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CD/DVD Disks~No. 201

#1259『ハシャ・フォーラ/ハシャ・ス・マイルス』

text Kenny Inaoka 稲岡邦弥

グループ名の「ハシャ・フォーラ」はポルトガル語のスラングで、「さあ、行くぞ!」に近い意味を持つという。ネーミングは意外に演歌歌手の「吉幾三(よし・いくぞう)」的発想かも知れない。2010年にヒロ・ホンシュクこと本宿宏明によりボストンで結成されたユニット。基本は、日本人のフロント、ヒロ(fl、EWI)とリカ・イケダ(vln)、ブラジリアンのモーリシオ・アンドラージ(g)とハファエル・フッシ(b-g) からなる日伯混成カルテットで、結果的に全員バークリー音大の卒業生となった。ニューイングランド音楽院(バークリーと二股をかけていた)でジョージ・ラッセル(リディアン・クロマチック理論で知られる)に学んだヒロのアレンジをこなすにはそれなりの読譜力と音楽性を要求されるからだ。ライヴやレコーディングではさらにグルーヴ感と色彩感を増すためにパンデイロ(ブラジル風タンバリン)を加えることが多い。
この新作は、バンド結成5周年を迎え、ホンシュクのオリジナルで固めたデビュー・アルバムで獲得したコアなブラジル音楽ファンから、さらに幅広いジャズ・ファンの獲得を狙ってマイルス賛歌をテーマに据えたものだ。しかし、ホンシュクは家中の壁にマイルスのポスターやブロマイドを貼る熱狂的なマイルス教の信者。マイルスの愛奏曲のアレンジにあたっては、「新しいことに挑戦せよ」とのマイルスの教えを守り、ブラジルのネイティヴなリズムに乗ってジャズのインプロヴィゼーションを展開する手法をさらに進化させた。4曲のオリジナルは師であるジョージ・ラッセルの「リディアン・クロマチック理論」を援用して作編曲された。マイルスやビル・エヴァンスはラッセルの薫陶を受け、ラッセルの教えの下に<マイルストーン>や<ブルー・イン・グリーン>を作曲しているので、ホンシュクのオリジナルとの違和感はない。何より、ホンシュクのラッセルとマイルスに対する大いなるリスペクトの念がそうさせているに違いない。
耳に馴染んだマイルスの愛奏曲がまったく新しい衣装をまとって現れる。チャーリー・パーカーのスピリットを受け継いでいるのはマイルスだと言われるが、ホンシュクの高速パッセージに時折りバードを彷彿させる、とは言い過ぎだろうか。リカ・イケダのヴァイオリンは充分エモーショナル、時に官能的でさえあり、知的なホンシュクのフルートとのバランスは絶妙である。ホンシュクの操るウインド・シンセ(EWI)が大きくシーンの表情を変え聴感を刺激する。もうひとつ激しくシーンに切り込んで来るのが“ジャズ・マスター”デイヴ・リーブマンのソプラノサックスだ。一時期マイルスの右腕を務めたベテランの存在感はさすがだ。そして3人のブラジリアン。とくに、モーリシオとハファエル。裏でリズムを刻み、表でソロをとるなど、変幻自在。彼らあってのフロントであることは言うまでもない。聴きどころが目一杯詰まったアルバムと言えるだろう。
*初出:JazzTokyo 2015.10.12

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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