#2185 『ライアン・ケバリー/ソンホス・ダ・エスクィーナ』

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text by Keiichi Konishi 小西啓一

Ryan Keberle ライアン・ケバリー- trombone, arrangement
Felipe Silveira フィリップ・シルベイラ- piano, arrangement (#1)
Thiago Alves ティアゴ・アルヴェス- bass
Paulinho Vicente ポリーニョ・ヴィンセンチ- drums, percussion

1.Cio da Terra (Milton Nascimento / Chico Buarque)
2.Campinas (Ryan Keberle)
3.Carbon Neutral (Ryan Keberle)
4.Sonhos da Esquina (Ryan Keberle)
5.Club Da Esquina 2 (Milton Nascimento. / Lô Borges / Márcio Borges)
6. Aqui, Oh! (Toninho Horta / Fernando Brant)
7. Tarde (Milton Nascimento / Márcio Borges)
8. Francisca (Toninho Horta)


今、“ラージ・アンサンブル”(従来のフル・バンドとはひと味異なり、演奏やアレンジなどがより自由度が高い)の動向が熱く興味深い。そしてその中心に位置するのが女傑マリア・シュナイダー、そして彼女が率いる“ジャズ・オーケストラ”だと言うのも、多くの識者やファンが認めるところだろう。クリエイティビティに富んだその屈指のオーケストラに15年以上にわたって在籍、主要メンバーとして活躍し続けているのが、俊才トロンボーン奏者のライアン・ケバリーである。彼はその他にもライアン・トゥルースデル等、NY界隈の重要なラージ・アンサンブルにも参加、その名前をシーンに刻み込んでいる。と同時に注目のチリ出身の歌姫(&ギタリスト)、カミーラ・メザを加えた自身のピアノレス・ユニット ”カタルシス”(13年~5枚アルバムあり)での活動を始め、ジャズをコアにロック、ワールド・ミュージック、さらにはクラシックまで、さまざまなシーンでも活躍、その才人振りはアップル・コア(NY)でも存分に際立っている。彼はまたマリアのオーケストラを始め、自身のバンドなどでも来日し、日本でのワークショップ活動などにも積極的なので、その名前を知るファンも少なくないはずである。

さてこのアルバムだが、そんな多彩な活動を展開するライアンのブラジル音楽好きな気質とセンスが、最大限に発現されたワン・ホーン・カルテットによる、ブラジリアン・ジャズの会心作とぼくは聴いた。ブラジリアン・ジャズでトロンボーン奏者と言えば、昨年惜しくも逝去してしまった鬼才、ラウル・ジ・スーザ(アメリカでも大活躍)の名前がまず頭に浮かぶが、その他にもアントニオ・ネベスなど若手の有力株なども少なくない。そうした面々の作品に対し、このライアンの新ユニット”コレクティブ・ド・ブラジル”のデビュー作は、充分に伍していけるだけの充実した内容を誇るものだと言える。

ところで彼ライアンが、ブラジル音楽に惹かれるようになったのは、若い頃ブラジルの歌世界(MPB)を代表するひとり、エリス・レジーナの唄声を耳にしてからだと言う。以来頻繁にブラジルの地を訪れている彼が、2017年の何度目かのサンパウロ訪問時に、ブラジルのギター・シーンの大立者トニーニョ・オルタとの共演経験も多い、フィリップ・シルベイラ(p)、ティアゴ・アルヴェス(b)、ポリーニョ・ヴィンセンチ(ds)の3人と出会う。彼らはすぐに意気投合、新ユニット“コレクティブ…”を結成、その1年後にライアンが再びサンパウロを訪れた時に吹き込まれたのが、このアルバム『ソンホス・ダ・エスキーナ』である。

ここで彼らは、ユニット結成の切っ掛けとなったトニーニョ・オルタのオリジナル(6、8)と共に、“ブラジルの声”とも言われるMPB界のキング、ミルトン・ナシメントのオリジナル(1、5、7)も取り上げている。ブラジル音楽ファンならば周知のように、ミナス州出身で同郷のふたりは、有名な ”街角クラブ“(“クルビ・ダ・エスキーナ”)で共に活動、互いに深い敬愛の念で結ばれているが、〈アクイ・オウ〉などふたりにとっての記念碑的ナンバーの数々をここで取り上げ、ライアン達はふたりの巨星達へ深いオマージュを捧げる。と同時にライアンのブラジリアン・フレイバー満載のオリジナルも3曲加え、そのたっぷりと良く歌う抜群なトロンボーン技を通し、ブラジル音楽への敬愛の念を目一杯に表す。ユニットの面々は疾走感と躍動感に満ち溢れ、さらにブラジルならではのサウダージ感も塗した(ミルトンのハイ・ボイスが聴こえて来る感すらある)、実に快適にして出色な楽園ジャズ・サウンドを現出してくれるのだ。アルバムのプロモ・コピーには”ライアンとサンパウロの3人が産んだ素晴らしい結晶がここにある”とある。まあそれは間違いないことだが、ぼくにはそれ以上に、スカッとして心地良く、快感とでも言えそうな至高の”ブラジリアン・サウンド”、それに久々に触れた…といった想いも強い。

小西啓一

小西啓一 Keiichi Konishi ジャズ・ライター/ラジオ・プロデューサー。本職はラジオのプロデューサーで、ジャズ番組からドラマ、ドキュメンタリー、スポーツ、経済など幅広く担当、傍らスイング・ジャーナル、ジャズ・ジャパン、ジャズ・ライフ誌などのレビューを長年担当するジャズ・ライターでもある。好きなのはラテン・ジャズ、好きなミュージシャンはアマディート・バルデス、ヘンリー・スレッギル、川嶋哲郎、ベッカ・スティーブンス等々。

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