#1059 ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018 〜 モンド・ヌーヴォー 新しい世界へ
ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018〜モンド・ヌーヴォー 新しい世界へ
La Folle Journée TOKYO 2018 “Un Monde Nouveau”
2018年5月3日〜5日
丸ノ内・東京国際フォーラム Tokyo International Forum / Photo by © teamMiura チーム三浦
池袋・東京芸術劇場 Tokyo Metropolitan Theater / Photo by © Jumpei Osugi大杉隼平
Text by Hideo Kanno 神野秀雄
2005年に始まり14回目を迎えた日本最大級のクラシック音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ」(LFJ)。GWの丸ノ内の風物詩として定着していたが、2018年は大きな動きがあった。「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」から「ラ・フォル・ジュルネTOKYO」へ改名し、会場として東京国際フォーラムに東京芸術劇場(池袋)が加わり、主催が株式会社東京国際フォーラムから「ラ・フォル・ジュルネTOKYO 2018 運営委員会(株式会社KAJIMOTO / 株式会社東京国際フォーラム / 豊島区 / 三菱地所株式会社)」へ移行した。有料公演は、2017年の122公演、アーチスト1,050人から、丸ノ内125公演、池袋53公演、アーチスト1,080人へと公演数が大きく増えた(本家ナントでは275有料公演)。その背景を念頭に置きつつ、新生LFJの各公演を追ってみたい。
LFJの2018年テーマは「Un Monde Nouveau新しい世界へ」。2014年にそれまでの作曲家によるテーマを止めて、コンセプトによるテーマを今後4年分決めた際には「Exile(エグズィル)」つまり「亡命」となっていた。音楽家が生命と自由の危機にあって、やむを得ず新しい土地へ向い新たな創作活動で生まれた音楽の数々。しかし、この4年の間に状況が変わり。ISの台頭を経て混乱を極める中東、シリア難民、ロヒンギャ難民など、亡命がリアルタイムに深刻な問題となったため、テーマをネガティヴに感じられたり、政治的メッセージと受け取られるのを回避し「新しい世界へ」に変えた。LFJを聴き終えると、やはり「亡命」が根底にあり、計り知れない絶望と恐怖と希望の中で音楽家が何を決断し、意図しない移動で予期しない音楽が生まれたのか、「亡命」を意識して聴くと感じるところの多いプログラムだった。
<<公演番号の表記>>
Mxxx 丸ノ内・東京国際フォーラム
Txxx 豊島区・東京芸術劇場
Nxxx ナント
※演目表記に複数の言語が混在していること、また、プログラム上の演目と実際が食い違った場合、またアンコール曲名を追い切れていない場合があることをお許しいただきたい。
M146 5/3 19:30-20:15 東京国際フォーラム ホールC
(N090 2/2 17:30-18:15 Auditorium Stefan Zweig)
Anne Queffélec アンヌ・ケフェレック piano
Sinfonia Varsovia シンフォニア・ヴァルソヴィア
Lio Kuokman リオ・クォクマン Direction
パイグナツィ・ヤン・パデレフスキ:序曲
ベーラ・バルトーク<ピアノ協奏曲第3番 ホ長調 Sz. 119, BB 127>(1945)
EC: ヘンデル/ケンプ:ソナタ ト短調 HWV434
Ignacy Jan Paderewski: Overture
Béla Bartók: Piano Concerto No. 3 in E Major, Sz. 119, BB 127 (1945)
EC: Handel / Kempff: Suite for Keyboard in G minor HWV434
ロックとジャズを愛し、バンドでドラムを叩いていた16歳のルネ・マルタンがクラシックに関心を持ったきっかけは、チャールズ・ミンガスの伝記を読み、チャールズが晩年、ベーラ・バルトーク(1881-1945)に傾倒して<弦楽四重奏曲>を聴いていたことに関心を持ったことだという。そこからさまざまな作曲家の音楽を聴き、音楽院への進学を決める。ルネが「亡命」「新しい世界へ」を決めた出発点には、バルトークのアメリカ亡命、それを象徴する一曲<ピアノ協奏曲第3番>があったことと思う。白血病と闘いながら書き進め、ニューヨークのコロンバスサークル近くのアパート(309 West 57th Street, New York)を1944年9月22日に出て入院する前に弟子に最後の17小節の小節線を書かせ、未完のまま、9月26日に死去。個人的に世にあるピアノ協奏曲でいちばん好きな曲(『Keith Jarrett Samuel Barbar / Bela Bartók / Keith Jarrett』(ECM NS2445)も参照されたい)を、大好きなアンヌ・ケフェレックのピアノで、ナントと丸ノ内の2回聴くことができ、ルネに心から感謝したい。アンヌとバルトークというのは意外性もあるが、アンヌの透明感のある音色が第3番に凄く合っていて鳥肌が立つような演奏。第2楽章の美しさはもちろんだが、第3楽章のダイナミックな演奏も素晴らしかった。
M161 5/3 09:45-10:30 東京国際フォーラム G409
Akane Sakai 酒井 茜
バルトーク:ルーマニア民俗舞曲
バルトーク:組曲 op.14
ヴァインベルク:子どもの雑記帳第1集 op.16
クライスラー(ラフマニノフ編):愛の悲しみ
ラフマニノフ : 前奏曲集から op.32-12, op.23-5
ラフマニノフ:音の絵 op.34-9
Bartók : Romanian Folk Dances
Bartók : Suite op. 14
Weinberg : Children’s note book op. 16
Kreisler/Rachmaninoff: Libeslaid
Rachmaninoff: Preludes op.32-12
Rachmaninoff: Preludes op.23-5
Rachmaninoff: Études-Tableaux op.39-4
IMG_2206Sakai_Akane_Hideo_Kanno IMG_2204G509
名古屋出身でブリュッセル在住のピアニスト酒井 茜のバルトークとラフマニノフを中心にしたプログラム。また、クライスラーとミェチスワフも取り上げていて、クライスラー(1875-1962)はユダヤ系オーストリア人でアメリカへ亡命。ミェチスワフ・ヴァインベルク(1919-1996)は、ユダヤ系ポーランド人でソ連に亡命するが、スターリン時代に不遇の時代を送り、その死とともに名誉回復する。酒井はこの領域の作品に取り組んで来ており、作曲家の境遇に迫り、素晴らしい魂の込められたピアノの演奏を聴くことができた。こういう演奏を聴くと、マルタ・アルゲリッチやギドン・クレーメルから評価されているのを納得する。
M233 5/4 14:00-45 東京国際フォーラム Hall B5
(T321 5/5 10:00-45 東京芸術劇場 Theater East
N173 2/3 09:15-10:00 Salle Vladimir Nabokov)
L+R: La Folle Journee de Nantes © Hideo Kanno
Anne Queffelec アンヌ・ケフェレック, Piano
J.Sバッハ(ブゾーニ編):コラール前奏曲「来たれ、異教徒の救い主よ」
マルチェッロ(J.Sバッハ編):アダージョ(オーボエ協奏曲より)
ヴィヴァルディ(J.Sバッハ編):ラルゴ(オルガン協奏曲より)
BWV596
ヘンデル(ケンプ編):メヌエット
J.Sバッハ(ヘス編):コラール「主よ、人の望みの喜びよ」
スカルラッティ:ソナタ K.145, K.32, K.27, K.531
ヘンデル:シャコンヌ HWV435
Bach/Busoni: Prelude de choral “Nun komm, der Heiden Heiland BWV659a
Marcello/Bach: Adagio du Concerto pour hautbois en re mineur
Viavaldi/Bach: Adagio du Concerto pour organ en re mineur BWV596
Haendel / Kempff: Menuet en sol mineur HWV434
Bach / Hess: Jess meine Freunde, extrait de la Cantate BWV147
Scarlatti: Sonates K.145, K.32, K.27, K.531
Haendel: Chaconne en sol majeur HWV435
バッハの曲と、バッハが編曲した同時代の曲を特集したプログラム。これにヘンデルとスカルラッティが加わるが、この3人は1685年生まれという全くの同時代を生きた。アンヌの透明感のある音と繊細なタッチから紡ぎ出される響きに会場が聴き入っているのが印象的だった。
Anne Queffélec / Bach & Händel Concert at Amsterdam, 2013
T212 5/4 13:15-14:00 東京芸術劇場コンサートホール Tokyo Metropolitan Theater
シエナ・ウインド・オーケストラ Sienna Wind Orchestra
挾間美帆 Miho Hazama: Composer, Arranger, Conductor
佐藤浩一 Koichi Sato piano
吉峯勇二郎 Yujiro Yoshimine bass
伊吹文裕 Fumihiro Ibuki drums
Hazama : The Age of Discovery (commissioned by Yamaha Symphonic Band)
挾間美帆:大航海時代(ヤマハ吹奏楽団委嘱作品)
Hancock / Hazama : Maiden Voyage (Wind Orchestra version – World Premier)
ハンコック/挾間美帆編:処女航海(吹奏楽版・世界初演)
Maiden Voyage
The Eye of the Hurricane
Little One
Survival of the Fittest
Dolphin Dance
ニューヨークを拠点の一つにヨーロッパを含む世界への快進撃が止まらない”ジャズ作曲家“挾間美帆。ハービー・ハンコックのアルバム<処女航海>全編をアレンジした<処女航海 組曲>を吹奏楽版で演奏。<大航海時代>と<処女航海>のハーモニーとその移り変わりの美しさ、それが昔馴染んだ吹奏楽編成から生まれて来るのがとても印象的だった。また、吹奏楽編成に徹した2017年に対して、ピアノの逸材、佐藤浩一をふくむピアノトリオが参加しており、明確にジャズ的サウンドのシャープさを維持していて、またコンサートホールにおけるコンチェルト的な響きとしても楽しめるタイミングもあった。なお、ビッグバンド版は、国際ジャズディのJazz Auditoria 2017で演奏されている。
広瀬悦子 Etsuko Hirose piano
セルゲイ・リャプノフ:12の超絶技巧練習曲 op.11から
子守歌、鐘、叙事詩、エオリアン・ハープ、レズギンカ、
エレジー~フランツ・リストを偲んで
EC) チャイコフスキー / プレトニョフ くるみ割り人形 より 金平糖の踊り
Sergei Lyapunov : 12 Transcendental Etudes op. 11
Carillon, Berceuse, Chant épique, Harpes éoliennes, Lesghinka,
Élégie en mémoire de F. Liszt
EC) Tchaikovsky / Pletnev : Danse de la Fée-Dragée from “The Nutcracker”
本家ナントのラ・フォル・ジュルネで驚くことのひとつは、パリを拠点に活躍する広瀬悦子のピアノソロ公演での観客の凄く熱い拍手と熱狂ぶり。東京で聴いたのは、セルゲイ・リャプノフ(1859-1927)の<12の超絶技巧練習曲>。最近アルバム(Mirare MIR390 / キングインターナショナル)をリリースしたばかりでもあり、ロシアからパリへ亡命した作曲家のひとりなので「Exile(亡命)」転じて「新しい世界へ」にぴったり来るテーマだ。リストの追悼として作られ、もともとリストが全調性で24曲作るつもりで12曲で終った「超絶技巧練習曲」の残り12曲をひきつぐ意図で始められものだという。恥ずかしながらリャプノフを知らなかったが、広瀬の巧みな表現力で、透明感があり色彩に溢れてメロディックで、超絶を超絶と感じさせない美しさと聴き易さの中に演奏しているのがとても印象的だった。
広瀬はその透明感のある世界を描きながら、何か心の奥底を掻き立てるスピリチュアルでもあり、真っすぐでもある、気持ちのよいエネルギーが伝わった。聴き易いと感じるのも超絶な音楽に対してピアノを正確に演奏し、的確にピアノを鳴らしているからだと思う。これがナントでもリピートしてしまう、地元の人、ヨーロッパの聴衆が病みつきになるポイントではないかと思う。
Sergei Lyapunov : 12 Transcendental Etudes op. 11
M236/M237 5/2 19:30, 21:00, 東京国際フォーラム Hall B5
(N228/N229 2/3 18:45, 20:30, CIC Ouest, Nantes)
Luis Fernando Perez ルイス・フェルナンド・ペレス Piano
イサーク・アルベニス (1860-1909): 組曲<イベリア>, 4巻 12の新しい印象, B47 (1905-1908)
Isaac Albéniz: Iberia, 12 nouvelles impresiones en cuatro cahiers, B47 (1905-1908)
第1巻 Cuaderno 1
エボカシオン Evocación
港 El Puerto
セビリアの聖体祭 Corpus-Chrisi en Sevilla
第2巻 Cuaderno 2
ロンデーニャ Rondeña
アルメーリア Almeria
トゥリアーナ Triana
第3巻 Cuaderno 3
エル・アルバイシン El Albaicin
エル・ポロ El Polo
ラバピエース Lavapiés
第4巻 Cuaderno 4
マラガ Málaga
ヘレス Jerez
エリターニャ Eritaña
フレデリック・モンポウ(1893-1987):「子供の情景」から「庭の乙女たち」
Frederic Mompou Dencausse : Scènes d’enfants “Jeunes filles au jardin”
アントニオ・ソレール(1729-1783):ソナタ 二短調
Antonio Soler: Sonata D minor
ルイス・フェルナンド・ペレスは、1977年、マドリッド生まれ。レイナ・ソフィア・シニア音楽学校を経て、ケルン音楽大学でジャン・フィリップ・エマールに師事。最近のラ・フォル・ジュルネ(LFJ)での常連ピアニストのひとりだ。大胆かつ繊細の演奏に、そしてその笑顔と人柄とともに多くのファンを持つ。
<イベリア:12の新しい印象>は、カタルーニャのフランス国境近くに生まれた作曲家イサーク・アルベニス(1860-1909)の晩年を代表するピアノ組曲であり遺作。同世代のドビュッシーが絶讃したと言うが、ドビュッシーやラヴェルがスペインにインスパイアされて名曲を残し、アルベニスにも共通する響きを感じるものの、芯となるスペイン魂の発現ではアルベニスを超えられない。また、<イベリア>がギターに編曲され好んで演奏されるということは、ピアノでスペインを描く難しさの表れでもある。LFJ 2018のテーマは「モンド・ヌーヴォー 新しい世界へ」(原案では「亡命」)なので、スペインに生まれ、パリに居を定めて活躍したアルベニスが取り上げられた。LFJナントでは、2月3日にナント国際会議場のお向かいの建物のCIC Ouestで全曲演奏が行われた。東京のLFJ 2013でも<イベリア>全曲演奏している。また、<イベリア>、<ナバーラ>の録音によりアルベニス・メダルを授与されている。
アルベニスが亡くなる前の数年間に遥か故郷スペインを想い渾身で書き上げた傑作であり、ピアニストにとっての難曲である<イベリア>。そこに描き込まれたアンダルシアやマドリッドの空気感と色彩を巧みに、多様に表現するの力量、ダイナミックレンジの広さと、溢れ出るグルーヴ、繊細さと大胆さを兼ね備え、情熱と力強さに溢れた演奏に圧倒された。イベリアの大地が持ち、人々が育んで来た魂、ヴァイブレーションのようなものが演奏からダイレクトに伝わるような特別な体験だった。
ピアニストが燃え尽きるような全曲演奏の後、アンコールで演奏されたモンポウの美しいハーモニーと輝くような音色のつくりだす世界に包まれる。そして、ダブルアンコールは、ソレールのソナタで快活でありながら安らぎを覚える演奏で締め括った。
T335 5/5 18:45-19:30 東京芸術劇場 Theater West
Slide Monsters スライドモンスター
中川英二郎 Eijiro Nakagawa
ジョゼフ・アレッシJoseph Alessi
マーシャル・ギルクス Marshall Gilkes
ブラント・アテマ Brandt Attema
Florian Magnus Maier: Abyssos
Toshiyuki Honda: Geometric Apple
Marshall Gilkes: Coalescence
Eijiro Nakagawa: Trisense
Eijiro Nakagawa: Slide Monster Blues
中川英二郎と、ニューヨーク・フィルハーモニック首席トロンボーン奏者ジョゼフ・アレッシが、トロンボーンのスーパースターを結集した新ユニット「Slide Monsters (スライド・モンスターズ)」を結成した。ニューヨークのジャズシーンを代表するトロンボーン奏者マーシャル・ギルクスと、オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団バストロンボーン奏者ブラント・アテマの4人となる。
中川はファーストコールのトロンボーン奏者であり、ジャズ、クラシック、J-Popsをはじめジャンルを超えさまざまなプロジェクトで活躍し、テレビから聴こえるトロンボーンの音の7割は中川とも言われている。2018年1月にアルバム『Slide Monsters』をニューヨーク・ブルックリンで録音。このLFJ池袋での演奏がワールドプレミアとなり、技巧的に凄いだけではなく、オリジナルな音楽の数々を披露し、観客を”熱狂”の渦に巻き込んだ。また薄暗い静寂の空間で、4人の音の線が絡まり離れノイズを伴いながら音楽が浮かび上がって来る瞬間には、作曲家・細川俊夫が言う「沈黙のキャンヴァスに線で音楽を描いていく」書道的な感覚を連想させた。この後、5月13日まで日本各地でコンサートとワークショップを行った。この豪華過ぎるメンツが揃うチャンスはなかなかないが、欧米での活躍にも期待したい。
Slide Monsters / Trisense
M327 5/5 21:15 東京国際フォーラム ホールB7
児玉桃 & 広瀬悦子 Momo Kodama & Etsuko Hirose: Piano
ドヴォルザーク:スラヴ舞曲 第1、3、8番
ストラヴィンスキー: 春の祭典(2台ピアノ版)
チャイコフスキー:眠れる森の美女 より アダージョ パ・ダクシオン (ラフマニノフ編曲)
Dvořák : Slavonic Dance
Stravinsky : The rite of spring for two pianos
Tchaikovsky / Rachmaninov: The Sleeping Beauty: II. Adagio – Pas d’action
LFJ2018で聴いた最後の演奏が、パリ在住でナントでも常連の児玉桃と広瀬悦子の共演。裏番組がフィナーレ・コンサートだがこのコンサートを聴き逃す訳にはいかない。児玉は、マンフレート・アイヒャーに対するクラシック・プロデューサー賞として、『Point and Line』(ECM NS2509)が2017年グラミー賞ノミネートとなっていたし、広瀬も『セルゲイ・リャプノフ:12の超絶技巧練習曲』という素晴らしいアルバムをリリースしたばかり。なお、LFJ2018で児玉のソロ公演がなかったのは残念だ。ふたりともヨーロッパで高く評価されているだけに、表現力の高さ、音楽の本質への理解の高さに裏打ちされた正確で深い表現、繊細でダイナミックな演奏で、難曲を感動的に弾き切った。アンコールにはチャイコフスキー<眠れる森の美女>からの一曲を優美に華麗に弾き、熱狂の日を穏やかに締め括った。
丸ノ内と池袋の2カ所にエリアを広げたLFJ2018を数字で見てみよう。2018年開催結果報告(PDF)によると、来場者総数のべ432,000人、有料チケット総数182,007枚に対しチケット販売数119,177枚、販売率65.5%。2017年開催結果報告(PDF)では、来場者総数のべ422,000人、有料チケット総数141,574枚に対してチケット販売数115,778枚、販売率81.8%。チケットが29%増えたのに対して、販売数は3%増に留まる。実際は多数の公演が完売となり、東京国際フォーラムホールAなどに大きく残席が出たという実態があったので、総合的な数字に関わらず一定の成功を収めたと思う。
エリア拡大とともに東京国際フォーラムの主催から4者の共同開催に変わった中で、プロモーションやプログラム、果ては屋台村まで、これまで以上に意欲的な取り組みを感じた。池袋では、東京芸術劇場コンサートホール(1,999名)を活用できたことは大きかったし、演劇に使われることが多いシアターウエスト(最大270名)、シアターイースト(最大324名)も適度の距離感でよいコミュニケーションを作っていた。ただ個人的に期待していた西口広場ステージでの「熱狂」は起こらなかった。大友良英らが聴衆から通行人までを巻き込んだ「熱狂」を何度も見た特別な空間だ。池袋は西武線、東武線沿線、豊島区から埼玉県から以北に向けても強力なゲートウェイであり、これまでにない幅広い層の集客も期待された。ルネ・マルタンはむしろ、丸ノ内に親しみを持つ層と、池袋に親しみを持つ層が、相互に行き来することを期待すると発表時に語っていた。東京国際フォーラムと東京芸術劇場は地下鉄と地下道で完全に直結する特別な位置にあったが、ただ希望のプログラムをはしごするために移動を余儀なくされるには面倒という声もあった。運営側も、アーチストの移動などでの負担も想像に難くない。
いずれにせよ、今回の動きは、東京での開催14年目にして、イベントの在り方や運営を見直す貴重な経験値となったと思うし、活性化された点が大きかった。そのフィードバックが活かされた、新たな「熱狂の日」を楽しみにしたい。
【JT関連リンク】
悠 雅彦:悠々自適 #80 「ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018」聴きある記
「ラ・フォル・ジュルネ2018〜モンド・ヌーヴォー 新しい世界へ」ナントのレポートとTOKYOのみどころ