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Concerts/Live ShowsNo. 255

#1080 日本フィルハーモニー交響楽団の二つのコンサートより
「日本・フィンランド外交関係樹立100周年記念公演」

text by Masahiko Yuh  悠 雅彦

1.2019年6月8日(土曜日)14:00   サントリーホール
 シベリウス讃~ミッドナイト・サン~(湯浅譲二)
ヴァイオリン協奏曲(エサ・ペッカ・サロネン)
組曲『レンミンカイネン』~4つの伝説~(シベリウス)

日本フィルハーモニー交響楽団
ピエタリ・インキネン(指揮)
諏訪内晶子(ヴァイオリン)
白井圭(ゲスト・コンサートマスター)
菊地知也(ソロ・チェロ)

 

 

 

 

2.2019年6月16日(日曜日)14:00 サントリーホール
交響詩『フィンランディア』op. 26   (シベリウス)
ヴァイオリン協奏曲ニ短調 op. 47 (シベリウス)
交響曲第9番ホ短調 op. 95 『新世界より』(ドヴォルザーク)
日本フィルハーモニー交響楽団
ピエタリ・インキネン(指揮)
ペッカ・クーシスト(ヴァイオリン)
白井圭(ゲスト・コンサートマスター)
菊地知也(ソロ・チェロ)

 

 

 

 

 

いつだったか、日本フィルハーモニー交響楽団(以下、日本フィル)の定期演奏会でその指揮ぶりに接して以来、私はピエタリ・インキネンという指揮者に注目するようになった。好感を抱くようになったという言い方の方が正確かもしれない。彼が日本フィルの首席指揮者に昇格したのが2016年だそうだから、その直前の演奏会ではなかったかと記憶する。フィンランド出身の指揮者と聞いて、そのときに振ったシベリウスの交響曲の響きが生むしごく爽やかな清涼感と温もりが、北欧の大自然の大らかさと一体のものであることを初めて教えられたような気がしたものだった。そのインキネンが彼の最も敬愛する母国の大作曲家ヤン(ジャン)・シベリウスの作品を基調にしたプログラムで、<日本・フィンランド外交関係樹立100周年記念公演>と銘打ったコンサートをサントリーホールで催した。そのうちの2公演を紹介する。

日本フィルがシベリウスをはじめとするフィンランドの作曲家や、いわゆる北欧の作曲家の作品を積極的に演奏してきたのには訳がある。日本フィルが名乗りをあげたのは1956年であるが、その創設に尽力し、初代の常任指揮者に就任したのが渡邊暁雄(1919~1990)だ。実は渡邊の母親はフィンランドの声楽家で、彼自身も幼少のころはフィンランドで暮らしたこともあって縁が深く、82年にヘルシンキ・フィルの来日公演でタクトを振ったのも渡邊暁雄その人であり、世界で初めてシベリウスの全交響曲の録音を完成させたのも彼ならではの快挙だった。インキネンが生前の渡邉暁雄を知るはずはないだろうが、北欧の、とりわけフィンランドの音楽に愛情を注ぎ込んだ彼の偉業に最大の敬意を払っているだろうことは改めて言うまでもないだろう。そんなわけで今回の<日本・フィンランド外交関係樹立100周年記念公演>が、同時に<渡邉暁雄生誕100周年記念演奏会>を謳っていることを心に留めて、お聴きいただいた方々が少なくなかったように見えた。

もし渡邉暁雄が存命していたら、孫弟子ともいえるインキネンにさぞ大きな期待をかけたことだろう。シベリウス音楽院で学んだインキネンは1980年4月29日生まれ。現在39歳の彼は2021年シーズンまで日本フィルの首席指揮者としての地位が約束されており、指揮者としては今後の精進と活躍次第で当代を代表する期待の1人となることは間違いない。

まずは6月8日のコンサートから。諏訪内晶子がソロを弾いたサロネンのヴァイオリン協奏曲は、ほぼ10年前にロスで初演された作曲者の代表曲といっていい1曲で、この日ソロイストをつとめた諏訪内はキレのいい音色を自在に駆使した奏法で、第1楽章「ミラージュ」(蜃気楼)、第2楽章「パルス1」、第3楽章「パルスⅡ」、第4楽章「アデュー」を約30分にわたって熱演した。サロネンといえば指揮者として名が通っていることが返って災いになりかねないと危惧したくなるほどの素晴らしいコンチェルトだった。諏訪内の情熱を極力コントロールした冷静な演奏が、彫りの深い曲のイメージを詩的に高め、聴くものに心地よさを覚えさせる音響的なスリルを喚起した点でも、作曲家サロネンの魅力的な自画像とでもいいたい魅力を感じさせる作品だった。なにより諏訪内晶子の理知的な好演を讃えたい。

冒頭で演奏された『ミッドナイト・サン』は、1990年のシベリウス生誕125周年を記念する<シベリウス讃>の一環として委嘱された湯浅譲二の作品で、翌91年5月にヘルシンキで初演された。いわゆる白夜の太陽の厳かな驚きを簡潔な書法で描いた7分ほどの作品で、白夜の不思議をオーケストラ化した湯浅のシベリウス讃をインキネンと日本フィルが静寂の響きを通して再現した。ストリングスとヴァイブと打楽器が織りなす白夜のファンタジー。この日は作曲者の湯浅夫妻も前の方の席で鑑賞され、舞台上に引っ張り出された90歳の氏に大きな拍手が贈られたのが印象深かった。

8日後の日曜日。『名曲コンサート』を謳ったこの日は日曜日ともあって、(1)を上回る入り(事務局の話では8日が80パーセント弱。この日は80パーセントを上回る入りだったそうだ)。前半がシベリウスの代表的名曲が2つに、後半が「新世界」。日曜日でこの曲目だったら8割強の入りは当然だろう。私が注目したのはヴァイオリンのペッカ・クーシスト。北欧では名うての独奏者で、私がたまたま聴いたプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番での技巧の冴えは出色だった。1976年生まれ(10月7日)というから43歳。もはや若手とはいえない年齢だが、彼が母国の大作曲家シベリウスのVコンを演奏するとなれば、これは聴き逃せない。自国の誇る大作曲家の名ヴァイオリン協奏曲、恐らく何度となく演奏したこの名品を彼は、あたかも母国のよく知られた童謡でも演奏するかのように、気持ちを弾ませながら、しかも楽しげに弾いた。演奏を終え、聴衆の大きな拍手と歓声を浴びながら、無伴奏で演奏したアンコール曲がまた良かった。バッハの「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番」の「メヌエット」を、自国フィンランドのフォークソング「メヌエット」とクロスオーバーさせながら、まるで音楽好きのいたずらっ子がはしゃぎまわるような演奏を披露して喝采を浴びたのである。

最後は、ドヴォルザーク(ドヴォルジャーク)の「新世界」。大して期待していなかったせいか、あるいはインキネンの真面目な性格ゆえか、想像を超える素敵な「新世界」で、予想外の聴きものだった。そして、最後はアンコール曲。むろん言わずもがな、シベリウスの「悲しき円舞曲(ワルツ)」。この小さい哀愁のメロディーにピエタリ・インキネンのタクトが優しく寄り添った。(2019年6月20日記)

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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