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CD/DVD DisksReviews~No. 201

#1113 『山下洋輔スペシャル・ビッグバンド/ボレロ|展覧会の絵』

Jamrice JACD-1401 ¥2700(税込)
text by Kenny Inaoka 稲岡邦弥

山下洋輔スペシャル・ビッグバンド
山下洋輔(p)
松本 治(conductor)
金子 健(b)
高橋信之介(ds)
エリック宮城|佐々木史郎|木幡光邦|高瀬龍一(tp)
中川英二郎|片岡雄三(tb)|山城純子(b-tb)
澤田一範(as,ss)| 米田裕也(as,ss,cl)
川島哲郎(ts,fl)|竹野昌邦(ts,fl,piccolo)
小池 修(bs)
guest:
茂木大輔(oboe)

展覧会の絵(作曲:ムソルグスキー|編曲:松本治)
1.遊歩道を歩いて展覧会を見に行こう!
2. 『地底で蠢く怪しい小人...これって近所の悪ガキじゃん!』
3. 次の絵を見てみよう!
4. 『古城...森と泉に囲まれた古いお城でスウィング!』
5. 次の絵は...?
6. 『パリのチュイルリー公園...子供と遊ぶ若い女性は、母親?』
7. 『家畜が重い荷車を引かされる...牝牛は夜に呻く』
8. 次は...?
9. 『卵の殻をかぶったヒヨコのコスプレメイドの踊り』
10.『大金持ちと貧乏人...特区成金と契約社員』
11.『リモージュ街の市場の賑わい...ラッパ吹きも乱入』
12.『ローマ帝国時代の地下墓...エロス+タナトス=ジャズ』
13.『死者への呼びかけ...ジャズ供養』
14.『妖怪バーバヤーガの小屋...ジャズは闘う!』
15.『キエフの大門ドバラダ大門...これでいいのだ!』
16.BO-LE-RO
作曲:ラヴェル 編曲:松本治

録音:2012年7月6日 東京・サントリーホールにてライヴ収録
録音・ミックス・マスタリング:新居章夫
音楽監督:松本治
エグゼクティヴ・プロデューサー:村松広明

老若男女、クラシック・ファンもジャズ・ファンも等しく楽しめるジャズのエッセンスがたっぷり詰まった痛快なアルバムである。素材は小中学校の音楽鑑賞の時間に必ず聴かされる<ボレロ>と<展覧会の絵>。<展覧会の絵>もムソルグスキーの原曲、ピアノ組曲よりラヴェルが編曲し、松本の編曲の下敷きになっている管弦楽ヴァージョンの方が多いだろう。つまり、誰もが耳に馴染んだこの2曲をジャズのビッグバンドが演奏したらどうなるのか。
しかも“スペシャル”・ビッグバンドと銘打たれているように、セクション・ワークもソロも“この人の右に出る者はいない”クラスのトッププレイヤーが揃い、山下洋輔のカリスマ性でしばりをかけられた状態での演奏なのだ。解説を担当したスポーツライターの玉木正之さんによれば、“演奏し終えた瞬間、私はサントリーホールの客席でノケゾリ返って呵々大笑した。これが笑わずにいられようか!”ということになるのだが、純正クラシック・ファンはそのように反応するのだろうか。筆者はむしろ松本治の果敢な編曲とそれを巧みに血肉化した演奏者のスキルとスピリットに“してやったり!”と快哉を叫んだのだが。上掲のように原曲名に対して玉木さんの戯れタイトルが付け加えられているが、演奏自体はきわめて真っ当でスリルとエキサイトメントに富んだ内容であることをあえて付け加え、戯れタイトルに惑わされCDの入手をためらうファンがいるのではないかと気掛かりではある。一ヶ所、演奏の途中で聴衆の笑い声が洩れるところがあるが、これはエリック宮城がサーキュラー・ブリージングで高速トリルを継続中、右手が疲れて左手に変え、さらに隣の松本治の指を借りた、というシーンとのこと。エリックらしいユーモアだがこの遊びはCDでは想像が付かない。
冒頭に“ジャズのエッセンスがたっぷり詰まった”と記したが、それはジャズ特有のグルーヴであり、不協和音にテンションをかましたコードであり、ソロ・インプロヴィゼーションであり、またコレクティヴ・インプロヴィゼーション(集団即興演奏。ちなみに「集団的自衛権」は英語では「ライト・オブ・コレクティヴ・セルフ・ディフェンス」となり、”集団”のニュアンスが政府見解とは大きな隔たりがあるように思われる。)などである。オープニングはトランペットが高々とファンファーレのように奏するお馴染みの<プロムナード>のテーマである。このテーマは何度かアレンジを変えて登場する。<小人>。やがてビッグバンドがウォーキングで、次いでランニングで快適なスイングを始める。このあたりでリスナーはすでにビッグバンドの虜になっているはずである。5回(曲)のプロムナードを挟んで絵画が10点。松本はこの10点の絵画でさまざまな趣向を凝らし、それぞれにソロを配置する。<小人>ではソプラノサックス、<古城>ではバリトンサックス、ゲストの茂木がオーボエで活躍するのは<サムエル>だがすっかりジャズを呼吸している。山下のピアノが乱舞するのは<バーバ・ヤガー>。カデンツァに相当するこれらのソロはやはりジャズの醍醐味のひとつだろう。
<ボレロ>は終始オープン・リズムで大胆なソロを交えつつさまざまに表情を変えながら進行し、山下のピアノ・ソロを得て最後はテュッティで大団円を迎える。
なお、このCDは山下洋輔のマネジメント事務所「Jam Rice」からリリースされている。山下洋輔スペシャル・ビッグバンド2014のテーマはドヴォルザークの交響曲『新世界』で、6月末から7月にかけ大津、春日井、佐世保、東京の4都市で公園を行うという。
(初出:2014.6.29)

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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