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Concerts/Live ShowsNo. 270

#1143 JAZZ ARTせんがわ2020:JAZZ ART TRIO、福島泰樹・短歌絶叫コンサート

text & photos by 剛田武 Takeshi Goda

第13回JAZZ ART せんがわ

2020年9月16~20日 東京・調布市せんがわ劇場

主催:JAZZ ART 実行委員会
共催:調布市
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京、
公益財団法人かけはし芸術文化振興財団


世界中でコロナ禍が収まる気配がないこのご時世に音楽フェスティバルを開催するほど困難なことはないだろう。しかしながら、5月29日~6月1日に無観客で配信のみで開催されたドイツのメールス・フェスティバルのように、何とかして音楽祭を実施しようとする不屈のフェス精神を持つオーガナイザーは世界各地に存在する。元々はメールス・フェスティバルと同じドイツ(旧東ドイツ)出身のペーター・ゲスナーを芸術監督として2008年にスタートしたJAZZ ARTせんがわが、不吉な数字の「13」回目をなんとか開催にこぎつけたのは、不屈のフェスの神さまのご加護のおかげ、ではなく巻上公一、藤原清登、坂本弘道の3人のプロデューサーをはじめとする関係者やミュージシャン、愛好家たちの熱意の賜物に違いない。奇跡的に開催された世界的にも稀有なこのフェスティバルの初日と3日目の公演についてレポートしたい。


2020年9月16日(水) 20:00-21:15
8月25日にパリで逝去したトランぺッター、自由人・沖至を追悼する。JAZZ ARTの特別プログラム!
『JAZZ ART TRIO』
坂本弘道 (cello)、藤原清登 (b)、巻上公一 (vo, theremin,etc)、スペシャルゲスト北陽一郎 (tp)

新型コロナウィルス感染防止のために規模を縮小しての開催なので、例年ならば仙川駅前に設置されたJAZZ屏風や街中で行われた野外パフォーマンスは無し。唯一の会場のせんがわ劇場の入場者は人数制限され、座席は一席ずつ間隔を空けた歯抜け状態。しかしステージが明るくなりJAZZ ART TRIOの三人が登場すると、いつもと変わらぬ熱心な音楽愛が会場を満たす。冒頭で巻上公一が今年の開催に至る経緯を語る。来年3月に延期しようとしたが、すでに予約がいっぱいだったため、今やるしかない、ということになった。政府や自治体の援助金や補助金を申請したら、これまでは却下されていた補助金も許可が出て財政的に大いに助かった、などなど。この日のライヴで追悼する故・沖至のパートナーの菊池マリの手記を読み上げる。沖は今年もJAZZ ARTせんがわに出演しようと死の間際まで相談していたという。

2017年のJAZZ ARTせんがわでの沖のトランペット・ソロ演奏に、巻上、藤原、坂本が演奏を被せるヴァーチャルコラボからライヴが始まった。バックに映し出された沖至の演奏は驚くほど生き生きとして自由で、まるでこの劇場に沖の魂が住み着いているかのようであった。三人の演奏とのコンビネーションもライヴ演奏そのままで、今ここでしか聴けない生演奏に違いなかった。久々に聴く自由なジャズ演奏に酔いしれていると、いつの間にか沖の映像は消え、JAZZ ART TRIOだけの演奏になっていた。チェロの弦にオブジェを挟んだり、金属板を擦りつけたり、ギターのように抱えて弦を掻き毟る坂本のプレイはいつ観ても鬼気迫るものがある。それに対抗するようにテレミン、ホース、おもちゃの笛やトランペット、尺八など様々な楽器と音具を取り換えつつ、異形の声芸を聴かせる巻上の逸脱ぶりに幻惑される。そしてこの日最も目を(耳を)惹いたのは藤原のベースだった。歪み系エフェクター(おそらくファズかディストーション)によるノイジーなサウンドは、ソフト・マシーンやヘンリー・カウ等カンタベリー系プログレッシヴロック独特のサウンドを想起させ、藤原を正統派ジャズのウッドベース奏者と思い込んでいた筆者にとっては嬉しい驚きだった。さらにワウペダルを使った変則プレイも披露し、JAZZ ART TRIOの「JAZZ」が、JAZZ ARTせんがわの「JAZZ」と同じく、「ジャンル」ではなく「精神」であることを明らかにした。

第2部ではスペシャルゲストのトランぺッター北陽一郎が参加してカルテットに。バックに沖至の演奏動画が投射される中、北は敢えて沖のプレイを真似ることなく、自分自身の演奏スタイルを貫き通した。それこそまさにJAZZ ARTせんがわに流れる「自由」の発露に違いない。四者四様でありながら、同時にひとつのグループとして一貫性のある音楽をクリエイトする。JAZZ ARTせんがわのライヴステージに触れたら、ウィルスも人間に感染するのを忘れて踊り出すかもしれない。そんな夢想に浸った90分だった。


9月18日(金)20:00-21:15
もっと電車よ、まじめに走れ・・・唯一無比、至高のリーディング・パフォーマンス。
『福島泰樹・短歌絶叫コンサート』
福島泰樹(短歌絶叫)、永畑雅人(pf)、石塚俊明(drs)、坂本弘道(cello)

初日こそ少し空席があったら、2日目以降はほぼソールドアウト。感染防止のために座席数を半分にしたから当然といえばそうだが、コロナ禍が続く中、コンサートやイベントに行くことを自粛している音楽ファンも少なくないことを考えると、「分かりやすくない音楽ばかり扱う(巻上公一談)」フェスとして根強い支持がある事を証明している。せんがわ劇場に到着すると、ちょうど当日券を求めて来場したお客さんに、係員がソールドアウトであることを詫びているところだった。

福島泰樹の名前は、38年前、大学1年生の頃にアルバイトしていた吉祥寺のライヴハウスGATTYのスケジュール表で知った。「短歌絶叫」というタイトルが印象的で記憶に残っている。その後もいろんな場所で名前を見ることはあったが、なぜか一度もライヴを観る機会はなかった。「絶叫」という言葉からの連想で、体格のいい筋肉質の人物をイメージしていたが、ステージに登場した福島は細身で面長の、どちらかというと気弱そうな男性だった。しかし77歳という年齢を感じさせない朗々とした艶のある声と、ボクサーやアスリートを思わせるきびきびした動作は、35年前に絶叫バンドを結成して以来、海外を含め1200回を超えるコンサートを行ってきた不屈の表現者の証である。

吉祥寺のライヴハウス曼荼羅を拠点に35年間一度も休まず続けてきた短歌絶叫コンサートが、今年初めてコロナ禍で中止になり、予定していた35周年記念コンサートも開催できない状況の中、JAZZ ARTせんがわの出演がとてもうれしいと福島は語った。長年のパートナーの永畑雅人(pf)と、頭脳警察のドラマーでもあるトシ(石塚俊明)に加え、JAZZ ARTせんがわのプロデューサーの坂本弘道が参加した絶叫バンドは、ピアノの哀感たっぷりの旋律を、ドラムとチェロが時にメロディアスに、時に破壊的(こっちのほうが多い)に解釈(介錯)し、ノスタルジックかつアヴァンギャルドな音世界を作り出す。

中心にあるのは常に福島の言葉と肉体である。命を落としたボクサーや、戦没した学生詩人や若くして世を去った芸術家などを主人公に、大正や昭和の空気感を濃厚に描き出す詩と短歌。演奏に乗せて朗読するのではなく、音階がない言葉が音楽の核として演奏を先導する。「絶叫」という言葉から想像される怒鳴り声や金切り声は皆無。オペラや演劇の大仰さもないが、明快な言葉のイントネーションの妙は、派手なベルカントの数百倍言葉の力を引き出し、聴き手の心を揺さぶる。語られるストーリーが、両腕を広げ身体を反らす身振りと相まって、頭の中に極めて具体的な映像を想起させる。

これまで筆者はポエトリー・リーディングのライヴをほとんど観たことがない。言葉を連射するラップも得意ではない。エクストリームな即興演奏は大好物だが、それとて楽器の演奏による音であり、音程という概念は常に纏わりついている。しかし音程のない言葉だけで演じられた福島のリーディング・パフォーマンスは、普通の音楽ライヴでもめったに味わえない豊潤な音楽体験にどっぷり浸ることが出来た。ステージを観ながら筆者が思い出したのは、どこへ行くにも中原中也の詩集をお守りのように持ち歩いていた”痛い”高校時代の自分の姿だった。38年前に出会うべきだったかもしれないこの素晴らしい音楽体験を与えてくれたJAZZ ARTせんがわに心から感謝したい。

好きな音楽の基準は「分かるか分からないか」ではなく「心が動くか動かないか」である。JAZZ ARTせんがわは、縮小開催された今年も最高に心が動く瞬間を与えてくれた。来年はもっと何度も心が動く体験ができることをを楽しみにしている。(2020年9月22日記)

 

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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