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Jazz and Far Beyond

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CD/DVD DisksNo. 263

#1968『Pat Metheny / From This Place』
『パット・メセニー/フロム・ディス・プレイス』

text by Tomoyuki Kubo 久保智之

Nonesuch Records

Pat Metheny (Guitars, Keyboards)
Gwilym Simcock (Piano)
Linda May Han Oh (Bass, Voice)
Antonio Sanchez (Drums)
Meshell Ndegeocello (Vocal)
Luis Conte (Percussion)
Grégoire Maret (Harmonica)
The Hollywood Studio Symphony conducted by Joel McNeely

1. America Undefined
2. Wide and Far
3. You Are
4. Same River
5. Pathmaker
6. The Past in Us
7. Everything Explained
8. From This Place
9. Sixty-Six
10. Love May Take Awhile

All compositions by Pat Metheny
Recorded by Pete Karam and Rich Breen
Mixed by Pete Karam
Mastered by Ted Jensen


◆待ちに待ったPat Methenyの新作!

スタジオ録音のアルバムとしては、2014年発表の「Kin (←→)」から約6年ぶり。その6年間は、新たなプロジェクトやレコーディングに関する噂などもいくつかあったのですが、ニューアルバムのリリースに関する具体的な情報はいつまでもなかなか発表されず、とてもやきもきする毎日でした。

そもそもこの6年間は、実はPat Methenyがゲスト参加しているアルバムはほとんどリリースされていません。特に2017〜2019年の3年間はゲスト参加のアルバムも含めて、なんと、一枚もリリースされていないのです! これほど長期間にわたって何もアルバムがリリースされなかったのは、デビュー以来無かったのではないかと思います。これはもう本当に異常な事態だったと思います。とにかくこの新作『From This Place』は、「待ちに待った」いや、我々ファンとしては「待ちに待たされた」アルバムなのです。

◆『From This Place』の制作過程

Pat Methenyが新しい活動を始めた2015年頃の当初は、次の作品へのアイデアはまだ明確では無かったようです。当時デュオ・プロジェクトで一緒に活動していたRon Carterから、1960年代にMiles Davisが取り組んでいた「バンドでスタンダード曲を繰り返し演奏することでバンド内に共通言語をつくり出して新しい作品づくりに活かした」というアイデアを聴き、自己の新カルテット[Pat Metheny, Antonio Sanchez(ds), Linda Oh(b), Gwilym Simcock(p)]でそのアイデアを試そうと思ったようです。2016年度のカルテットのツアーで自己のクラシック曲を毎晩毎晩繰り返し演奏して、バンド内の共通言語をつくり出し、2016年12月に「共通言語ができた状態」で「新曲」を「初見」で演奏し、そこで生まれる緊張感やハプニングを活かして、レコーディングを行いました。

しかし、そのレコーディングを始めたものの、Pat Methenyにはまだ何かが足りなかったようです。カルテットのレコーディングの初日を終えた段階で、この素材に加えてオーケストレーションや広がり、新たな色合いが欲しくなったようです。そのため、その足りない部分について新たにオーケストレーションを組み入れる制作に取り掛かったのでした。オーケストラのアレンジャーとしてAlan BroadbentとGil Goldsteinの協力も得ながらアイデアを練り上げて、カルテットレコーディングのほぼ一年後に、Hollywood Studio Symphonyによるオーケストラパートを重ねて、さらにMeshell Ndegeocello (vo), Gregoire Maret (harmonica), Luis Conte (perc.)の個性も組み入れて、今回の作品に仕上げていったのでした。

◆各曲のアレンジの違い

オーケストラのアレンジャーとしてクレジットされているAlan BroadbentとGil Goldsteinについては、この二人には異なる役割があったようです。Alan Broadbentは、Natalie Coleなどポップスのオーケストラアレンジをたくさん担当されてきた方ですが、そうしたオーケストラの入ったポップスや、1960〜70年代のハリウッド映画の音楽のような、アメリカのクラシカルなサウンドをイメージするアレンジが依頼されたようです。それに対してGil Goldsteinには、先進的なサウンドをイメージするアレンジが任されたようです。

アルバム内の各曲にオーケストラアレンジが施されていて、さらっと聴いた感じでは「カルテット+オーケストラ」のサウンドは、全体的に同じような雰囲気に聴こえるかもしれませんが、実はかなり異なる作り方がなされていたようです。このオーケストラのアレンジャーの違いを知った上で聴くと、各曲はまたひと味違った印象を受けるのではないでしょうか。また、曲そのもののアレンジのクレジットも「Pat Metheny」だけではなく、「Pat Metheny / Gwilym Simcock」「Pat Metheny / Linda May Han Oh」という曲もあります。各曲は仕上がるまでに様々なプロセスがあったと思われますので、こうしたクレジットから制作過程を想像するのも面白いと思います。各曲についてはアレンジャーのデータなども添えてみましたので、参考にしてみてください。


◆各曲について

1.America Undefined
<arr. Pat Metheny, Gwilym Simcock>
<orchestral arr. Gil Goldstein>

1曲目は、Pat Metheny Groupの2005年作品『The Way Up』をイメージさせる、様々に展開する壮大な組曲のような内容です。イントロからLindaの複雑なベースラインがPatのメロディに絡み合い、その両者にGwilymのピアノが寄り添います。目まぐるしく展開するリズムをAntonioのドラムがグルーヴィーに支え、そしてオーケストレーションがその緊張感や疾走感を増幅させていきます。

この曲のアレンジにはPat MethenyとGwilym Simcockがクレジットされています。どの部分がGwilym Simcockによるものかは不明ですが、メロディ、ベースを裏でユニゾンで支えるところなどは、彼ならではの世界かもしれません。また来日公演の際にはピアノ・ソロはほとんど無かったように記憶していますが、このアルバム一曲めではいきなりの長いピアノ・ソロ。とても滑らかに歌い上げていきます。

ピアノ・ソロからギター・ソロに続き、8:00付近で曲は一区切りつきますが、ここから5分20秒間、オーケストラを中心とした少し重い雰囲気のパートが続きます。制作過程を考えると、あくまで私の想像ですが、2016/12のカルテットでのレコーディング時にはここからのパートは無かったのではないかという気がします。サウンドとしては少し重いのですが、このエンディングパートが作られた意図は何なのか… どうやってつくられていったのか… 等、様々な妄想が膨らむ5分20秒間です。


2.Wide and Far
<arr. Pat Metheny>
<orchestral arr. Gil Goldstein>

この曲が実際の譜面上でどのように表現されているのかは不明ですが、「3+3+3+3+2+2」のリズムを中心にして、ところどころ「3+3+2+2+3+3」などに変化しながらうねるように進んでいく曲ではないかと感じました。その「2」の部分で鳴らされる、アクセントになる2発のハンドクラップが最高に心地良いです。途中のキメ(例えば0:40あたり)部分では、「3+3+3+3+2+2」までは一緒で、そこからはドラムのフレーズなどからおそらく「3+3+2+2+2+2+3+3+2」というような組み合わせになるのかなと思います。こうした「3」と「2」の拍を組み合わせて、リズムのオモテとウラを行き来するような大きなうねりをつくり出すのは、Pat Metheny Groupでの「So May It Secretly Begin」などと同じ考え方なのではないかと思います。またオーケストラの各パートの複雑な動きも楽しく、Pat Methenyのソロが気になりつつも、ストリングスや管のそれぞれのラインについ聴きいってしまいます。
曲のラストでは、長いエンディングの中でLindaの力強いベースソロが続いていきます。オーケストラとの対比もユニークです。ベースのフレーズとオーケストラが息を合わせてエンディングを迎えます。


3.You Are
<arr. Pat Metheny>
<orchestral arr. Alan Broadbent, Pat Metheny>

ピアノから静かにスタートし、テーマを延々と繰り返しながら進む曲。この曲も3拍子となるのでしょうか… 9小節をワンセットとして進んでいくようです。ただ、個人的にはイントロからテーマ途中のピアノがリズムを刻むところ(1:40くらい)までは、4拍子にも聴こえてしまう不思議さがありました。(私の感覚がおかしいのだと思いますが)
この曲にはギターもピアノもアドリブソロはありません。テーマを繰り返しながら、Antonio Sanchezのドラムがドラマチックに曲を展開させていきます。途中から加わるVoiceはLinda May Han Ohでしょうか。ちなみにこの曲を波形ソフトに取り込んでみたところ、0:00から4:08くらいまでにかけて、見事に美しくクレッシェンドしていました。シンプルな構成ですがその強烈な熱量にグイグイと惹き込まれてしまう曲です。


4.Same River
<arr. Pat Metheny, Linda May Han Oh>
<orchestral arr. Gil Goldstein>

Lindaの力強いベースラインから始まる曲。普通の3拍子のようでいてベースラインの後半が3拍4連ぽくなるところがグルーヴの要なのでしょうか…。まず最初のベースラインから「おおっ?」と惹きつけられます。
シタールのような音色のギターがメロディを奏で、そのメロディにストリングスが寄り添います。美しいピアノソロで場が盛り上がったところで、キーも半音上がってギターシンセ・ソロへ! この曲の最大のハイライトでしょうか。
ギターシンセ・ソロの後、4:12からのFirst Circleをイメージさせるストリングスとのm9系のサウンドのキメが続きます。しかしFirst Circleと違うのは、ここでストリングスが「ラレファ#ラ〜シ〜」と動くところ。このラインのエモさがたまらないです。


5.Pathmaker
<arr. Pat Metheny, Gwilym Simcock>
<orchestral arr. Gil Goldstein>

アルバム5曲目にして初めてのメジャーキーの明るい曲。このアルバムは、ここまでは正直言って重い感じもありますが、一転してグッと華やかな雰囲気に包まれます。軽やかなピアノソロに続いて、Pat Methenyのソロが続きますが、この部分のオーケストラとのサウンドの雰囲気は、どことなくPat Methenyのサウンドトラックアルバムの『A Map Of The World』を感じさせます。
この曲のアレンジはPat MethenyとGwilym Simcockのようですが、どのあたりにGwilymのアイデアが組み入れられたのか、とても興味が湧くところです。ギターソロの後は、カルテットとオーケストラ全員でキメキメのフレーズを経てエンディングへ。7:30でバシッと終われるところを終わらせずに、フワフワと漂うようなアウトロがあるところが、とてもハッピーな雰囲気を醸し出しているように思います。


6.The Past in Us
<arr. Pat Metheny>
<orchestral arr. Gil Goldstein, Pat Metheny>

ピアノとストリングスの柔らかな甘いイントロが1分30秒とたっぷりと続いた後、ナイロン弦のギターとハーモニカのデュエットが始まります。ハーモニカは、2005年のPat Metheny Groupのアルバム 『The Way Up』に参加していた、スイス出身の「Gregoire Maret」。ハーモニカの音色はとても個性的で、音が聴こえてきた瞬間に「お、The Way Upの続きが始まった!」という気分になります。
テーマの後、ナイロン弦でのギターソロからハーモニカのソロに続き、エンディングに向かいます。半音進行でのハーモニーなども相まって、とても甘い雰囲気に仕上がっています。

この曲は2016年のカルテット来日公演時に新曲として演奏されていました。メロディはもともとはギターが想定されていたのだと思いますが、Gregoire Maretのハーモニカというのは本当にはまり役だと思います。


7.Everything Explained
<arr. Pat Metheny>
<orchestral arr. Pat Metheny>

この曲もカルテットが結成された直後の2016年の来日公演の時に、すでに演奏されていた曲だと思います。アルバムの中で、この曲だけがアレンジもオーケストラアレンジ共に「Pat Metheny」だけのクレジットとなっています。もともとかなり作り込まれた作品なのかもしれません。
II-Vが続く曲で、演奏としては、普段のPat Methenyっぽくないコーダルなフレーズが炸裂しているのではないでしょうか。聴いていてとてもアツくなる曲で、ハンドクラップの音などを聴いていると、どんどん脈拍が上がっていく気分になります。このアルバムを通して聴いた場合、この曲のエンディングが最も興奮度が高まる瞬間ではないかと思います。


8.From This Place
<arr. Pat Metheny>
<orchestral arr. Alan Broadbent>

前曲Everything Explainedで興奮度が最大になったところで続けて聴いていると、柔らかいストリングスの音がじわっと体の中に沁み込んできます。そして続けて聴こえてくるMeshell Ndegeocelloの優しい歌声… もう、たまらないですね。この8曲目のタイトル曲「From This Place」は、単独で聴いてももちろん素晴らしいのですが、Everything Explainedに続けて聴くことで、さらに心への浸透度が高まるような気がします。
Alan Broadbentのオーケストラアレンジは、とてつもなく柔らかく優しいサウンドですが、前述のようにAlanのアレンジには、1960-70年代のアメリカン・ポップスやハリウッド映画の音楽をイメージさせるサウンドが期待されていたようです。一方でこの曲は、2016/11のアメリカの大統領選挙の結果が出た時に、Pat Methenyが感じた残念な気持ちを表した曲だそうですが、そうした背景で作られた曲であるために、この曲には「古き良きアメリカ」を思い出させるサウンドが必要だったのだのではないでしょうか。そのためのAlan Broadbentのオーケストラアレンジなのだと思います。そしてこのアルバム全体も、このAlan Broadbentのアレンジ曲が持つ、そのハッピーな色あいが活かされるようにつくられているのではないかと思います。


9.Sixty-Six
<arr. Pat Metheny>
<orchestral arr. Alan Broadbent>

イントロはPat Metheny Groupの代表曲「Last Train Home」を思わせる、ブラシとハイハットによるリズムのフェードインから始まります。8曲目の「From This Place」の空気感をそのまま延長したような温かなストリングス音の上で、柔らかいギターの音がメロディを奏でていきます。Lindaのベース・ソロが続き、Patのギター・ソロへ。そして再び短いベース・ソロを経てギターによるテーマ、そしてギター・ソロ。ラストはPat MethenyのギターとAntonio Sanchezのドラムが絡み合いながら、エンディングに向けて熱く駆け抜けていきます。


10.Love May Take Awhile
<arr. Pat Metheny>
<orchestral arr. Alan Broadbent>

サウンドトラックのような情感たっぷりの、しっとりとしたオーケストラによるイントロの後、ギター・ソロから曲が始まります。それにしてもあらためて思い返してみて、この8曲目から10曲目までのAlan Broadbentアレンジの素敵なこと! 本当に心に沁みます。柔らかさや温かさ、優しさというようなことだけでなく、なんとも言えない幸福感のようなものに包まれるような気がします。

また、この「Love May Take Awhile」でのギターの音色は、なんとなく初めて聴く音色のように思います。今まで聴いたことがないようなとても柔らかい音で、中域が強めといいますかプクプクした音と言いますか… ギターのせいなのかアンプ類のせいなのか、また意識的に変えているのかどうかもわからないのですが、いずれにしてもこれまでのPat Methenyのギターの音とはちょっと違う気がしました。

この曲ではピアノ、ベース、ドラムの演奏は控えめで、ストリングスをバックにPat Methenyが一人でギターを弾いているような雰囲気です。そうしたとても贅沢な音に満たされながら、1時間17分の壮大な物語が幕を閉じます。


◆From This Placeというアルバムについて

これは私だけかもしれませんが… この曲を聴き終えると、とてもリラックスした状態にいる自分に気づきます。とても幸せな気分になれるアルバムです。

「ジャズ」という音楽は、何となく、聴くためにとても頭を使うような気がしたり、少し気合を入れて聴くようなイメージがあるような気がしますが、この『From This Place』というアルバムは、とてもリラックスして聴けるアルバムだと思います。表現に使われている手法は「ジャズ」かもしれませんが、聴き手側としては「ジャズ」ということは意識する必要がありません。特にアルバム後半は、映画音楽を聴くような感覚で優しく音に包まれたい、というような方にピッタリだと思います。今回はオーケストラのアレンジが、ポップさといいますか「聴きやすさ」に大きく貢献しているように感じました。

『From This Place』は各音楽サービスで聴くことができますので、ぜひどこからか聴いてみていただけると嬉しいです。また今回はCDの国内盤のライナーノーツに、音楽評論家の中川ヨウさんの解説やPat Methenyの全曲解説なども載っていますので、各曲についてよりわかりやすく聴くには、そちらもオススメではないかと思います。


※本アルバム『From This Place』が制作されたと思われる2015年〜2019年頃のPat Methenyの活動などについては、patweek.comサイトにデータをまとめてみていますので、興味のある方はご覧ください。

「New Album “From This Place”の制作過程」
http://patweek.com/archives/81559075.html

久保智之

久保智之(Tomoyuki Kubo) 東京生まれ 早大卒 patweek (Pat Metheny Fanpage) 主宰  記事執筆実績等:ジャズライフ, ジャズ・ギター・マガジン, ヤング・ギター, ADLIB, ブルーノート・ジャパン(イベント), 慶應義塾大学アート・センター , ライナーノーツ(Pat Metheny)等

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