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Concerts/Live ShowsNo. 257

#1095 侍BRASS 2019 《元年》

text by Masahiko Yuh 悠 雅彦

2019年8月25日[日]15:00
東京オペラシティ コンサートホール

侍BRASS:
中川英二郎(トロンボーン / 楽団長)
エリック・ミヤシロ/本間千也/澤田真人/オッタビアーノ・クリストーフォリ(トランペット)
森 博文(ホルン)
野々下興一(バス・トロンボーン)
齋藤 充(ユーフォニアム)
次田心平(テューバ)
岩瀬立飛(パーカッション)

[第一部]
中川英二郎:令和
西下航平:《ええじゃないか》のリズムによるパラフレーズ
石川亮太:村人の歌による狂詩曲
高橋宏樹:幻想曲《この道》
中川英二郎:葉隠(はがくれ)

[第二部]
ガーシュウィン(高橋宏樹 編曲)ラプソディ・イン・ブルー
アルフレッド・リード(高橋宏樹 編曲)エル・カミーノ・レアル
リムスキー=コルサコフ(中川英二郎 編曲):熊蜂の飛行
奥居 香(中川英二郎 編曲):Diamonds
ジョー・サンプル(エリック・ミヤシロ編曲):バードランド

アンコール:
和泉宏隆(エリック・ミヤシロ編曲):オーメンズ・オブ・ラブ
石川亮太:一期一振


しばらくご無沙汰していた侍BRASSのステージを久しぶりに拝見(拝聴)した。大方のメンバーが私には初めてだったところから見ると、私がいかに長らくご無沙汰していたかがうかがえていささか愕然とした。そういえば、岩瀬立飛のプレイを目にするのも侍BRASSでは初めてのような気がして心が騒いだ。
プログラムには<2019《元年》>とある。むろんこの2019年の5月1日をもって日本の新時代が始まったことを、侍BRASSも祝福しようとコンサート・タイトルに込めたのだろう。
そんなことよりしばらく目を離しているうちに、侍BRASSにもメンバーの変遷のみならず演奏スタイル等に変化が現れ始めたことがうかがえて興味深かった。それは冒頭でも触れた新メンバーが演奏の中核を占め、昨今のブラス演奏人気とも相まって、アンサンブルそのものにかつてない精気と覇気(力強さ)がみなぎるようになった、ということだ。加えて、かつて日本フィルハーモニー交響楽団の1員でもあったイタリア出身のトランペット奏者オッタビアーノ・クリストフォリが加入し、正確なアンサンブルの達成に大きな貢献を果たすようになったことなど、いくつかの新しい注目点があった。
それかあらぬか、あのオペラシティの大ホール(1632席)に、空席がほとんど目立たないほど多くの人々が詰めかけ、冒頭の「令和」(中川英二郎)が始まった瞬間から沸き返った。

これには思わず目を見張った。この「令和」をはじめ、直後の「《ええじゃないか》のリズムによるパラフレーズ」といい、続く「村人の歌による狂詩曲」といい、当侍BRASSとの交流を活発に展開している前者の西下航平や後者の石川亮太、あるいは「幻想曲《この道》」を作曲した高橋宏樹など、今後の侍BRASSを占う上でも注目をそらせない若い作曲家が積極的に作品を提供していることが分かって、それが期待を確かなものにしているようだった。西下航平作品でイタリアのクリストフォリが滑らかで流麗なソロを披露すると、まるで対抗するかのようにエリック・ミヤシロが突き抜けるかのような輝かしい高音でアンサンブルをリードした瞬間は、その昔ジャズの快演で途方もなくエキサイトした瞬間を思い出して嬉しくも懐かしくもあった。この後エリックは第2部までステージに現れなかった。第2部の演奏との関連か、あるいは高音の連発が難しい年齢になったゆえか、確かなことは分からないが、彼がいないとアンサンブルが妙におとなしく小綺麗に収まってしまう。大変気になった点ではあった。それはともかくとして、西下航平、石川亮太、高橋宏樹といった若い作曲者が中川英二郎とともに侍BRASSの作風の展開や確立に向け、今後も新たな作品を提供することになるだろう。彼らには是非その自覚を強く認識した活動を推進してもらいたい。

そうした点で、詰めかけた多くのファンが待ちかねた侍BRASSの演奏は、休憩後の第2部にあったことはまず間違いない。私ですら冒頭の「ラプソディー・イン・ブルー」や、ウェザー・リポートの「バードランド」でどんなアレンジが施され、この10人がどんな演奏をするだろうかと実に興味津々だった。残念ながらガーシュウィンの「ラプソディー~」は全曲が丸ごと演奏されたわけではなく、ところどころカットして短くまとめた形だったため、作品の魅力も演奏の盛り上がりも大きく欠く結果となってしまった。これは編曲に当たった高橋宏樹を責めているわけではなく、カットしなければならない理由が何だったのか。要するに、全曲通してやるほどの時間がないというだけの理由だったのだろうとしか思えない。全曲を通して演奏する知恵を働かせて欲しかった、ということだ。

それに比べたら「バードランド」ははるかに良かった。アレンジャーはエリック・ミヤシロだが、ウェザー・リポートのオリジナル演奏から逸脱することなく、1980年前後の生きた演奏を目撃しているエリックらしい強烈なジャズ色を侍BRASSの面々に発揮させた痛快な演奏で、とりわけエリック自身の大ソロには聴衆が手拍子で盛り上げるなどステージと客席が一体となったホットな瞬間を生んだ。ここでの中川のソロもさすがだったし、岩瀬のドラム・ソロもその昔を思い出させて良かった。フラメンコに通じる早い3拍子のリズムが魅力的なアルフレッド・リードの「エル・カミーノ・レアル」がラテン幻想曲の妙味を発揮し、ここではクリストフォリがリードするラプソディックな旋律が印象的だった。グループのリーダー役を勤めながら演奏でソロイストとして大技を期待しては気の毒な気もするが、ファンの方はその期待を決して諦めない。その中川英二郎がいかにも彼らしい超人的なソロで魅了したのがリムスキー=コルサコフの「熊蜂の飛行」だった。彼の編曲した「ダイヤモンド」を織り込みながらのファンを沸かすトロンボーン奏法の至芸に感嘆したことをお伝えして、このコンサート・リポートを締めくくりたい。(2019年8月29日記)

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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