#2170 『Peter Brötzmann, Milford Graves, William Parker / Historic Music Past Tense Future』
text by 剛田武 Takeshi Goda
LP/DL : Black Editions Archive BEA-001
Peter Brötzmann – Reeds
Milford Graves – Drums, Vocals, Dancing
William Parker – Bass, Doussn’Gouni
LP1 Side A 15:33
LP1 Side B 18:25
LP2 Side C 17:25
LP2 Side D 16:42
All music by Brötzmann / Graves / Parker
Artwork – Broetzmann
Recorded 2002.03.29, CB’s 313 Gallery, New York by Eremite Mobile Unit
Mastering Engineer – Joe Lizzi
Lacquers – Kevin Gray
Design – Broetzmann / Untiet
Back Cover Photo – Andrey Henkin
Inside Photo – Matias Corral, The Su Bundu from Orani
Produced by Peter Kolovos & Michael Ehlers
ありそうでなかったレジェンド・トリオの迫真のドキュメント。
2021年2月12日に79歳で没したミルフォード・グレイヴスは、フリージャズ・ドラムの第一人者としての知名度に比べてリリースした作品数は極端に少ない。調べた限りではリーダー作と共演作をあわせて30数枚程度である。ニューヨーク・アート・カルテット、ジュゼッピ・ローガン、アルバート・アイラー、ソニー・シャーロック、ポール・ブレイなど、60~70年代初頭のフリージャズ創世記の名盤に参加したことで彼の名は歴史に残ることは間違いないが、音楽家、パーカッショニストのみならず、文化学者、薬草学者、武道家でもあったグレイヴスにとっては、演奏を録音して作品にするより、リアルタイムでライヴ演奏することに意味があったのだろうか、自らの意志で作品の発表を控えていたと言われている。そのためグレイヴスの重要なパフォーマンスの記録はごく一部しか残されていない。
そんなグレイヴスの未発表レコーディングの数々が、ロサンゼルスのBlack EditionsからBlack Editions Archiveシリーズとしてリリースされることになった。日本のPSFレコードのアナログ再発盤や、傘下のThin Wrest、VDSQからの新進気鋭の実験的アーティストのレコードを見ればわかる通り、音のクオリティはもちろん、アートワークやジャケットの印刷や紙質までこだわり抜く姿勢は、レコードを「商品」ではなく「芸術品」と言い切るレーベル・オーナーのピーター・コロヴォスの信念に貫かれている。その姿勢を高く評価した晩年のミルフォード・グレイヴスがレーベルに自身のアーカイヴの公開を許可したという。
その第1弾が『Historic Music Past Tense Future(歴史的な音楽 過去形の未来)』と題されたLP2枚組である。ペーター・ブロッツマン、ミルフォード・グレイヴス、ウィリアム・パーカーというフリージャズのレジェンド・トリオのコンサートは3回しか実現していない。1985年2月6日NYスウィート・ベイジル、1988年4月15日NYニッティング・ファクトリー、そして三回目にして最後の公演が、本作に収録された2002年3月29日NY CBGBのフロント・ルームGallery 313である。
ブロッツマンとグレイヴスの初共演は1981年ブリュッセルのジャズ・クラブだった。「すべてのドラマーの中で、私にとってはミルフォードが最大の挑戦だった」とブロッツマンは語る。しかし共演の機会は少なく、このトリオの3回の公演の他には2002年ヨーロッパ、2004年NYでのデュオ公演の数回だけだった。
パーカーとブロッツマンは80年代初頭にペーター・コヴァルトの紹介で出会って以来、ヨーロッパとアメリカで何度も共演し、93年にはブロッツマン、近藤等則(tp)、ハミッド・ドレイク(ds)とのカルテットDie Like a Dogとして活動を共にする。2000年代は近藤を除くトリオでツアーしアルバムを2枚発表している(⇒Disc Review#1327 『BRÖTZMANN / PARKER / DRAKE – SONG SENTIMENTALE』)。
パーカーとグレイヴスは80年代半ばに知り合ってから、85年にチャールズ・ゲイル(reeds)とのトリオを結成、また、NYのVision Festivalでは1996年~2015年の間にグレイヴスのユニットにパーカーが7回参加する等、何度も共演している。グレイヴスは、自分のバスドラムで低音は十分だと考え、60年代後半からベーシストを必要としなかったというが、パーカーと出会ったことでベースの重要性に目覚めたようだ。
このアルバムが録音された2002年、ブロッツマンとグレイヴス(どちらも1941年生まれ)は60歳。ジャズ・ミュージシャンとしては最も油の乗った年代といっていい。アルバムに針を落とすと、まずはサックスのヘラクレス=ペーター・ブロッツマンの豪快な咆哮に耳を奪われる。筆者がブロッツマンのライヴ演奏を初めて観たのは82年5月法政大学学生会館大ホールでの近藤等則とハン・ベニンク(ds)のトリオだったが、終始すごい勢いで吹きまくるテナーの爆音に圧倒されたことを覚えている。その印象は彼の演奏を観たり、レコードやCDを聴くたびにフラッシュバックする。80歳を超えた現在、体調があまりすぐれないという噂を聞いたが、一度サックスを持ってステージに上がれば、獅子のように堂々と吹きまくることだろう。
一方ミルフォード・グレイヴスのドラムは、命ある生き物のように生々しく、心臓の鼓動に寄り添う温かみがある。彼のドラムが生み出す霊性に満ちたアミニズムが、フリージャズにありがちな力と力の対決に陥ることを拒んでいる。1977年の初来日ツアーで、ひたすら睨みつけて挑戦的に吹きまくる阿部薫を敬遠したという逸話を思い出す。
素晴らしいのがウィリアム・パーカーのベースである。サックスとドラムの裏側で、黙々と畑を耕すように弦を弾き続けて、二つの音の流れを巻き込む大渦を作り出す手腕は、ゴッド・ハンドならぬゴッド・フィンガーと呼びたくなる。アフリカ文化や癒しの力としての音楽を追求するパーカーは、精神的にグレイヴスにとても近いところにいるに違いない。
特に興味深いのはグレイヴスの演説で始まり、パーカーが弾くアフリカの民族楽器Doussn’Gouniをバックにヴォーカルとパーカッションを聴かせるSide Dである。ブロッツマンのクラリネットがエスニックなフレーズを紡ぎ出す中、グレイヴスがダンスを披露し観客が喝采を送る様子も収められている。まるで目の前でパフォーマンスが繰り広げられているかのような迫真の音声ドキュメントである。
レコード4面に亘る延べ68分の演奏は、音楽だけに留まらないミルフォード・グレイヴスの魅力と、それに感化された演奏家たちの交流のドキュメントとして、想像力を逞しくして味わい尽くしたい芸術品である。なお、今後Black Editions Archiveからは「Milford Graves Trio」(1976年録音)、「Charles Gayle/Milford Graves/William Parker」(1991年録音)のリリースが予定されている。(2022年3月30日記)