#1173 『Rhodri Davies & John Butcher / Routing Lynn』
text by Narushi Hosoda 細田成嗣
Ftarri/ftarri-217/2,000円+税
- Routing Lynn
John Butcher: acoustic and amplified/feedback saxophones
Rhodri Davies: pedal harp, electric harp, wind harps
In performance with a quadraphonic playback, pre-recorded by Chris Watson
Chris Watson recordings of Davies/Butcher and environments at:
Discovery Museum, Newcastle upon Tyne, UK, January 2, 2014
Routing Lynn, Northumberland, UK, January 3, 2014
Museum recordings re-diffused at Routing Lynn, UK, January 20, 2014
Concert recorded by Simon Reynell at AV Festival 2014, Sage Gateshead, UK, March 14, 2014
Quadraphonic recording edited and mixed by Phil Begg
Concert recording edited and mixed by John Butcher
Commissioned by AV Festival 2014
Artwork and design by Cathy Fishman
遺跡の響きから生み出す眩惑的なインプロヴィゼーション
欧州フリー・ミュージック第二世代といわれるなかでも傑出した実力者のひとりであるイギリスのサックス奏者ジョン・ブッチャーが、同じくイギリスの、より下の世代――かつて「ニュー・ロンドン・サイレンス」という言葉とともに語られたことがあった――にあたるハープ奏者ロードリ・デイヴィスと、2014年に行われた「AVフェスティバル」において共演したライヴ演奏を収録したアルバムである。ふたりにはデュオとしてすでに長い活動歴があるものの、その共同作業を全面化したアルバムは一枚しかリリースされておらず、本盤がようやく二枚目となる。楽器を音楽の正統性に奉仕するための道具ではなく、まずは音の出る物体として捉えることによって、抑圧されてきたあらゆる「声」を紡ぎ出そうとする彼らの演奏には、もはや一般的な意味でのサックスやハープの音色としては考えることのできないような多彩な響きが横溢している。そうした音の響き合う豊かさが前作『カーライル』では静謐な空間のなかにきらめいていたのであるが、本盤からはより躍動感あふれる演奏がある種の祝祭的な空間を演出するかのようにして織り成されていくのを聴き取ることができる。それはライヴ・レコーディングだからというよりも、その演奏が音盤となることでライヴとはまるで異なる体験を聴き手にもたらす性質のものであり、むしろ現場に居合わすことのなかった人々ほど味わうことのできるような想像の風景に由来するのだろう。
タイトルにもなっている「ラウティング・リン」とはイングランド北部にあるロック・アートの遺跡で、フェスティバルに先立って彼らはこの地に赴き演奏を行い、それをフィールド・レコーディングの大家クリス・ワトソンが録音した。そしてその音源を用いながら彼らはライヴを行ったのである。この遺跡の名称が「騒々しい滝壺」に由来することから察するに、単に岩面画を眺めることのできる場所であるだけでなく、少なくともそれが「発見」されて以来、人々にはその音風景からも記憶されてきた土地なのだろう。遺跡の響きを聴くワトソンはまた、同じ場所の響きを聴くふたりの演奏をも捉えている。それらを断片的に流しながら行われたライヴには、さしずめ複数の聴取行為が折り重ねられているということができるはずだ。ところで会場にいた聴衆には明確にあったはずの、演奏行為を確認するための視界は、わたしたちには与えられていない。つまり録音された過去の響きが進行中のものと同等のリアリティを湛えながら迫ってくるのである。もちろん、なかには明らかに変調されていることによって、あるいは唐突な挿入や途絶によって、それが録音物だと判断できるようなものも聴こえはするが、どこまでがそうなのか線引きすることは困難である。わたしたちは本盤に耳を傾けながら実際の現場にはあり得なかった風景を思い描くことだろう。この演奏が屋内で行われていたということすら、あるいは驚きの対象となるかもしれない。
演奏の要ともいうべき録音物の使用はさらに音楽を構造化する重要な役目も担っている。振り返ってみるならば、それはクリス・ワトソンが捉えた音の風景に呼応してふたりがサウンドの流れを生み出していったということに他ならないのだが、アルバムを通して眺めてみると、せりあがる滝しぶきの音やふいに目の前を通り過ぎる鴉の鳴き声といったものが演奏の節目をなすことによって、音楽的な時間を構成するための欠かすことのできない布石となっているのである。フェスティバルでは翌日にロードリ・デイヴィスが率いるコモン・オブジェクツ――そのメンバーのひとりは他でもない、ジョン・ブッチャーその人である――によるライヴが行われた。それはイングランド北部ノーサンバーランドの古代のロック・アートを図形楽譜に見立てて演奏を行うというものだったが(このライヴは近くイギリスの先鋭的なレーベル「アナザー・ティンブレ」からCDとして発売されるようだ)、それが視覚的に捉えた遺跡を聴覚へと変換する試みであるとするならば、本盤における演奏は複数の聴覚が具体的に捉えた遺跡の響きをライヴ会場において再構成したもの、ということができるだろう。それが祝祭的に聴こえるのは、デュオというもっともミニマルな編成でありながら、その音楽の流れには録音物がもたらした聴覚的な視座の過剰が根底にあることにもよるのではないかと思われる。
*初出:2015.1.25 Jazz Tokyo #204
ジョン・ブッチャー、ロードリ・デイヴィス