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CD/DVD DisksNo. 276

#2070 『クリス・ヴィーゼンダンガー+かみむら泰一 / 山の猫は水脈をたどる』

Text by Akira Saito 齋藤聡

Wild Cat House Label 00-6

Taiichi Kamimura かみむら泰一 (tenor & soprano sax)
Chris Wiesendanger (piano)

1. Know Where (Chris Wiesendanger)
2. Life (Taichi Kamimura)
3. Attempt to rebuild (Taichi Kamimura)
4. For Masako (Taichi Kamimura)
5. Action & talk2 (Taichi Kamimura)

6. Improvization
7. Skylark (Hoagy Carmichael)
8. Thank you for Taeko (Taichi Kamimura)

Recorded by Yamanekoken Ogose-cyo Saitama July 17th 2019
Mixed and Mastered by Hayato Ichimura
Cover Art work by Saburo Mukai
Designed by Yohei Okamoto
Produced by Tetsuo Minami, Taiichi Kamimura, ChrisWiesendanger
Recording Engineering by Tatsuo Minami

コントラバス奏者の故・齋藤徹はクリス・ヴィーゼンダンガーと共演したときに「ジャンル、クリス・ヴィーゼンダンガー」と呼んだという。そのことは、本盤において、極めて美しく整っているにもかかわらず常套句的でもコードにのせたわけでもない和音がつぎつぎに提示されてゆくプレイから納得できる。指先にも思索のフィルターがはりめぐらされているようであり、聴く者は、凡庸からかけ離れていながら乱暴さのまったくない音に陶酔させられつつ、次の音をはらはらしながら迎え入れることだろう。そのようにしてヴィーゼンダンガーのピアノ演奏は続いてゆく。

デュオの相手はサックスのかみむら泰一である。ふたりの演奏スタイルのみならずマッチングが例外的であることは、たとえば同じフォーマットでいえば、ヴィーゼンダンガーとスイスのサックス奏者ユルグ・ヴィッキハルダーとのデュオ『A Feeling for Someone』(Intakt、2007年録音)と聴きくらべてみるとよくわかる。ヴィッキハルダーが透き通った音色のソプラノで楽曲を吹き、その音世界をヴィーゼンダンガーが協力して作りあげており、本盤のアプローチとはまったく異なる。どちらかといえば、ヴィーゼンダンガーと同国スイスのサックス奏者ピーター・ランディスとのデュオ『Change in Color』(Unit Records、2018年録音)における楽曲と即興の演奏に近いが、やはり性質を異にする。本盤におけるデュオの関係はより開かれたものだ。かれらはためらわず自発的な音を発し、それがひろがる自由に身をゆだねているところがあるように感じられる。これには自然の中の隠れ家・山猫軒(埼玉県越生町)という場の力も貢献しているだろう。

かみむら泰一の音の独特さを知るものは少なくない。かれは90年代にニューヨークのダウンタウンシーンに身を置き、フィーリングを素直にうたう音楽に惹かれ、帰国後にそこから得たものを発展させようとして『A Girl from Mexico』、『のどの奥から生まれそうな感じ』(ewe records)をリリースした。だが、かみむらは自分自身のサウンドを確立できていないとも感じていた。2004年からのグッドマン(当時荻窪にあった)での独奏シリーズ、2008年からの日本を意識したジャズバンド・オチコチ(ベース・是安則克、ドラムス・橋本学とのサックストリオ)、2011年・東日本大震災後の齋藤徹との出会いとコラボレーションを経て、かみむらは自身のサウンドを変貌させてきた。テナーを力強くブロウして低音を活かした共鳴を提示することがこの楽器の魅力のひとつだとして、かれのアプローチはそれとは距離を置いている。むしろヴァルネラブルであっても隠そうとせず、それによる豊かなグラデーション、共演者や周辺世界との相互浸透を、大きな個の力として確立しているようにみえる。ときに、サックス・マエストロの故・宮澤昭がピアノの渋谷毅とのデュオで晩年に吹き込んだ『野百合』(East World、1992年録音)を思わせる融通無碍な逸脱もある(やはりサックスとピアノとのデュオだ)。ソプラノもおもしろい。

終盤のスタンダード<skylark>では、かみむらが大きなものを裡に潜在させつつ主旋律を辿り、ヴィーゼンダンガーが聴き手を慰撫するようにサウンドに色を付けてゆく。これもまた、即興の交流を経て演奏されたからこその魅力にちがいない。

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』、『オフショア』、『Jaz.in』、『ミュージック・マガジン』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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