#2150 『ヒカシュー / 虹から虹へ』
『HIKASHU / LA LA WHAT』

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text by 剛田武 Takeshi Goda

CD: Makigami Records  mkr-0017

ヒカシュー:
巻上公一   ヴォーカル、テルミン、コルネット、尺八、口琴、ウクレレ、イギル、ディジュリドゥ
三田超人   ギター
坂出雅海 ベース
清水一登 ピアノ、シンセサイザー
佐藤正治 ドラムス

ゲスト:
もも(チャラン・ポ・ランタン)  ヴォーカル(3)
纐纈雅代 アルトサックス(5)

1. 大らかな予感  Vague Premonition
2. LA LA WHAT  LA LA WHAT
3. チンピーシーとランデヴー   Chim-pi-si and Rendezvous
4. 人生の嘘 The Lie of Life
5. 東京辺りで幽体離脱  Astral projection around Tokyo
6. とびむしのごちそう  Flying insect feast(Geosmin)
7. 残念なブルース Unfortunate Blues
8. 夢見ているかい?  Are you dreaming?
9. 濃厚な虹を跨ぐ Straddle a Thick Rainbow
10. 門外不出 Hidden Treasures
11. 又々木の股から  Born from the crotch of a tree(Lost sense of humanity)

All lyrics MAKIGAMI KOICHI
Music MAKIGAMI KOICHI(1) ,SAKAIDE MASAMI (3,8,10), MITA FREEMAN(2,5,6) and HIKASHU

Produced by MAKIGAMI KOICHI
Recorded at 1714 Studio in Atami and IGO studio in Tokyo 2021
Recorded and Mixed by SAKAIDE MASAMI
Mastered by ONO SEIGEN(Saidera Mastering)
Cover art SAKABASHIRA IMIRI
Designed by OUCHI TOMONORI (graphic garden)
Special thanks to Star Pine’s Cafe

ヒカシュー・オフィシャルサイト

虹の向こうに何がいる?ヒカシューがいる!

ヒカシューは2019年から吉祥寺Star Pine’s Cafeで月一回のライヴ「マンスリーヒカシュー」を開催してきた。2020年は「毎月1曲以上の新曲披露」をコンセプトに行われ、緊急事態宣言による中止があったにもかかわらず、公約通り10曲近い新曲が発表された。それらの新曲が2021年5月にレコーディングされ、通算25枚目のオリジナル・アルバム『虹から虹へ』に結実した。ジャケットを飾る不気味で可愛い謎の生き物は、『生きること』(2008)、『生きてこい沈黙』(2015)のジャケットを手掛けた漫画家の逆柱いみりのイラスト。1981年の3rdアルバム『うわさの人類』の太田螢一に始まり、『ヒカシューLIVE』(1989)の真鍋太郎(Picaro Taro)、『うらごえ』(2012)の束芋、『万感』(2013)の原知恵子(chienoix)、『あんぐり』(2017)の近藤聡乃、さらにマキガミサンタチ『ガブリとゾロリ』(2020)のイソノヨウコなど、ヒカシュー関連のジャケットのイラストは個性派揃いだが、つげ義春に影響を受けて『月間漫画ガロ』で漫画家デビューした逆柱いみりのアングラ感漂う画風は、即興ロックバンド、ヒカシューのシュールでグロテスクな一面を見事に視覚化している。ちなみに昨年9月にリリースされた逆柱いみりが率いるロックバンド漏電銀座のデビューアルバム『ぬばたまの世界』は、ヒカシューに通じる不条理ロックの佳作だった。

10分超えの長尺曲2曲を含む全11曲69分の『虹から虹へ』は、水滴の滴る音から始まる環境音楽M1「大らかな予感」で幕を開ける。三田超人作曲のM2「LA LA WHAT」ではタイトなハードロックに乗せて巻上が堂々とした歌声で二律背反した世界を断罪する。今年6月の「オノマトピアミーティング in 熱海」、10月松本での「オノマトペ歌謡祭」で共演したオルタナティヴ・シャンソン・デュオ、チャラン・ポ・ランタンのももをゲストに迎えたM3「チンピーシーとランデヴー」(坂出雅海作曲)は、オクターヴ違いのユニゾン・ヴォーカルで「チン」「ピー」「シー」の三つの擬音の大喜利を繰り広げる演劇的な曲。初期ヒカシューの「プヨプヨ」「びろびろ」などの“オノマトペ・ソング”とともに、「いいね」「了解です」「いい質問ですね」といった最近の“流行語ソング”にも通じる。コルネットとピアノを中心にアブストラクトに展開する即興演奏M4「人生の嘘」は、“幸せに生きるための心理学”で知られるアルフレート・アドラーの言葉に因んだ曲。M5「東京辺りで幽体離脱」(三田作曲)は、満を持してゲスト参加した纐纈雅代のブルージーなサックスが咽び泣く超歌謡ロック。M6「とびむしのごちそう」は口琴が虫の羽音に擬態するインプロ人力テクノ。英語タイトルを見れば虫のご馳走とは人間様が嫌う下水溝の匂いの元であるゲオスミンだと分かる。虫の気持ちになって演奏しているのだろう。三田作曲のM7「残念なブルース」は初期ヒカシューを思わせる惚けたグッドタイム・ロック・ナンバー。散歩しながら“ズビズビズー”と口ずさみたくなる。坂出作曲のM8「夢見ているかい?」もレトロ感のあるポップ・ソング。軽快なスカ・ビートが、ポール・マッカートニー&ウィングス「ジェット」にちょっと似たリフに導かれてロマンティックなスローバラードへと展開する。EXPO’70っぽいチープなシンセサイザーが、昭和の時代に夢見た近未来を生きる我々への挽歌を奏でる。“人間以上は人間なのか しあわせも行きすぎちゃうのかな”という歌詞が心に刺さる(だけどぜんぜん悲しくない)。M9「濃厚な虹を跨ぐ」は様々な音が交錯する12分近いインプロヴィゼーション。歌詞カードに描かれた奇怪な水棲生物たちが虹の上で踊り出す光景を幻視する。M10「門外不出」(坂出作曲)は、重厚なプログレッシヴ・ロック。キング・クリムゾンのロバート・フリップを彷彿させる三田のサステイン・ギターが素晴らしい。シベリアの神やロシアの都市、アラブの呪文やアボリジニの伝統楽器などの名称を織り込んだ歌詞がエキゾチックなムードを高める。ラストのインプロ・ナンバーM11「又々木の股から」は不穏なアンビエント・ミュージック。英語タイトルは“人間性の喪失”とサブ・タイトルされており、コロナ禍が収まったとしても世界の不穏と混迷が続くことを示唆しているように思える。巻上のヴォイス・パフォーマンスの傍らで警報のように三田のノイズ・ギターが鳴り続ける。テレミン、ピアノ、ドラム、ベースが渦を巻くカオスの後にギターだけが残されて、アルバムは終焉する。

ここには、2019年のマンスリーライヴで振り返った過去40年間の楽曲と、緊急事態宣言下で即興で制作された前作『なりやまず』の両方の要素、つまり作曲と即興が混然一体となったヒカシュー・ワールドの現在進行形が集約されている。昨年詩集『至高の妄想』で「大岡信賞」を受賞した巻上公一の詩想は更に飛躍し、言語学・哲学・心理学・神話学を抱合し、現代詩や音響詩を超克する。“虹から虹へとスピード上げて 国境を軽々越えていく”(「夢見ているかい?」より)ヒカシューの旅は、同時に混沌から混沌へ、苦難から苦難への旅でもある。それでも我々は旅(生活・人生)を続けるしかない。宝が埋まっていると言われる虹の橋のたもとに辿り着く日は永遠に来ないだろう。しかしゴールがないからこそ、永遠に鳴り続けることができる。そんな勇気を与えてくれるおおらかな予感に満ちた至福のアルバムである。(2021年12月3日記)

 

 

 

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。会社勤務の傍ら「地下ブロガー」として活動する。近刊『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。 ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰

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