#121 稲岡邦彌著『新版 ECMの真実』
text by Hiroaki Ichinose 市之瀬 浩盟
書名:新版 ECMの真実
著者:稲岡邦彌
体裁:四六判並製 576頁
初版:2023年4月10日
定価:本体3,800円+税
版元:カンパニー社
「異端から正統へ」
その一冊の書物が世に送り出された時に帯文にそんな一行が大きく踊った。
決して正統を求める必要は無かろうに…
この思いは今も変わらない、いや一生決して変わらない。
正統から外れたものを全て片っ端から異端という名札をかけてそれぞれ括り付け隅に晒すやり方は好かない。
限りなく透明で蒼白い炎を不規則に燃え上がらせるその音たちをこのちっぽけな島国で広く世に知らしめる為にそのお方はまずどれだけの地ならしをしたのだろうか。その上にどんな礎石を敷いたのだろうか。その上に一枚、また一枚と休みなく次から次へと世に送り出された作品を重ねていったのだろうか。時には風雨にさらされ、時には大地が揺るいだかもしれない。そのたびに建物は揺らぎ軋んだが、その揺らぎを愉しむかのように起立し続けた。領主お抱えの園丁によって周囲も日々様々な姿を見せいつしかその構築物は身の丈を超え巨木を見下ろしみるみる高く聳え立っていった。
万人が全てその建物に気を止めなかったかもしれない。見えなかったのかもしれない。入り口が分からなかったかもしれない。しかしその美しさに気づいた者はそのこころを鷲掴みにされた。
似た物は他にもあったのかもしれないが模倣にすらならなかった。誰にも真似ができないその建物のなかでは日々宴が繰り広げられた。
見える者にはその入り口は何処にでも見出せた。誰からも命令されず、誘われず、呼ばれず、促されず…。中に入った者たちだけがその建物の領主に歓待を受けた。まさに選ばれた者達だけが味わうことのできる喜びであった。
初版本と増補改訂版の表紙は共に白地に中間色の正方形の角が並んだどこかエディション・ロッケンハウス盤を綺想させるデザインだった。比較的気軽に手に取っては読み耽っていた。
まだ走り続けているその音たちの「真実」を綴るには一度では終えることができるわけがなかった。そんな著者がやり残し、また新たに印留めたかった想いがわずか7年の歳月の後に増補改訂版を編んだ。
新版と謳われ天鵞絨仕立てが施された深い緑青色の表紙は書物の中に封じ込まれたその人たちが奏でる音と同じように迂闊な気持ちで開いてはならない。一点の迷いも曇りも白濁も許されない。読み進めるうちに両の手に滲む汗に汚されてはならない。
最初の読了後はまたあたまから読み直すのもいいし、ふと思い立って開いた頁から読み出すのも悪く無かろう。
その書物の表紙はどんどんと漆黒に近づいていき、やがて異端教徒の為の聖書となることだろうから。
大安吉日の今宵
新たな聖典の上梓を心よりお慶び申し上げます。
(Facebook 2023.4.28 より転載)