#116 中牟礼貞則〜孤高のジャズ・インプロヴァイザーの長き旅路
text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌
書名:中牟礼貞則〜孤高のジャズ・インプロヴァイザーの長き旅路
編・著者:久保木 靖
版元:リットーミュージック
初版:2021年6月25日
価格:¥3,200+税
判型:四六判
頁数:223ページ
仕事柄ギタリストとの現場の共有も少なくなかったが、洋楽が中心だったので邦人ギタリストとの出会いは決して多くはなかった。なかでも本書の主人公、中牟礼貞則さんとの仕事の経験は皆無。数年前だったか、本誌の悠雅彦主幹と連れ立ってJRのホームを歩いているとき、向かいのホームをギターケースと小型のアンプを両手に提げ足早に歩く小柄なシニアの姿があった。悠主幹の「ムレさんだ!」という言葉で中牟礼さんだと理解したが、背筋をピンと伸ばし前を見据えて歩く姿にしばし見惚れていた記憶がある。当時すでに80代半ばを超えておられたはずだ。
今年(2022年)の6月26日、伊香保近郊のWorld Jazz Museum 21 (WJM21) で中牟礼さんと三好功郎さん(”#3吉”の愛称で知られる)のギター・デュオが企画され、お二人に初めてお会いし音楽を聴かせていただいた。演奏が終わってすぐ会場でこの書物を購入した。バスタ新宿までの高速バスのなかで読み耽った。ギター雑誌の編集長を務める久保木靖さんのインタヴューに応える形で、まるで中牟礼さんから直接話を伺っているような親しみやすさがある。しかし、話の内容は日本のジャズの歴史そのものであり、その記憶力の良さには文字通り圧倒される。高柳昌行と銀巴里セッションの項などまさに手に汗が滲む思いで読み進むが、ご本人はどこまでも淡々とした語り口を崩さない。先輩のパシリでヒロポンを買いに行く件(くだり)もあるが、明らかにヒロポンの効能を誤解されているところを見るとご本人はドラッグとは無縁のクリーンであったことが良く分かる。音楽的な側面はインタヴュアーの久保木さんがギターのエキスパートであるだけに核心を突いた質問を次々に浴びせるが、中牟礼さんは一つひとつ丁寧に解説される。ギタリスト、ギター・ファンにとっては至福のパートだろう。今でも若いミュージシャンや新譜を通して未知の動きやテクニックにアプローチしようとする意欲や好奇心のあり方に敬服するが、我々が「音楽性」と表現する内容を「芸風」と言い切って憚らない物言いがなんとも微笑ましい、と言ったら礼を失するか。巻末の人名インデックスを見ると数百名近い内外の登場人物が...。ディスコグラフィも充実しており、「中牟礼貞則」というひとりのジャズ・ギタリストを通して「日本のジャズ」を俯瞰する思いで読み切った。中牟礼さんをよく知るミュージシャンや関係者の賛辞を読むまでもなく、真の意味での「ギター・レジェンド」の名に相応しいギタリストである。平口紀生カメラマンによる表紙のポートレートは “孤高のジャズ・インプロヴァイザー”の雰囲気を伝えて余りあるが、オフ・ステージのご本人は優しく時折りジョークを飛ばす人間味溢れる方である。
なお、さらに驚くべきは、同梱されたCDの内容。1956年の銀座のクラブ Fantasia でのセクステットと、1997年名古屋Lovelyでのリー・コニッツとのデュオがそれぞれ4曲ずつ、さらに2020年のスタジオ録音によるソロ・ギターが2曲。このCD1枚でも充分商品価値ありと思われる。
追)思いがけず、上記のWJM21での中牟礼さんと三好さんの初の師弟デュオの演奏がCD化されることになった。筆者が主宰する Nadja21からの11月18日リリースで中牟礼さんの高弟のひとり渡辺香津美が一筆寄せてくれるという。感激に胸が震えている。
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