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CD/DVD DisksNo. 314

#2324 『うむうむ。/ ウィーアーうむうむ。』

text: Ring Okazaki 岡崎凛
レーベル:Dramatist Records 2024年5月29日発売

うむうむ。:
古山晶子(sax) Akiko Furuyama
関谷友加里(p) Yukari Sekiya
定岡弘将(ds) Hiromasa Sadaoka

1.Blood Blues(Akiko Furuyama)
2.Fosa (Akiko Furuyama)
3.草枕(Hiromasa Sadaoka)
4.John Dickson’s Car (Hiromasa Sadaoka)
5.Ten (Yukari Sekiya)
6.無反省ブルース〜うむうむ。のテーマ (Hiromasa Sadaoka)
7.I’m So Lonesome I Could Cry(Hank Williams)

Recorded in performance at KOBE LIVE SPOT BIG APPLE on November 5, 2023
Recording Engineer: Kondo Tetsumasa
Mixing & Mastering Engineer : Sadaoka Hiromasa
Mixing & Mastering Studio : HIGURE STUDIO
Illustration : Chikaishi Rei
Produced by Sadaoka Hiromasa


関西の個性派ドラマー、定岡弘将がベースレス・トリオ「うむうむ。」のデビュー盤をリリース。関谷友加里(p)と古山晶子(sax)という異彩を放つ実力派とともに、自由に大胆に、そして情感豊かに、笑いたっぷりに仕上げたライヴ盤は、神戸の名店「ビッグアップル」で収録。スピード感溢れる濃厚でキレのいい即興プレイの後、スローで穏やかな曲となり、3人の描くディテールの隅々から、このトリオならではのリリシズムが香る。

最初に書いた「関西の個性派ドラマー」という定番的な言葉はかなり大雑把な表現なので、便利グッズのように消費される「個性派」という言葉に収まり切らない部分を伝えないと、彼やこのトリオ「うむうむ。」の紹介にはならないだろう。だがその説明に夢中になると、ぬかるみに足を取られるように本題を忘れそうだ。そのあたりについては、定岡の別のプロジェクトの説明で触れたい。

本作は神戸三宮のライヴスポット、ビッグアップルでライヴ録音。この店は先鋭的なコンテンポラリージャズや即興音楽の発信地のような存在であり、「うむうむ。」にとってはホームグラウンドのような場所だろう。ほどよい緊張感がアルバムから伝わってくる。

古山晶子のサックスが何の迷いもなく豪快なプレイに突入するオープニング・ナンバー〈Blood Blues〉は、彼女のオリジナル曲だ。サックスの勢いの良さに続くように関谷友加里のピアノの弾け方が激しく、吹き荒れる風を呼び込むように、3者のもつれ合うフリーな展開となる。対話というより独白をぶつけ合うような荒々しさも交えながら、分厚い雲を上へと押し上げるような力強さを堅持し、終結部でテーマに戻る。

以下は2曲目以降について感じたこと:
2.古山作曲の〈Fosa〉は穏やかな美しい曲ではあるが、晴れやかな曲というより、悲しみを湛えながらも希望に向かおうとする複雑な心情を、ピアノとサックスが丁寧に描くような曲。13分15秒とやや長い。終り際にマニアックなリフにもつれ込むところがこのトリオらしい。
3.〈草枕〉は定岡作曲で郷愁に満ちたメロディーを織り込む。〈Fosa〉で聴いたピアノとサックスが切ない気持ちを吐露するような演奏がここにも登場し、2人の情感豊かな表現に出会う。ここでの定岡のドラムは聞き役に徹するような反応で、静かに2人を盛り立てる。
4.〈John Dickson‘s Car〉というタイトルは、密室殺人事件のミステリー小説家ジョン・ディクスン・カーを連想させる…というより駄洒落だろう。タイトルにちなむように、ホラー・ミステリーのクライマックスのような激しさに満ちる。ここではドラムが覚醒し、掛け声も混じる。その熱気に対してピアノは対照的に冷ややかで激しい音で応える。やがてサックスが合流、ずしずしと重低音で曲のテーマを吹き、終結部へ。
5.関谷作曲の〈Ten〉は再びスローな曲。じわじわと吹き出す感情を押しとどめようとするような関谷のピアノに心を打たれる。静かに輝くシンバルの音、情感に満ちた古山のサックスもいい。
この曲の終了後、聞こえてくる雑談に最初はびっくりしたが、よく考えればこれがいつもの定岡流である。アルバムのあちこちで曲の間のトークまで収録し、ドキュメンタリー映画風というか、自由過ぎるというか…ジャズ盤ではあまり類例を見ない臨場感の盛り込み方である。
6.〈無責任ブルース〉での定岡ドラムは自由奔放。そこから明るく〈うむうむ。のテーマ〉に流れ込む。定岡が大笑いしながら歌う。
7曲目 〈I’m So Lonesome I Could Cry〉は「寂し過ぎて泣けてくる」というような意味らしい。本アルバム唯一のカヴァー曲。曲名通りしみじみとした演奏。原曲はカントリー。1949年、Hank Williams作曲。


このアルバムの重要な要素に、ドラマー定岡弘将のアート、文学志向がある。本作での彼の曲名からも見て取れるように、彼は随筆やミステリー小説などにインスパイアされることが多い音楽家のようだ。ユーモアに満ちた彼のステージを見たことがない人のために少し説明すると、彼は音楽という枠から少し外れた実験的なプロジェクトにも取り組んでいる。それは沼尾翔子と由中小唄(voice)、伊藤シュンペイ(voice & guitar)と組む「ドラマチストドラマチスト」と題された演目であり、ツイキャス配信で観たときは、世間話か雑談のような入口から、一種のポエトリー・リーディング、歌、器楽演奏を展開していた。ありふれた言葉のリピートが笑いを誘う一方で、プレイヤーは真剣にフィクション(もしくはノンフィクション)に入り込んでいく。その場で流動的に変化する即興劇のような音楽作品だったが、配信が終了した現在は見直すことができない。
定岡弘将のブログ(2022年7月23日付けの「ブログです、定岡の(仮題)。」)にはこうある。

サブタイトルに「言葉と音と即興的コンポジション」と銘打っておりますが、簡単に言えば音符と言葉を同じように扱おうという試みであります。…
実験的っちゃ実験的なんだろうけど、即興に携わる人は誰しもですが、何か確信めいたものは胸の内にあるわけです。その発見と確認と驚きと安寧を味わえたらなぁと思ってます。

こんな取り組みをしているジャズ系の音楽家は、今のところ、他には出会っていない。
これ以外に定岡弘将はコードレス・トリオなど、いくつも音楽プロジェクトを立ち上げており、ヴォイスが入らない編成も多い。しかし彼には以前から文字数多めのトーク、解説を得意とする人という印象があり、そのせいか、彼の「語り」のエネルギーがドラミングのあちこちから噴き出していると感じてしまう。これは行き過ぎた解釈だろうけど、上記の「ドラマチストドラマチスト」の説明にあるような、「音符と言葉を同じように扱う」という発想は、定岡の心のどこかに定着している気がする。「うむうむ。」はベースレス・トリオであり、ヴォーカルも参加していないが、定岡弘将の音楽作品には全て、言葉や言葉遊びにつながる入口が見える気がする。そしてこれは、トリオ「うむうむ。」で出会う楽曲に人間味が溢れている理由の一つではないかと思う。


関谷友加里(ピアノ)
この数年の活躍が目覚しいピアニスト、関谷友加里は本トリオの牽引役と言ってもいいかもしれない。関谷は関西をメインに活動するピアニストであり、定岡弘将のプロジェクトである「セロニアス・モンク大学」にも参加。
関西を中心にライヴ活動し、幅広いジャンルのジャズを深く探究するピアニストである。自己のプロフィール欄に「ポール・ブレイに傾倒」という言葉を載せる関谷の即興音楽への熱意には凄まじいものがある。その一方でデューク・エリントン、セロニアス・モンクの楽曲などを新鮮に弾き、ダイナミックで叙情性豊かなジャズピアノの魅力を伝える実力者の一人でもある。ソロピアノから多人数編成まで、様々なグループに参加。
「うむうむ。」のトリオでは、ダークで冷ややかな音を響かせたり、一気に激しさを増す演奏に突入したりする一方で、穏やかでスローな曲ではリリカルに、ブルースではユーモラスにと、自在に変化する彼女のピアノの音を存分に楽しむことができる。


古山晶子(テナーサックス)
ブログ掲載の略歴より:仙台出身。10歳からサックスをはじめる。高校在学中、安田智彦氏に師事。大阪音楽大学ジャズコースに進学、土岐英史氏、河村英樹氏の両師に師事。在学中からライヴ活動をはじめ、優秀賞にて卒業。

最近参加するジャズ・オーケストラ、ビッグバンド、その他:
Yokoo!BB、茶谷レイ・オーケストラ、グローバルジャズオーケストラ、広瀬未来ジャズオーケストラ、中田博之ジャズオーケストラ(bsで参加)
また、荒崎英一郎(ts)、登 敬三(ts)、武井努(ts)、篠崎雅史(ts)、永田 右京(ts)などテナー・サックス・プレイヤーのみのユニット10 Tenorにも参加。
その他関西での共演者多数。

サックス奏者の古山晶子はジャズ・オーケストラでの活躍で注目を集めるが、本作の1曲目の豪快な吹きっぷりでトリオ「うむうむ。」のセンターに立つ人という印象が一気に強まった。それぞれの楽曲から湧きおこる感情を丁寧に掘り下げ、細やかに描く一方で、大胆な攻めの演奏もしっかり聴かせる。即興重視のトリオの中で、ピアノとドラムの巻き起こす風に乗り、または自ら風を起こし、上昇と下降を楽しむようなプレイが爽快だ。


Album Trailer

アルバム収録曲〈Blood Blues〉(発表時タイトルは〈Fブルース〉)、ライヴ録音
https://youtu.be/kPhmjS59MzM?si=QtNtGUSZMTjAIRBV


定岡弘将(ドラム)についは、ここまでの説明の補足として、彼の過去作についても触れておきたい。
彼が率いるグループ、「セロニアスモンク大学」のセカンドアルバム、2枚組の『SEMODAI 2(2017)』に収録されたオープニング曲〈higan.~EPISTROPHY 4Ver.〉の定岡の歌声からは、彼の日々の本音が聞こえるようだ。アルバムはヴァリエーションに富んだ内容であり、ときには生身の人間の生活感に触れるようでもあり、アコースティック楽器の音、ヴォイス、ノイズなどが登場し、生き生きとした即興が綴られ、定岡弘将の極私的な観察眼からじわじわと奥行きが広がっていくアルバム。本作『ウィーアーうむうむ。』とはかなり異なる作品だが、どちらも定岡流の味わいがある。


<本作について、定岡氏によるアルバム解説より>
古山晶子(ts)、関谷友加里(p)、定岡弘将(ds)というベースレス編成のトリオ、うむうむ。の1stアルバム『ウィーアーうむうむ。』が、5月29日(水)にリリースされます。

初ライヴから5年目にして発表される本作には、2023年11月5日に神戸の聖地と称されることも少なくないライヴスポット「KOBE LIVE SPOT BIG APPLE」でのレコーディング・ライヴから、メンバーそれぞれが作曲したオリジナル曲6曲に、ハンク・ウィリアムスのカヴァー「I’m So Lonesome I Could Cry」を加えた全7曲を収録。フリージャズ然とした混沌とした音の応酬で幕開ける古山作曲の「Blood Blues」や定岡の手による、クセになるフレーズとドラムワーク、タイトルにも遊び心を感じる「John Dickson’s Car」、ピアノが際立つ関谷作曲の情感豊かなスローバラードまで、ベースレスという少し風代りな編成ながら、三者三様の楽曲性や縦横無尽で自由闊達なアンサンブルが魅力の作品に仕上がっています。

本作のレコ発ライヴについて
5月末までで終了したもの:、5月26日(日)姫路「jazz spot Layla」、5月29日(水)神戸「KOBE LIVE SPOT BIG APPLE」、

今後(2024年6月以降)のライヴ予定:
6月18日(火)天満「Jazz Live&Cafe Bamboo Club」
7月15日(祝・月)堺筋本町「聰音 -SATONE-」
8月18日(日)愛知県西尾市吉良町「Jazz Club intelsat」
8月19日(月)三重県四日市市三栄町「JAZZ TAKE 0 [zero]」
10月25日(金)横浜「エアジン」
10月26日(土)下北沢「APOLLO」
関西を飛び出しての公演も決定。詳細は、定岡弘将のオフィシャル・ブログをご確認ください。
http://undermine.seesaa.net/

岡崎凛

岡崎凛 Ring Okazaki 2000年頃から自分のブログなどに音楽記事を書く。その後スロヴァキアの音楽ファンとの交流をきっかけに中欧ジャズやフォークへの関心を強め、2014年にDU BOOKS「中央ヨーロッパ 現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド」でスロヴァキア、ハンガリー、チェコのアルバムを紹介。現在は関西の無料月刊ジャズ情報誌WAY OUT WESTで新譜を紹介中(月に2枚程度)。ピアノトリオ、フリージャズ、ブルースその他、あらゆる良盤に出会うのが楽しみです。

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