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Concerts/Live ShowsNo. 264

#1124 松丸契+永武幹子+マーティ・ホロベック

Text by Akira Saito 齊藤聡
Photos by m.yoshihisa

2020年3月11日(水) 台東区・なってるハウス

Kei Matsumaru 松丸契 (as)
Mikiko Nagatake 永武幹子 (p)
Marty Holoubek (b)

1. Monk’s Dream (Thelonious Monk)
2. Body and Soul (Johnny Green)
3. Lotus Blossom (Billy Straihorn)
4. The First Proxy (Marty Holoubek)
5. Clover 9 (Mikiko Nagatake)
6. I Wish I Knew (Harry Warren and Mack Gordon)
7. Trees (Oscar Rasbach)
8. You Keep Me In Check (Marty Holoubek)
9. Eiderdown (Steve Swallow)
10. Diods / ドタキャン (Marty Holoubek)

この3月に日本ツアーを行う予定であった台湾のサックス奏者・謝明諺(シェ・ミンイェン、通称テリー)と相談し、永武幹子、マーティ・ホロベックとのトリオによって、オーソドックスなジャズ曲に焦点を当てるはずだった。テリーが想定外のCOVID-19騒動で来日延期となり、思い浮かんだのはサックスの松丸契である。もとよりテリーにしても初共演の面々であり、サウンドをいちから創り上げてゆく段階で主メンバーが変わるのだから、これはもはや「代役」などではない(松丸は謙遜してステージ上でも「代役」だと口にしたのだが)。その一方で「ジャズ曲」というコンセプトが奇妙に残り、その意味で興味深いものにもなった。

松丸契は、生まれ育ったパプアニューギニアからボストン・バークリー音楽大学を経て2018年に帰国し、程なくしてライヴによく足を運ぶリスナーの間で評判を聞くようになったサックス奏者だ。彼は、バンド「SMTK」などにおいて腕利きのベース奏者マーティ・ホロベックとも共演を重ねており、そのサウンドの鮮やかさや示し方によってか、従来の「ジャズ」とは別のリスナーをも引き寄せているようにみえる(つまり、彼らの音楽は驚くほど間口が広いのだ)。また、ピアノの永武幹子はこの数年間でさらに存在感を増している。

このトリオの中で唯一実現していなかった関係が永武と松丸との共演だった。そして「なってるハウス」にマーティと松丸は初出演、永武も演奏したことが極めて少ない。ジャズは手合わせの試行を通じて場や他者(ミュージシャン、リスナー)との独自の関係を作ってゆく音楽でもあり、なにも1990年代からの「リレーショナル・アート」の視点を借用するまでもなく、本質的にリレーショナルなヴェクトルを持つものであった。その文脈で言えば、この日のように場や人との間に新たな関係ができることは普通のことでもあり、だからこそおもしろくもある。

演奏は、「はじめましょうか」という少しよそよそしくも親し気でもあることばとともに、「Monk’s Dream」から始まった。ベースが基盤となりその上で遊泳するようなアルトであり、永武のピアノが刺激剤のように強度を持ち込んだ。「Body and Soul」での松丸のアルトの音は意図的に擦れ、ときに割れる。一方、驚くほどの振幅でスピードを変えてゆく永武の顔には愉悦がみえる。「Lotus Blossom」でもノッてくると折れない強さがあって、ギアを一段上に入れた証拠に右肘が上にくいと上がった(いまや彼女のトレードマークである)。だが、速度では3人とも負けていない。アルトは一筆書きのように流れる旋律を描き、ベースは敢えて前につんのめって速度感を強める。松丸が弱さを出して揺れ動く音で締めくくり、余裕でバラード曲全体の構成を創り出すところなどにくい。

マーティ・ホロベックは独特な良い曲を書く。新作『Trio I』のほとんどの曲は彼の手によるものだが、ここで演奏した「The First Proxy」もそのひとつだ。少し日本風の印象があり、進むか進まないかの思索的な感覚が楽器の音色を引き立てている。永武のオリジナル「Clover 9」では、3人の気持ち良いユニゾンから各々が飛び立ったのだが、マーティのソロのときに演者2人も観客も注視してそのおもしろさを共有する時間があったことが、リレーショナル・ミュージックの発現だった。

セカンドセット冒頭の「I Wish I Knew」での軽快なスイングのあと、「Trees」での松丸のアルトには、彼をはじめて観たときに覚えたのと同様の異物感があった。それはときにエアを多めにして擦れさせ、ときに太い奔流となる、驚くほどの音の幅広さだ。続くマーティの「You Keep Me In Check」におけるスムース・ジャズのような音色さえ彼は厭わないのだろう。このサックス表現の多彩さが彼の魅力のひとつに違いないのだが、この先、特定の表現手法に重きを置いていくのかどうか注視してゆきたいところだ。なお、ここでのマーティのソロを横目で見ていた永武が感嘆するかのように唸る瞬間があった。

スティーヴ・スワロウの曲「Eiderdown」は多くのジャズメンがカヴァーしている。エッジが丸く刺すようなアルトの無伴奏ソロから入り、強さを保ったまま走るピアノ、高速のフレーズを繰り出すベースの3人の音が重なり合い、過去の名演に伍するものに聴こえた。そしてユーモラスに焦燥感を表現したようなマーティのオリジナルで締めくくられた。

さて、これが次の何かに向けた種のひとつになるのかどうか。

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』、『オフショア』、『Jaz.in』、『ミュージック・マガジン』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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