている。自慢もあれば愚痴もある。「寺島靖国」丸かじりだ。ファンにはたまらない1冊だろうし、アンチ寺島派にはツッコミどころも少なくなく(アルバート・アイラーがハドソン河で死んだなど)敵を知るに最適の書でもある。
ジャズ・ファンでもある学習院大教授の中条省平が “途方もない1冊” として「その真っ正直な見苦しさは読み進むうちにむしろ清々しさに転じます」(『フリースタイル』60 Summer 24)と評している。さらに東京新聞「大波小波」サイレーン氏は、「ジャズ評論にして私小説」と題し、「ジャズ評論はふつう演奏を客観的に評価し、歴史的に位置づける。ところが、現在86歳の寺島は体の不調を正直に告白して、その対処法(健康法)を記す。ジャズとオーディオはその一環とみなされるのである。つまり、ジャズとオーディオの私小説化だ。(中略)ともかくぜひ一読をお勧めしたい快著(怪著)である」とノリノリである。
再録モノにもかかわらず校閲や校正のミスが気になるのは著者ではなく編集者が責められるべきだ。
以て自戒の念としたい。