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Concerts/Live ShowsNo. 252

#1066 3/13 上野 de クラシックVol.26 ノ・ヒソン(ピアノ)

text by Masahiko Yuh 悠 雅彦

上野 de クラシック Vol.26 ノ・ヒソン
2019年3月13日 水曜日 11:00~12:00   東京文化会館(小ホール)

ノ・ヒソン(ピアノ)

1.クライスレリアーナ  op. 16 (シューマン)
第1曲 ニ短調 激しく躍動して
第2曲 変ロ長調 心をこめて速すぎずに
第3曲 ト短調 激しく駆り立てられて
第4曲 変ロ長調 きわめて遅く
第5曲 ト短調 非常に生き生きと
第6曲 変ロ長調 きわめて遅く
第7曲 ハ短調 非常に速く
第8曲 ト短調 速くそして遊び心をもって

2.ピアノ・ソナタ第2番 嬰ト短調  op. 19 「幻想ソナタ」(スクリャービン)
3.ピアノ・ソナタ第3番  op. 28 「古い手帳から」(プロコフィエフ)


才能ある若い音楽家は今日、少しも珍しくはなくなった。ちょっとばかり注目したって、次の瞬間にはそれ以上に注目すべき新鋭が出現する今日では、ほんの少し際立ったぐらいの才能に驚いてはいられない。だが、韓国出身のこのピアニストは、あたかも開け放たれた窓外の新鮮な空気と、それが運んでくる自然の心地よい香りを、表情豊かな音に乗せて生き生きとしたタッチとともに運んできた。なるほど彼が東京音楽コンクール(第15回)のピアノ部門で第1位を獲得したその大会で、”聴衆賞” にも輝いた理由がよく分かった。聴衆の耳に強くアピールする”生きた” 音を弾き出していたからだ。その意味で、これほど強く心を掴んで放さないシューマンの、妻クララへの愛情ほとばしる「クライスレリアーナ」を、実に久しぶりに聴いて感激した。曲によってはいささか荒っぽいタッチが気になるところがなくはない。そのせいでときにピアノのトーンの混濁感を生むのだが、それを上回る音の生きの良さ、情感の自然な発露が、聴く者を実に気持ちよくエキサイトさせるのだ。聴衆を自分の領域に引っ張りこむのもひとつの技術。聴衆賞の番外票に私も1票を投じたい気分でいる。

紹介文によれば、1998年韓国の蔚山(ウルサン)生まれというから、20歳になったばかりの最新鋭。スタインウェイ音楽コンクール(第2回)でも第1位に輝いた彼は、現在ソウル大学2年に在学中とか。恐らく卒業後は世界という舞台で活躍し、大きな注目を浴びるのではないかと期待する。この演奏会は<上野  de  クラシック>と銘打ち、東京文化会館がホールを有効活用する一環として催している、知られざる若い有能な新鋭を世に紹介するいわばスペシャル・コンサート。今回は東京音楽コンクール入賞者に焦点を当て、1月のアレッサンドロ・べヴェラリ(クラリネット)、2月前半のコハーン・イシュトヴァーン(クラリネット)、石亀協子(ヴァイオリン)、鈴村大樹(ヴィオラ)、2月後半の荒井里桜(ヴァイオリン)、そして今回のノ・ヒソンと、有能な新鋭が紹介されてきた。この日も午前11時から1時間という時間制約にもかかわらず、熱心なファンが多数詰めかけて熱い拍手を送った。

スクリャービンとプロコフィエフのソナタはどちらも演奏される機会は決して多くはない。だが、ここでも作品に取り組むノ・ヒソンのひたむきな姿勢は一貫しており、情熱を内に秘めた若きピアニストの一途な姿勢が1音に凝縮されて、そこからあたかも黄金色に輝く稲穂の波を思わせる色彩美を生み出したように見えて新たな感動を覚えた。10 曲ほどのソナタの中でも 「白ミサ」や「黒ミサ」とはまた一味違ったロマンティックなファンタズムを精力的に引き出し、プロコフィエフ作品でも後期のソナタとは一味違うフレッシュな味わい深さを引き出したピアニストとしての高度な能力を発揮し、聴衆に深い感銘を与えることに成功した。これだけの充実した演奏がわずか500円で楽しめるとは。今後も<上野  de  クラシック>に注目したいと思う。

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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