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Concerts/Live Shows~No. 201

#280 「東京JAZZ」特集:東京JAZZ CIRCUIT 2010

ネオ屋台村スーパーナイト ジャズ・クルーズ・ノルウェー 2010
アイヴィン・オールセット・グループ
マティアス・アイク・グループ
アーリル・アンダーシェン・トリオ

2010年9月5日@東京国際フォーラム「ネオ屋台村」野外ステージ
reported by 稲岡邦弥/Kenny Inaoka
photo:(c)亀和田良弘/(c)Yoshihiro Kamewada/東京JAZZ事務局

アイヴィン・オールセット/ソニック・コーデックス4:
Eivind Aarset/アイヴィン・オールセット(g)
Audun Erlien/アウドゥン・エアリエン(b)
Wetle Holte/ヴェッレ・ホルテ(ds)
Erland Dahlen/エアラン・ダーレン(ds)

マティアス・アイク5:
Mathias Eick/マティアス・アイク(tp)
Erlend Slettevoll/エアレン・スレッテフォル(p/key)
Torstein Lofthus/トルステイン・ロフトゥス(ds)
Erland Dahlen/エアラン・ダーレン(ds)
Audun Erlien/アウドゥン・エアリエン(b)

アーリル・アンダーシェン(アリルド・アンデルセン)3:
Arild Andersen/アーリル・アンダーシェンakaアリルド・アンデルセン(b)
Tommy Smith/トミー・スミス(ts)
Paolo Vinaccia/パオロ・ヴィナッチア(ds)

サウンド・エンジニア:Sven Persson

その日は青山ブックセンター本店で『ECM catalog』の刊行記念トーク・イベントがあった。トークを実証するかたちで、11月に発売が予定されているDVD『Sounds and Silence』のサワリを上映した。ECMのプロデューサー マンフレート・アイヒャーとECMをステージに創作活動を展開するミュージシャン達を追った“ミュージカル・ロード・ムービー”である。これまで謎に包まれていたECMの創作の秘密の一旦に触れるとともに、遠い存在だったECMのミュージシャンたちがとても身近に感じられるようになった。 前日は、代官山のライヴハウス『晴れたら空に豆まいて』でアリルド・アンデルセンことアーリル・アンダーシェンのトリオを聴いた。40年待ったアーリルの最初の一音がはじき出された時、こみ上げてくるものがあった。アーリルの思いがこもった1音だった。昼間(1時開演)の代官山でジャズを聴く、というのは不思議な体験だった。代官山の駅周辺の佇まいも手伝って、異国の旅先でジャズを聴いているような感覚にとらわれたのだった。
僕自身のECMをめぐる“ミュージカル・ロード・ムービー”は『晴れたら空に豆まいて』から始まっていたといってもいい。

青山でのトーク・イベントが終わったあと、表参道駅地下のフードコートで、メイン会場の取材を依頼した高谷秀司氏と軽食をとりながら2時間ばかり打合せをした。国際フォーラムのネオ屋台村に着いたときは6時を少し廻っていて、テーブル席は満員の観客で埋め尽くされていた。陽は落ちてはいたが風はそよりともせず、立っているだけでじんわりと汗が滲んでくるほど気温と湿度が高かった。飲んだビールが身体を通ってそのまま汗腺から吹き出してきた。
そんな環境の中で「ジャズ・クルーズ・ノルウェー2010」が始まった。ノルウェーのジャズはドイツのレーベルECMと分ち難く存在している。1969年の創立以来ECMを通じて発信されたノルウェーのジャズは、レーベルの発展と共に広く世界の耳目を集めるところとなり、“フューチャー・ジャズ”の象徴的存在となったニルス・ペッター・モルヴェルの『クメール』(ECM1560/1997)が二段ロケットに点火、次なるフェーズに突入したのだった。今回の「クルーズ」は、『クメール』のコア的存在だったギターのアイヴィン・オールセット(1961~)を間に挟み、年代的にはマティアス・アイクtp(1979~)とアーリル・アンダーシェンb(1945~)という新旧のミュージシャン率いるユニットを一堂に集めたノルウェー・ジャズのショーケースを意図したものだった。ノルウェーのミュージシャンやグループはこれまでさまざまな形で来日しているが、新旧3世代のリーダー率いるバンドの演奏をひとつのステージで披露するのはこれが初めてであり、ある意味でノルウェー・ジャズの隆盛を象徴するイベントであるといってよい。そして、キーワードは“ECM”である。

ヘヴィーなツイン・ドラムを従えロック調のギターで登場したアイヴィン・オールセットは、1992年から5年以上をアーリルのバンドで過ごしており、モルヴェルのグループからも独立した現在、自らの「ソニック・コーデックス」を率いてかつてのボスとステージを分けることになった。風体や身のこなしがどことなくヴィジュアル系を彷彿とさせるオールセットは、ギターもハードロック風でありながら決して昂揚し過ぎることなくつねに抑制を利かせ、サステインを活用しながらニュアンスに富んだサウンドスケイプに意を用いているように聴いた。このあたり、先輩のテリエ・リプダルの影響もあるのだろうが、妖しいまでの美を隠し持った音楽性はノルウェーのギタリストに共通した特徴といえよう。

次に登場したトランペットのマティアス・アイクはオールセットよりさらに18  才若く、今年31才の青年である。しかし楽歴はそれなりにあり、2002年録音の『ヤコブ・ヤング/イヴニング・ファールズ』(ECM876)に早くもその名を見つけることができる。リーダーとしてのデビューは2007年録音の『ザ・ドア』(ECM2059)である。メインの楽器はトランペットだが、リーダー作ではギターとヴァイブ、今年のフジロックに出演した「ヤガ・ヤシスト」ではトランペットの他にベースとヴァイブを演奏したという。「クルーズ」ではトランペットの他に披露したのはピアノのみ。アイクもツイン・ドラムを採用しているのだが(エアラン・ダーレンはオールセットと共通)、ツイン・ドラムに主としてエネルギーとダイナミズムを要求したオールセットに対し、アイクはツイン・ドラムの交錯するリズムを重用した。ジャズ・フュージョンのリズムを叩き出すツイン・ドラムから時としてファンキーなグルーヴが醸し出されるのだが、アイクの艶やかなトランペットからはロングトーンを多用したこれもサウンドスケイプ的な世界が描き出されていった。クリフォード・ブラウンとチェット・ベイカーがアイドルというアイクのこのバンドでの狙いは、メロディアスなトランペットと刻々と表情を変えるツイン・ドラムとのコントラストにあるのだろう。このバンドで録音したという来年2月にリリースされる新作『Skala』(ECM218)が楽しみなところ。

トリを務めたのはノルウェー・ジャズ界のビッグ・フォーのひとりアーリル・アンダーシェンのトリオ。前日の『晴れたら空に豆まいて』でも先に上がった
アイクのバンドのメンバーが客席で食い入るように聴き入っていたし、当夜はインタヴューの終了を待ちかねてアイクが聴きに走った。アーリルのトリオはそれほど充実していたし、何より個々のミュージシャンの確信に満ちた演奏が見事だった。アーリルは楽器そのものをも含めてベースを完全に手中のものとしており、ベースを独奏楽器として100%意のままにまた楽しげに操った。ゲイリー・バートンvibの『ウイズ・キッズ』(ECM1329/1986)で小曽根真pと共にデビューしたトミー・スミスtsだったが、その後確実な成長を遂げており、両日の演奏は、キレのある音色、スピード感、イマジナティヴなソロ、どれをとっても文句なく、マイケル・ブレッカーtsを継ぐのはトミー・スミスか、とさえ思わせる素晴らしさだった。スコットランド出身のトミーは、今後ますます注目すべき存在となるに違いない。ヨーロッパを中心に活動しているためニュース・ソースが限られているが目が離せない存在になりそうである。そのトミーに縦横無尽な演奏を可能にさせているのが、ピアノレスというコンセプトであり、アンダーシェンのベースとヴィナッチアのドラムスである。ヴィナッチアはフィレンツェ近郊の生まれだが、ノルウェーに移住して20数年、アンダーシェンお気に入りのドラムスである。リズムをキープするタイプではなく、極言するとアクセントだけで勝負しているのだが、アクセントのタイミングを程よく変えて非常に大きな宇宙を現出させる。最小のビートでタンゴを感じさせる。トミーもアンダーシェンもリズムに縛られることなく自由なグルーヴでソロを展開することができる。もちろん、キメに寸分の狂いがあろうはずがない。彼らの『ライヴ・アット・ベルヴィル』(ECM2078/2007)が2009年のフランスのジャズ専門誌2誌で「年間ベスト・アルバム」に選出されている事実を充分追体験することができる演奏だった。

なお、アンダーシェンはシーケンサーでリフやオブリガートを巧みに活用していたが、深いリバーヴと共に大胆な音を設計していたのだが、同行してきたベテランのミキサー スヴェン・ペルッソンである。スヴェンは3つのユニットを連続して面倒みていたが、アンダーシェンが指摘するように30分という短いチェンジの間にそれぞれのバンドの特徴を生かした音作りをできるのは彼を措いて他にはいない、と思わせる出来だった。

*アイクとアンダーシェンについては、彼らのインタヴューを併読下さい。アンダーシェンのインタヴューは前後2回に分け、近々、掲載いたします。

♪ マティアス・マイク:インタヴュー
http://www.jazztokyo.com/interview/interview084.html

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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