#2044 『.es (Takayuki Hashimoto & sara) + Satoshi Hayashi / Atlas』
『ドットエス(橋本孝之&サラ)+林聡 / アトラス』
text by 剛田武 Takeshi Goda
Nomart Editions
品番: NOMART-118
.es(ドットエス)
橋本孝之 Takayuki Hashimoto
– Alto Saxophone, Shakuhachi(With Reed), Harmonica
sara
– Piano, Percussion
+
林聡 Satoshi Hayashi
– Laptop
01 Atlas #1 17:13
02 Atlas #2 23:13
Recorded live at Gallery Nomart, Osaka, 2020.7.18
The solo exhibition “Atlas” by Motonori Inagaki
稲垣元則個展 “Atlas” 会場にて
Remixed by Satoshi Hayashi
Art direction & Produce: 林聡 Satoshi Hayashi
Art work: 稲垣元則 Motonori Inagaki
Liner notes: 田中ゑれ奈 Erena Tanaka / 茨木千尋 Chihiro Ibaraki
Translation: 茨木千尋 Chihiro Ibaraki
Design: 冨安彩梨咲 Arisa Tomiyasu
リアル即興音楽を疑似アート作品に転化させる企み。
2009年の結成時点からドットエスのプロデューサーとして制作に携わってきたノマル・ディレクターの林聡が、音源としては初めて演奏者として参加した作品の登場である。昔ならば第3のメンバーと呼ばれたかもしれないが、林の存在はメンバーを越えた「場」として捉えるべきである。1989年に版画工房としてスタートしたノマルエディションが、デザインスタジオ、アートギャラリーへと拡大し、ちょうど20年後にドットエスという音楽ユニットを生むことで音楽レーベルへと発展した。林は想定外の自然発生的変化というが、ノマルという「場」の磁力が、多様な表現者を惹きつけてきた結果に他ならない。《(ノマルは)僕のお城みたいなもの》という林の言葉から、ノマル=林聡のアート美学であることが分かるだろう。
70年代地下音楽のメッカと呼ばれる吉祥寺マイナーは、1978年3月に王道ジャズ喫茶として開店したが、オーナー佐藤隆史の磁力で有象無象の地下音楽家や異端表現者を惹きつけ、コンセプトの変貌と共に店内はみるみる崩壊し、80年9月に閉店の憂き目にあったと言われるが、その10年後に大阪・深江橋に生まれたノマルが崩壊とは正反対に、アートの美学を貫き通したまま30周年を迎えることが出来たことも、林聡と彼を取り巻く表現者や企画者たちの意識の高さを証明している。
そんな林がラップトップコンピューターでドットエスの演奏に参加した本作は、M1.雨音とストリートノイズの中でハーモニカとカリンバのエスニックな演奏でスタートする。ノマルの白い空間が映画のワンシーンにワープする。鳥の囀りを合図にsaraの鈴の音がカホンに変わるとサウンドが加速、アルトサックスの鋭い音が狩猟を思わせる躍動感を醸し出す、カエルの合唱。M2.フクロウの鳴き声で一転して静まり、ピアノが不気味な旋律を奏でる。ニワトリの一声で朝の目覚めが訪れる。ドビュッシーを思わせるゆったりしたピアノとハーモニカは古いトーキー映画の伴奏音楽。saraのタップダンスが始まり、予期せず二重にされたサックスが激しく踊る。虫の音が再びトーキー映画の世界を呼び戻し、蝉時雨の果てにサックスとピアノが静かな眠りに落ちる。
これまでのドットエス関係の作品でここまで映像的なイメージを喚起させるものがあっただろうか?ネットで拾ったフリー音源に拘ったという林の意図は、意識の塊のようなドットエスの二人の演奏に、《たまたま落ちていた音。たまたまそこにあった音》を重ねることで、疑似アンビエント空間に放り込み、デュシャンの「泉」のように聴き手の価値観の攪乱を意図したのである・・・などとどこかの評論家のような深読みと断言をさせてしまうのが《アート・ギャング》たる由縁かもしれない。(2020年12月30日記)
*文中《 》は.es(橋本孝之&sara)+林聡インタビューからの引用。