#2171 『Keiko Higuchi / Vertical Language』
『ヒグチケイコ / 垂直な言語』

閲覧回数 3,703 回

text by 剛田武 Takeshi Goda

LP/CD/DL : Black Editions  BE-1006

Keiko Higuchi – voice, piano
Louis Inage – bass (b2-b5)

side a
1. scenery one
2. scenery two
3. scenery three

side b
1. the still 01
2. the still 02 okesa / おけさ節
3. the still 03 motherless child / 時には母のない子のように
4. the still 04 black orpheus / 黒いオルフェ
5. the still 05 esashi oiwake / 江差追分

a1-a3, b3-b5 recorded at Knuttel House, March 2020
b1-b2 recorded at GOK SOUND, December 2018
Recorded by Takeshi Yoshida / LINES and Yoshiake Kondo / GOK SOUND
Mixed and mastered by Takeshi Yoshida
Vinyl Mastering by Kevin Gray, Cohearent Audio
Photography by Vincent Guilbert (Cover), Kazuyuki Funaki (Insert)
Design by Rob Carmichael, SEEN

nothing is added upon mixing and all tracks are done one or two takes

ヒグチケイコ公式サイト

Black Editions Official Site

歌を詩から、言葉を意味から、音楽を時間から解き放つ。

ヒグチケイコのパフォーマンスを観るといつも畏怖の念を抱く。細身の体躯をピアノに襲い掛かるように投げ出して、長い手足を鍵盤やペダルの上で間断なく動かす様子は、蜘蛛の捕食行為を彷彿させて、ベルカント唱法で浪花節を唸るような太い喉声と相まって、自分が生贄にされる気分になるのである。宙を睨む鋭い視線と厳しい表情には、身体・声・呼吸のつながりを探求する表現者として独自の道を歩むヒグチの生きざまが刻まれている。最近ヒグチのドラム演奏を観たのだが、ハードコアパンク顔負けのブラストビート(激しく細かい連打)で30分以上休みなく叩き続ける姿に、やはり畏れに似た感慨を抱いた。

そんなイメージがあったので、アメリカのBlack Editionsからリリースされた本作を一聴したとき、意外なほど穏やかで優しいサウンドに驚くとともに、今まで知らなかったヒグチの別の面を知って得した気分になった。個人的に最近地歌や能楽や筝曲など純邦楽を好んで聴いていることもあり、このアルバムで聴ける「間」を活かした静と動の世界に興味が惹かれたのである。

モノクロのポートレートが印象的なジャケットはレコード・サイズだと迫力満点。A面は「scenery(景色)」として、ヴォイスとピアノのインプロヴィゼーション色の濃いソロ・パフォーマンス、B面には「the still(スチール写真)」として、川島誠のトリオ「落穂の雨」にも参加するベーシスト、ルイス稲毛とのデュオによるカヴァー曲が収録されている。

A1「scenery one」:言葉にならない言葉がエコーで繰り返されて、力強いピアノと音の波を生むが、突然エコーが落ちてピアノの独り語りとなる。A2「scenery two」:ピアノと声が揉み合いながら津波になって押し寄せる。遠いヴォイスが雷鳴のようだ。A3「scenery two」:ミニマルなピアノに再び歌が浮上する。言葉は聞き取れないが慈しみを湛えた歌唱が引き潮の郷愁を誘う。ピアニストとしてのヒグチの魅力を再認識させる3曲である。

 

B1「the still 01」:聖歌を思わせるアカペラ。B2「the still 02 おけさ節」:確信的なピアノと脈打つベース。カラスが泣き喚くような歌唱で言葉は聴き取れない。よく知られている「佐渡おけさ」ではないようだ。B3「the still 03 時には母のない子のように」:英語だが、引き伸ばされ変調され、言葉の意味が抜き取られる。母のない子とは言葉のない歌のことなのか。B4「the still 04 黒いオルフェ」:老婆の咽び声が明朗な歌唱へ変幻し、揺蕩いながら沈殿していく。B5「the still 05 江差追分」:地歌を思わせる音節の長い歌。別の宇宙から響き合うようなピアノとベースとヴォイスの深い反響が心の襞に染み渡る。いずれも形は原曲とは似ても似つかないが、核心にある情念は原曲以上に濃縮されている。

 

このアルバムを聴きながら、筆者の頭に浮かんだのはパティ・ウォーターズの『Patty Waters Sings』(1966)と、Phewの『Voice Hardcore』(2017)だった。B面全部を使った「Black Is The Color Of My True Love’s Hair」の叫びに満ちた衝撃的な作風ばかりが評価されるパティ・ウォーターズだが、A面のピアノ弾き語りを忘れてはならない。狂おしい愛と喪失の苦しみを、静かなピアノで呟くようにほの暗く歌う彼女は、歌を詩から解放して、感情を音に埋没させる苦行を自らに強いたのではなかろうか。その反動として「Black Is The Color~」があると考えれば、ウォーターズの狂気の裏にある二面性が理解できる。一方Phewは自分の声だけを素材に音楽を作り上げた。明確な言葉が挿入されるが、意味を伝える目的ではなく、無意味な音として効果を発揮している。つまり言葉を意味から解放したのである。

ヒグチケイコが発する『垂直な言葉』は、横に流れる時間ではなく、縦に落ちる瞬間と瞬間の連なりに楔を打つ。そこではノイズ、すなわち不要なものや邪魔なものが音楽と同じ意味を持つ。そして、詩から解放された歌、意味から解放された言葉を歌うヒグチの声は呼吸と一体化し、体内をめぐる血液のように、ずきんずきんと鼓動する。音楽を時間から解放し、聴く者の心を瞬時の永劫に導くのである。もはや闇雲に畏れる必要はない。(2022年4月1日記)

 

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。会社勤務の傍ら「地下ブロガー」として活動する。近刊『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。 ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。