#2333 『エンリコ・ピエラヌンツィ|マーク・ジョンソン|ジョーイ・バロン/ハインドサイト~ライヴ・アット・ラ・セーヌ・ミュジカル』
text by Keiichi Konishi 小西啓一
Free Flying FFPC-004 |2,860(税込)
Enrico Pieranunzi – piano
Marc Johnson – bass
Joey Baron – drums
1. ジュ・ヌ・セ・クワ 6:54
2. エヴリリング・アイ・ラヴ 5:28
3. B.Y.O.H. (ブリング・ユア・オウン・ハート) 7:23
4. ドント・フォーゲット・ザ・ポエット 9:16
5. ハインドサイト7:27
6. モルト・アンコーラ (ペル・ルカ・フローレス) 5:54
7. キャッスル・オブ・ソリチュード 5:21
8. ザ・サプライズ・アンサー 6:00
作曲:エンリコ・ピエラヌンツィ(track #2 :コール・ポーター)
2019年12月13日 ブローニュ・ビヤンクール ラ・セーヌ・ミュージカル・オーディトリウムにて録音
Recording & mixing engineer:Stefano Amerio
Mastered by Danilo Rossi
Artistci Production:Ermanno Basso
オペラとカンツォーネに象徴されるイタリア。”唄の国“とも呼ばれるこの国は、またジャズの世界でも個性的で優秀なプレイヤーを輩出し、独得なテイストを保つジャズ・ランドでもある。特にピアノの分野での名手や曲者等も数多く、レナート・セラーニ、ダニーロ・レア、ジョバンニ・ミラバッシ、マッシモ・ファラオ等々、名前を挙げればきりが無い程だが、やはりこの国でのジャズ・ピアノの価値を決定的なものに高めたのが、巨匠エンリコ・ピエラヌンツィだというのは、誰もが認めるところだろう。
イタリアの中心都市=ローマ出身で、ジャズ・ギター奏者の息子でもある彼は、現在75才。この国の多くのピアニスト同様、クラシックにも造詣が深く(ドビッシー作品集やスカルラッティ&バッハ等を弾いた作品もあり)、ジャズではビル・エバンスの影響圏に育ちながら、自己研鑽と多くの著名プレイヤー達との交流などを通し、多彩で絢爛な自身の世界を確立、今やイタリアから全欧州、さらに世界的規模でも屈指のピアノ弾きの一人として、巨匠の名称に相応しい活躍振りを示す。
そんな彼のキャリアの中核でもあり、最も知られたユニットでもあるのが、エバンス・トリオの晩期を担ったマーク・ジョンソン(b)、ジョン・ゾーンなど先鋭達との活動も多いジョーイ・バロン(ds)という、卓抜な腕を持つ米人プレイヤーを伴った、いわゆる“PJB”トリオ(3人の頭文字から命名)である。このユニットは断続的にだが長年継続されており、その35周年を祝う記念ライブが、2019年12月にピエラヌンツィ自身の提案で実現し、パリの新たな芸術拠点“オーディオトリウム・ドゥ・ラ・セーヌ・ミュージカル”で実施された。彼らの久々の結集となるこのパリでのライブ盤、自身のリーダー作や参加作品など100枚近い多作を誇るピエラヌンツィだが、ことライブ盤に関しては決して多くない。それだけに今回日本でもこのライブ作が出されることは、ファンならずとも嬉しい限り…。
さてこのトリオだがそのスタートは1984年で、オランダの「タイムレス」に吹き込まれた『ニュー・ランド』がその第1作。このアルバムは、タイトル・チューンと<ザ・ムード・イズ・グッド>のオリジナル2曲以外は、有名スタンダードが並ぶスタンダード集といった趣きも濃い。その他にも自国の偉大な映画音楽作家~エンニオ・モリコーネの作品集(2枚)や、バラード・ナンバーに特化した少し異色な『バラッズ』(04年CAMJazz)など、全部で7枚のアルバムが残されており、そのどれもで珠玉のトリオ・プレイが聴かれる。そしてこの久々のライブとなる訳だが、前作の傑品『ドリーム・ダンス』(CAMJazz)が04年吹き込みなので、なんと15年振りの顔合わせとなる。だがこの3人の有機的な結びつきは頗る健在で、久々の邂逅ながらもその“トリニティー”はより鮮烈な輝きを放ち、絶妙な会話を交わし合う。さらにここでの録音を担当したのが、日本でも人気の高い(ECMの諸作なども担当)ステファノ・アメリオで、彼らの音空間を見事に再現したその録音技も相俟って、ピアノ・トリオの秀作の歴史に加えても好い1枚が、ここに誕生した。実際のところこのコンサートは何と三度ものアンコールを巻き起こしたとのことだが、”コンサートは大成功、ホールは満杯、聴衆は大喜びで夜は終わった。その興奮のレベルをこのアルバムで再現できたら…”とプロデューサーのエルマンノ・バッソは語っているが、その興奮は我々にもダイレクトに伝わってくる。
ところでピエラヌンツィといえば、すぐに“ピアノの抒情派詩人”等といった形容句が使われ、実際彼の美点はその透明感溢れた抒情味に表れているのだが、ライブの場となるとそれにアグレッシブでスリリング、エキサイティングな要素も加わり、そこもまた彼の大きな魅力のひとつを形成する。その好個の例が初めてNYの「ヴィレッジ・ヴァンガード」に出演した時のライブ~アメリカ凱旋公演を記録した『ライブ・アット・ヴィレッジ・ヴァンガード』(10年7月)で、ここでのドラムは名手ポール・モチアンだが(マーク・ジョンソンは参加)、イタリア人ピアニストとして初めてこの名門クラブでのライブ収録…という、結構な高揚感や感激などもプラスされ、いつもの抒情味に加えかなり積極的な攻めの姿勢も見せ、圧巻のトリオ・プレーを開陳していた。そのライブ同様、このPJBトリオ久々の邂逅ライブでも(自身の提案で実現したこともあり…)、かなりアグレッシブなスタイルでメンバーや聴衆を刺激・鼓舞、“心意気も良し…”といった感も強く、好盤『ヴァンガード・ライブ』にも匹敵するでき栄えである。
アルバムは全8曲で構成され、タイトル・チューン<ハインドサイト>などその全てが(1曲を除く)、ピエラヌンツィのオリジナルで纏められている。どれもがセンスフルでイタリア人気質横溢した、明快な美メロディーなのも特筆すべきところ。『サムシング・トゥモロー』(21年/STORYVILLE)でも取り上げられていた、自作の軽快ナンバー<ジュ・ヌ・セ・クワ>でアルバムは幕を開けるが、彼は美麗タッチで軽やかにフレーズを滑らせ、ジョンソン&バロンもスポンティニアスなプレーで応える。実に心地良い一体の音空間が現出され、ジョンソンとバロンの2人にも聴かせ処が用意されており、その凄腕振り(特にバロンの俊敏さと瞬発力…)も際立たつ。続いては唯一のスタンダード・ナンバーであるコール・ポーターの<エブリシング・アイ・ラブ>。彼の師匠格ともいうべきビル・エバンスも取り上げていた(『ハウ・マイ・ハート・シングス』)この銘品を、エバンスとはかなり異なった大胆なアプローチで、印象的に纏め上げる。続く<B.Y.O.H>は “Bring Your Own Heart”の略で、彼の遊び心がうかがえて愉しいタイトルで演奏内容も同様。まあこんな感じで一気呵成に3人が突っ走る終曲の<ザ・プライズ・アンサー>迄、テンションとエレガンスさが混在化した、強烈な美意識と情熱に貫かれた出色なプレーが続き、このライブは興奮の余韻を残し閉じられる。
アルバム全8曲の中で、特にぼくのお気に入りは7曲目の<キャッスル・オブ・ソリチュード>である。ピエラヌンツィにはラテン・ジャズをユニット名にしたアルバムもあるが、ここでもラテンの香りをほのかに漂わせた蠱惑のプレーが聴かれ、この手の演奏に目のないぼくにとっては、至福の瞬間でもあります。
まあいずれにせよ当代きっての名手らしさ全開の秀逸ライブ作で、この素敵なアルバムをぼくらに紹介してくれた、「フリー・フライング」の代表:関口滋子さんにも、温かなエールを…。