#1607 『Axel Dörner & 中村としまる / In Cotton and Wool』
text by Keita Konda 根田恵多
Ftarri – ftarri-980
Axel Dörner – trumpet and electronics
中村としまる – no-input mixing board
1. Hemp (12:14)
2. Silk (9:36)
3. Feathers (6:53)
4. Cashmere (9:44)
Recorded at Yan Jun’s Studio in Berlin, Germany, May 15, 2017
Mixed by Toshimaru Nakamura
Artwork and design by Tanabemse
「アクセル・ドゥナーのトランペットが何やらすごいことになっている」。ここ数年、そんなうわさを度々耳にするようになった。
1964年生まれのドゥナーは、1990年代から実に多彩な活動を展開し続けている。ルディ・マハールらとの奇天烈なジャズカルテットDie Enttäuschung(ドイツ語で「失望」の意)、グローブ・ユニティ等のアレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハのプロジェクトへの参加、大友良英、ジョン・ブッチャー、今井和雄、ケヴィン・ドラム、ミカ・ヴァイニオらとの共演など、枚挙に暇がない。
バップ的な演奏からパワー系のフリージャズや集団即興、弱音での即興演奏までこなしてしまうドゥナーのプレイの大きな特徴は、卓越した技術によって駆使される特殊奏法だ。こすれたり、かすれたり、濁ったり、ブツブツと途切れたりする音の数々を巧みに用いて、トランペットという制限の多い楽器の可能性を大いに拡げている。
それだけではない。近年のドゥナーは、「拡張された奏法(extended techniques)」を用いるに留まらず、電気装置をトランペットと組み合わせることで、「楽器そのものを拡張する」ような演奏を行っている。たとえば、こちらの映像を見てもらいたい。
トランペットに何やら装置を取り付け、卓上に置いたPC等を操作することで、特殊奏法を用いて発した音をリアルタイムで加工・変形させているようだ。
2018年には、こうした手法を用いたソロ作『unversicht』を、EP-4の佐藤薫が設立したレーベルφonon (フォノン)からリリースしている。レーベルのウェブサイトによれば、タイトルの『unversicht』はドゥナーの造語だが、「ドイツ語的には、不可視/予期しない/透明/不確実/無保証/肝要──など、様々な意味の交わりを想起させる言葉の遊びであると同時に全く無意味な単語でもある」。頻繁に定位が動き、音色も音響も過剰なまでに千変万化するこの作品にぴったりのタイトルだ。
さらに、ドゥナーはこのスタイルでの演奏をソロで完結させることなく、他の音楽家との共演も行っている。その最新の記録が、本作『In Cotton and Wool』だ。オーディオ・ミキサーでフィードバック音をコントロールする「ノー・インプット・ミキシングボード」奏者の中村としまると見事なコラボレーションを見せている。
ドゥナーと中村は、本作と同じFtarriレーベルから2007年に傑作『vorhernach』をリリースしているが、この作品では、ドゥナーはエレクトロニクスを用いていない。息の音を中心に、恐ろしく微細にコントロールされたアコースティックな演奏を行っており、中村の同じく繊細な電子音との緊張感あふれる交歓を聴くことができる。
弱音を多用する25分超の2曲で構成されていた『vorhernach』と比較すると、本作『In Cotton and Wool』は、一聴してアグレッシブな印象を受ける。ノイジーで迫力のある音の応酬が続き、特に目まぐるしく変化するドゥナーの演奏がサウンド全体にスピード感を与えている。2曲目「Silk」は、終盤に2人の演奏が分かりやすく加速したかと思うと、唐突にブツッと切れて終わる。こうした「速さ」が、前作とは異なる種類の興奮を聴く者にもたらす。
変形された過激な音が次々と繰り出される中で、時折「トランペットらしい」音が差し込まれるところも面白い。飾り気のない、とても素朴なプーッという音が繰り返されるだけで、意識を持っていかれてしまう。
ドゥナーは、単にトランペットで発する音を電子音に加工しているだけではない。生音と電子音、拡張奏法と楽器そのものの拡張を組み合わせることで、この方法でしかできない演奏を行うことに成功している。ドゥナーと対峙する中村の瞬発力や構成力も流石と言うほかない。前作と併せて聴くことを強く勧めたい傑作だ。