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CD/DVD DisksNo. 241

#1518 『ダフニス・プリエト・ビッグバンド/バック・トゥ・ザ・サンセット』

text by Masahiko Yuh 悠雅彦

Dafnison Music 007

 

1. Una Vez Más featuring Brian Lynch (trumpet)
2. The Sooner the Better
3. Out of the Bone
4. Back to the Sunset
5. Danzonish Potpourri
6. Song for Chico featuring Steve Coleman (alto sax)
7. Prelude Para Rosa
8. Two For One
9. The Triumphant Journey

ダフニス・プリエト・ビッグバンド;

Trumpet; マイク・ロドリゲス ネイザン・エクルンド アレックス・スルピアジン ジョシュ・ドイッチ
Trombone: ティム・アルブライト アラン・ファーバー ヤコブ・ガーチク ジェフ・ネルソン
Saxophone: ロマン・フィリゥ(as,ss,fl,cl) マイケル・トーマス(as,ss,fl,piccolo) ピーター・アプフェルバウム(ts,ss,melodica)ジョエル・フラーム(ts,ss)ジェフ・ネルソン(bs)
Rhythm: マニュエル・ヴァレーラ(p)リッキー・ロドリゲス(b,eb)ロベルト・キンテーロ(congas,bongos,perc)ダフニス・プリエト(ds)

Special Guests:
ブライアン・リンチ (tp on Una Vez Mas)
ヘンリー・スレッギル (as on Back to the Sunset)
スティーヴ・コールマン (as on Song for Chico)

Musical Director: ダフニス・プリエト
Recorded at Systems Two Recording Studios of Brooklyn, NY, August 28&29, 2017
Produced by Dafnis Prieto & Eric Oberstein


久しぶりにパワーが爆発するかのような迫力満点のビッグバンドに心が躍った。断っておくが、ただまかせに、音響を爆発させているわけではない。ビッグバンドは全員の演奏する喜びがひとつになったとき、最良の音響空間を現出させる好機を手中に出来る。このとき最大のパワーをどのようにして発揮させるかがリーダーの才覚でもある。全員の演奏パワーを自在にリードしつつアンサンブルの真髄を発揮させるとともに、さまざまなクライマックスをリードするここでのダフニス・プリエトの統率力は、端的にいって見事というほかはない。ただし、全盛期のサド=メル楽団やカウント・ベイシー楽団のあの絶妙なスイング感や微笑みがこぼれるような一体感と比較しての話ではないので念のため。むろん最盛期のサドーメルやベイシーには及ばないという意味ではなく、逆にいえばむしろ全盛時代のサドーメルやベイシー楽団にない常夏の太陽が輝くようなホットな粗っぽさが、このアルバムで聴くプリエト楽団の演奏の最大の魅力になっているのであり、いわゆるニューヨーク・ラテンの大きな特徴ともなっている。そこにプリエトと共同プロデューサーの母国であるキューバ音楽のジューシーでホットな魅力が弾け飛ぶアルバム。ビッグバンド音楽ってこんなにも多彩な魅力が爆発的に肉迫してくる音楽なのかと、改めて大きな関心を現代の音楽ファンの間に喚起させるのではないか。そういえば、マリア・シュナイダー・オーケストラのブルーノート東京公演は満席だったし、シエナ・ウインド・オーケストラや広島ウィンド・オーケストラなどのウィンド・オーケストラが多くの若者を刺激している状況変化もこうした世界的動きと決して無関係ではないだろう。そのためか現在、世界の音楽シーンではジャズが生んだビッグバンドというこの演奏への関心がにわかに高まりつつあるらしい。本作が世界に向けて発売されるころ、このプリエト・ビッグバンドは国内ツアーを皮切りに世界中を演奏して回るツアーに出る計画をたてていると聞くので、このビッグバンドの多彩な音響やキューバ音楽のホットな爆発力がやがて日本でも大きな関心を集めるのではないかと期待させられる。

このバンドのホームページを見ると、ダフニス・プリエトは2005年のデビュー作『about the Monks』を皮切りに、2006年の 『Absolute Quintet』、2008年の  『Taking the Soul for a Walk』、2009年の『Live at Jazz Standard NYC』、2012年の『Proverb Trio』、2015年の『Triangles And Circles』と、すでに5枚のリーダー作を世に問うている。従って、本新作は彼の第6作ということになる。注目すべきは、これが彼にとっての初のビッグバンド・アルバムだという一事だ。寡聞にしてプリエトのアルバムをまるまる聴くのは今回が初めて。個人的にはドラマーとして以上に彼の作編曲の才とリーダーとして全軍を統率する士気と情熱に何より感じ入った。彼はキューバ出身のドラマーだが、期するところあったとみえ1999年に活動の拠点をニューヨークに移し、翌2000年の初めから積極的な活動を展開しはじめたらしい。

バンドのメンバーには名前の知られたプレーヤーも何人かいるが、多くはいわゆるニューヨーク・ラテンの世界で活躍するトップ・プレーヤーだろう。聴きどころは何といっても初めて全貌を明らかにすることになるダフニス・プリエトの作編曲ぶり、及びこのニューヨーク・ラテン界の代表的プレーヤーたちの優れて高度なアンサンブル能力、そして特別ゲストとして1曲ずつフィーチュアされたトランペット奏者ブライアン・リンチ、マルチリード奏者ヘンリー・スレッギル、現代ジャズ界屈指のアルト奏者スティーヴ・コールマンらの演奏だ。

本作には全9曲が収録されている。これらはすべてプリエト自身のオリジナル曲で、これをすべてみずからの手でアレンジし、オーケストレーションを施している。全9曲の各作品をラテン音楽の巨人や歴史的偉人に献呈しているのだが、これらの名前を一瞥すればプリエトの体と血の中にサルサやブラジル音楽を含む偉大な歴史的ラテン音楽が息づいていることが如実に分かる。(1)がティト・プエンテやエディ・パルミエリ、(2)がエグベルト・ジスモンチやジェリー・ゴンザレス、(3)がミシェル・カミロ(プリエトが近年コンビを組んでいるピアニスト)、(4)がモダン・ジャズの隠れた巨人アンドリュー・ヒル、(5)がチューチョ・ヴァルデスの父ベボ・ヴァルデス、カナダのソプラノとフルート奏者でアフロ・キューバン・ジャズに熱心な演奏家ジェーン・バネット、そしてジャズ・ドラムの巨人アート・ブレイキー、(6)がチコとアルトゥーロのオファリル親子とキューバ音楽の巨人のひとりマリオ・バウサ、(7)がボビー・カルカセスとジャズのヴァイブ奏者デイヴ・サミュエルス、(8)がジャズ界往年の人気ビッグバンドを率いたドラマーのバディ・リッチと現代キューバ音楽の巨人チューチョ・ヴァルデス、エルメート・パスコアール、(9)がキューバ音楽に献身して故カストロ首相を感激させたディジー・ガレスピーと彼がその打楽器演奏をこよなく愛したチャノ・ポソ。そして、ソロイストに招いたブライアン・リンチ(1)、ヘンリー・スレッギル(4)、スティーヴ・コールマン(3&6)をフィーチュアした3つの作品を含めると、プリエトがとりわけラテン音楽やジャズへのアプローチをいかに熱心に試みたかをまさに目の当たりにできるデディケーション(献呈)となっているのだ。

献呈のラインアップをすべて紹介したことで、個々の演奏について触れるスペースがなくなってしまった。この点は深謝したい。1点だけ特に強調しておきたいのは、この9曲の演奏の中で最も異彩を放っているヘンリー・スレッギルをフィーチュアした(4)だ。さすが名誉あるピューリッツァ賞に輝いた異才。ラテン・ファンからはそっぽを向かれそうな演奏の展開だが、プリエトはこのトラックをクライマックスの始まりを告げる4曲目に配置したその上に、この『バック・トゥ・ザ・サンセット』をタイトル曲に指定した。熱烈なキューバ音楽の推進者ながら、まさに「型にはまらない自由な音楽」を標榜するプリエトならではの、これはユニークな選択だったのではないかと思う。彼は実に裁量の豊かな男だ。

第5曲から徐々にエンジンがかかる。メロディカのソロが印象的な(5)、スティーヴ・コールマンをフィーチュアしたチコ・オファリルに捧げた(6)、4ビートから徐々にラテン化していく展開の妙味が楽しめる(7)、冒頭よりソロのチェイスで始まり、刺激的なテーマ部の展開といい、本作屈指の秀逸なソロが楽しめる中盤のスリルといい、プリエトのノリが発揮された1曲でもある。そして、壮大なラテン・ジャズの歴史の1ページを称える演奏が最後の(9)。プリエトのアレンジはアンサンブルとソロとを区分けせず、両要素が対峙し合ったりしながら溶け合っていくプロセスを打ち出してクライマックスを演出している点が実にユニークで、彼の豊かな才能と人間味に惚れぼれさせられた終曲であり、アルバムであった。

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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