#1139 挾間美帆 Neo-Symphonic Jazz 芸劇 2020
text by Masahiko Yuh 悠 雅彦
photo by Tak Tokiwa 常盤武彦
2020年8月16日(日曜日)15:00
東京芸術劇場 コンサートホール
挾間美帆(プロデュース、指揮、作曲および編曲)
渡辺香津美(ギター)
東京フィルハーモニー交響楽団~挾間美帆 In big band
sax:土井徳浩、辻野進輔、吉本章紘、鈴木圭、竹村直哉
tp:真砂陽地 広瀬未来、河原真彩、石川広行
tb:半田信英、高井天音、高橋真太郎、 佐藤敬一朗
pf:佐藤浩一/ b:パット・グリン/ ds;高橋信之介)
1.RUN(挾間美帆)
2.ホリデイ・フォア・ビート・アンド・グラディス(ジム・ビアード作曲/ヴィンス・メンドーサ編曲)
3.ジ・アイ ・オブ・ザ・ハリケーン(ハービー・ハンコック作曲/挾間美帆編曲)
4.カルロス(ジョン・スコフィールド作曲/ヴィンス・メンドーサ編曲)
5.ソムナンビュラント(挾間美帆)
6.インナー・ウィンド(渡辺香津美作曲/挾間美帆編曲)
7.コクモ・アイランド(渡辺香津美作曲/挾間美帆編曲)
Enc.
1.モビー
2.モーニン
作編曲家として、今や世界を駆け巡る多忙な日々を送る挾間美帆。周知のように昨年10月にデンマーク・ラジオ・ビッグバンドの首席指揮者に迎えられ、今年の8月からはオランダのメトロポール・オーケストラの常任客演指揮者に就任することが決まった彼女は、まさにいま世界で最も熱い注目を集めて話題となっている作編曲家といってよい。彼女の作編曲、なにより自在にオーケストラから様ざまなサウンドを繰り出し、時代の最先端を行く創造的で同時にファッショナブルな音楽を生み出す手練手管は、その溌剌たる行動力と相まって、まだ始まって間もないにも関わらず世界の音楽関係者を唸らせ、世界でいま最も熱い注目を集める作曲家、編曲家、オーケストラル・プロデューサーとなった。東京芸術劇場がその活動の場を提供するだけでなく、挾間美帆の個性とキャラクターを伸びやかに発揮させる企画を提供し、同時にプロデュースを積極的に推進する場と機会を念入りに用意したのだ。
それは2019年8月30日のことで、翌31日からは黒田卓也、チック・コリアのアコースティック・バンドやエレクトリック・バンド、あるいはチャールズ・ロイドらが満を持して登場する<Tokyo Jazz 2019>や、同日午後のサントリー・ホールでの芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会を向こうに回して、まるで争奪戦でも競い合うかのような熱気のさなかで彼女はデビューを飾ったのであった。
だがこの日、挾間美帆は1年前と少しも変わらなかった。1年前は演奏前のプレトークでやや紅潮した挾間だったが、この日は落ち着いて、あの巨大な東京芸術劇場のステージに勢ぞろいした50名を超えるジャンルを超えた巨大な演奏者たちを見事にコントロールし、テキパキと指示を出し、カッコよくまとめ上げた指揮ぶりには好感が持てた。演奏は過去にも何度か演奏している「 Run 」(グラミー賞にノミネートされた2018年の『ダンサー・イン・ノーホエア』の作品)で始まり、過去の13人編成から今回の54人編成のオーケストラで聴く迫力には、良し悪しは別にして圧倒された。
広いスペースを誇る会場。コロナの影響で心配された観客だったが、さすがに超一流のオーケストラを聴きたいという聴衆が会場を心地よく盛り上げた。50人を超える楽員が全員マスク姿で演奏するのではないかと心配したが、杞憂に終わって安堵した。
意外だったのは(2)の「ホリデイ・フォア・ビート&グラディス」。これはピアニスト、ジム・ビアードの作品をヴィンス・メンドーサが編曲したもの。ビアードはジョン・オグドンに師事したというが、オグドンはチャイコフスキー・ピアノ・コンクールでかのアシュケナージと優勝を分け合ったという異色のピアニスト。解説によれば、ジムとヴィンスは1988年に出会い、両者が共演する作品『Revolution』(2009)へと発展したときの1曲が本曲らしい。蓋開けの「Run」とこの「ホリデイ・フォア・ビート&グラディス」に続いて演奏された「ジ・アイ・オブ・ザ・ハリケーン」。モード・ジャズから脱出の機会を果たす直前にハービー・ハンコックが作曲した彼の代表曲を、挾間はこの5年間にさまざまな編成を用いて挑戦してきたが、2015年に世に問うた演奏と甲乙を競うスタイルでトロンボーン・ソロをフィーチュアした演奏は、さすが挾間らしい意欲的な展開で堪能させた。
そして、ゲストの渡辺香津美が登場した最後のクライマックス。かつて彼のデビュー時に親しく交流したときから数えて半世紀以上が経った。ここ最近は会って話す機会もなかったせいかもしれないが、この日はそのむかし若さを爆発させて肉迫した彼のすさまじい迫力をたたえた演奏ぶりを思うと、力をセーブしたかのような彼のプレイぶりにはやや首を傾げたくなったことは嘘ではない。もっとも体調が万全ではなかったかもしれないし、私自身の渡辺への期待が過大だったか、あるいはその期待が的外れだったということだってあり得るかもしれない。何といったって長いこと聴く機会がなかったのだから。とはいえ、「コクモ・アイランド」での渡辺のギター・ソロは、アンサンブルの素晴らしさ(挾間のスコアを含めて)とともに出色だったし、この後のいかにも挾間的と言いたくなるギターとアンサンブルとの粋なブレンドの仕方といい、トロンボーン・ソロといい、あるいは渡辺との4バースといい全体にアンサンブルの充実ぶりが際立った後半があったからこその盛り上がりだったといってもよいだろう。
アンコールの最後はボビー・ティモンズの「Moanin’」。ひと昔前なら爆発的な歓声が沸き起こったのではないか。時代が変わったことを痛感しながらも、最後の開放感を楽しんでホールを後にした。