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CD/DVD DisksNo. 241

#1523 『Alexander von Schlippenbach – Globe Unity Orchestra / Globe Unity – 50 Years』

text & photos by Kazue Yokoi 横井一江

Intakt CD 298

Henrik Walsdorff: alto saxophone
Ernst-Ludwig Petrowsky: alto saxophone, clarinet, flute
Daniele D’Agaro: tenor saxophone, clarinet
Gerd Dudek: soprano and tenor saxophones, clarinet, flute
Evan Parker: tenor saxophone
Rudi Mahall: bass clarinet
Axel Dörner: trumpet
Manfred Schoof: trumpet, flugelhorn
Jean-Luc Cappozzo: trumpet
Tomasz Stańko: trumpet
Ryan Carniaux: trumpet
Christof Thewes: trombone
Wolter Wierbos: trombone
Gerhard Gschlössl: trombone
Carl Ludwig Hübsch: tuba
Alexander von Schlippenbach: piano
Paul Lovens: drums
Paul Lytton: drums

Globe Unity Orchestra – 50 Years 44:03

Recorded at Jazzfest Berlin 2016 by RBB, November 4, 2016
Mixed and mastered by Rundfunk Berlin-Brandenburg
Radio producer: Ulf Drechsel
Sound supervisor: Wolfgang Hoff
Recording engineer: Peter Schladebach
Digital cut and mastering: Uli Hieber
Cover art and graphic design: Jonas Schoder
Photos: Kazue Yokoi
Liner notes: Richard Williams.
Produced by RBB and Intakt Records, Patrik Landolt
Published by Intakt Records


1960年代、フリージャズではさまざまな試みが行われていた。4月に亡くなったセシル・テイラーもそのキーパーソンのひとりで、1966年には初期の代表作、『ユニット・ストラクチャーズ』をセプテットで、『コンキスタドール』をセクステットで録音している。たまたまベルリンでセシル・テイラーと同席する機会があり、雑談をしていた時のことである。彼はこう言った。
「アレックス(・フォン・シュリッペンバッハ)は60年代、ヨーロッパ人としてのやり方で僕と同じことをやろうとしていた」

1966年11月3日、アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハは放送局RIAS(*1) の委嘱による13人編成のオーケストラのための作品<グローブ・ユニティ>をベルリン・ジャズ祭で演奏した。その演奏は賛否両論を巻き起こし、スキャンダルめいた状態になる。当時のベルリン・ジャズ祭の音楽監督はヨアヒム・ベーレント、まだ28歳のシュリッパンバッハを起用した慧眼に改めて驚かされる。それだけフリージャズは「若い」音楽だったとも言えるだろう。メンバーは「マンフレッド・ショーフ・クインテット」と「ペーター・ブロッツマン・トリオ」を中心に構成され、そこにはデレク・ベイリー (g) やマニ・ノイマイヤー (ds) もいた。演奏された作品は、端的に言うと現代音楽の手法をフリージャズに援用したもので、それまでにないものだった。そのような発想が生まれた背景には、シュリッパンバッハがケルンの音楽大学時代に現代音楽の作曲家ツィンマーマンに師事していたことも大きい。コンサート後に録音された『Globe Unity』 (SABA→MPS) (*2) を今の耳で聞くと、すんなりと何の違和感もなく聴くことが出来るのだが、当時はラージ・アンサンブルによるフリージャズ自体が未踏の領域だったのである。それだけにレコードの反響も大きく、注目を集めることになったのだ。

その後、グローブ・ユニティ・オーケストラ (GUO) としての活動が始まり、特に「ヴッパータル時代」と言われる70年~77年は、ペーター・コヴァルト (b) が果たした役割も大きく、さまざまな前衛的な試みが行われた。GUO はまさにフリージャズのヨーロッパにおける最前線だった。それはまた時代の気分とも相俟った同時代音楽であったといえる。日本への来日は1980年。80年代もその活動は継続的に続けられたが、1987年のシカゴ・ジャズ・フェスティヴァルでの演奏後、活動を休止する。

GUO がその活動を再開したのは2002年、アーヘンで行われた即興音楽の理解者で後援者だったロベルト・ヴェンゼラーのメモリアル・コンサートだった。当時、GUO は既に歴史上のプロジェクトだと誰しもが思っていた。だが、再び息を吹き返したのである。2006年にはベルリン・ジャズ祭で40周年コンサートも行う。ケニー・ホイーラーが2014年に、次いでヨハネス・バウアーも50周年記念コンサートの約半年前に鬼籍に入ってしまったこともあり、メンバーの変遷はあるものの、現在も GUO での活動は続いている。

そして、初演から50年と1日後の2016年11月4日、ベルリン・ジャズ祭でグローブ・ユニティ・オーケストラ50周年記念コンサートが行われた。私は、40周年に続いて、50周年の時もその場に居合わせることが出来て幸運だったと思う。

本盤を聴きながら、当日のコンサートが記憶の底から甦ってきた。ステージに出てきたメンバーは、左側のシュリッペンバッハ、右側のパウル・ローフェンスを結ぶように弧を描くように並んだ。初演時からメンバーであるマンフレッド・ショーフとゲルト・デュディック、このオーケストラの主要なメンバーであるエヴァン・パーカー、旧東ドイツ出身のE. L. ペトロフスキーもまだ健在、そしてトーマス・スタンコの姿も。他にルディ・マハール、アクセル・ドゥナーなどの中堅どころが加わった総勢がずらりと並ぶ様は錚々たるものがあった。

40周年の時はシュリッペンバッハとショーフの作品の演奏だったが、50周年記念コンサートは即興演奏である。開演前にサウンドチェックはあったものの、リハーサルらしいことはほとんど行われなかった。シュリッペンバッハが説明していたのはエンディングの合図くらいである。ピアノの一音からコンサートは始まった。点描的に音を出し始め、各々のサウンドが交錯しつつあっという間に密度の高いコレクティヴ・インプロヴィゼーションに達する。やがてステージ中央にはミュージシャンが出てきて、デュオやソロで演奏。エヴァン・パーカーのソプラノサックスでの循環呼吸法とマルチフォニックスを融合させた独自の奏法での短いソロには、この種の演奏にしては珍しく会場から拍手が湧き起こったのも音盤では捉えられている。それだけではなく、ウォルター・ウィールボスら何人かのミュージシャンがステージ上を移動することで、新たにユニットを形成し、フォーメーションを変えていく。サウンド自体は重層的な構造をもつが、その中で有機的にアンサンブルは変化していく。譜面はもちろんないし、誰かが指揮しているわけではない。だが、今こうして録音を聴くと即興的な要素が高い作曲作品のようにも聴ける。シュリッペンバッハのピアノが果たしている役割もあるだろう。それにしても、メンバー全てが GUO のコンセプトを理解しているからこそなし得たパフォーマンスといえる。それが可能なのは、共演暦が長いミュージシャンが多く、即興的に音楽を構築する経験を積んだ演奏能力の高い者たちが揃っていたからに他ならない。そしてまた、フリージャズという言葉で括られがちだが、さまざまな国籍、世代、それぞれの音楽性も異なるが、屹立した個性を持つ多様なミュージシャンが GUO を構成していることそのものが「グローブ・ユニティ」たるゆえんでもあり、面白さなのだ。

リーダーが健在で50周年記念コンサートを行えるということは稀なことである。単にそれを「昔の名前」と健勝を祝うのではなく、50年前に先進的な試みでセンセーションを起こした GUO が、現在もなおラージ・アンサンブルにおける可能性を追っていることは感嘆に値する。シュリッペンバッハの衰えぬ創造的な探求心に前衛魂健在なり、と思った。本盤は歴史に残る作品である。

 

【註】
1. 東西冷戦下、西ベルリンにあったアメリカ領地区放送局。1946年に設立され、東西ドイツ統一後の1992年にテレビ部門がDeutch Welleに、1994年にラジオ部門が吸収合併され現在の Deutchlandfunk と Deutchlandradio Kultur になった。
2. <グローブ・ユニティ>初演時は13人編成だったが、録音はカール・ベルガーが加わった14人編成。

横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記。本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

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