#1138 『陰猟腐厭/抱握』
text by 剛田武(Takeshi Goda)
EM Records EM1125CD ¥2100(税抜)
陰猟腐厭:
増田直行(g)
大山正道(key)
原田淳(ds)
1. 曙光(Shoko)Morgenrote 5:23
2. 時節(Jisetsu)Temporalitat 6:29
3. 放下 (Ho-ge)Gelassenheit 8:48
4. 時熟(Jijyuku)Zeitigen 13:38
5. 出来(Shuttai)Ereignis 6:51
即興演奏の本質を問う地下音楽の異端派の30年ぶりの新作。
別項で紹介した再発音源アルバム『初期作品集 1980-82』と同時に、異端の地下音楽トリオ「陰猟腐厭 (いんりょうふえん)」の30年ぶりのニュー・アルバムがリリースされた。現在ドラム奏者として活躍する原田淳をはじめ、トリオとしても散発的に活動を続けるベテランである彼らだが、『抱握(ほうあく)』と題された本作は、実は29年前に制作された音源である。1985年に正式な2ndアルバムとしてレコーディングされたが、メンバー間の意見の相違によりお蔵入りになりメンバーの自宅の押入で眠っていた音源が、旧作の再発をオファーした大阪のエム・レコードからの問い合わせがきっかけで発掘され、当時発表に否定的だった原田淳自身が、陰猟腐厭の新作としてリリースする決意をしたという。
三人が写真を観ながら完全即興で制作した音源は、1stソノシート『妥協せず』を想わせるミニマル音響あり、ユーモラスなポストロックあり、フラメンコギター(写真は増田がスペインで撮影したものだった)が物音化する脱構造サウンドあり、無調のロマンティシズムありととりとめないが、それこそこの得体の知れない異端トリオの面目躍如である。
『初期作品集』に収録された1980~82年のリリース音源はすべてライヴ録音だったが、本作はスタジオ録音なので、同じ完全即興演奏であっても、密室的で練り上げられた物語性の濃い内容になっている。その完成度の高さが「自動記述」を目指すコンセプトと齟齬を生じたのかもしれない。しかし、30年近く経過して、当時は判らなかった表現の一貫性と、三人が目指す地平への道筋を露にする作品として、重要な鍵となることが明らかにされたのであろう。
それにしても29年前の音源を“ニュー・アルバム”と銘打って世に問うことにしたのは何故か。その理由は原田自身がライナーノーツに記した次の言葉に明らかである。
「即興演奏に於いて『数十年』といった時間差はあまり意味を持たないと、この時初めて知った。音楽にはそもそも『右肩上がりの進化』など存在しないのだろう。」
“まったく決めごとを作らずに自由に演奏する”という即興演奏(Improvisation)の本来の意味に照らせば、その行為に時代性は無関係だと言える。音楽語法、演奏技法、楽器編成の違いはあれど、自由の意志は不変。そう考えると、原田の言葉はけだし至言である。
ライヴ会場で聴衆に向けて放出された演奏と、録音スタジオでメンバー同士の交感の中で醸造された演奏。音楽演奏に於ける第三者(リスナー)の存在意義は何か?という疑問の答えではないかもしれないが、こうして発表されリスナーの耳に届き、封印された音塊が解放されることで、創造主である演奏家自身の魂もその先へ解き放たれることは確かだろう。日本地下音楽の秘められた至宝、陰猟腐厭の「その先」を見届けたい気持ちが無性に高まっている。
(2014年9月28日記 剛田武)