最後まで、粋なひとだった 纐纈之雅代
text : Koketsu no Masayo 纐纈之雅代
2008年のある日、鈴木勲さんに連れられて出演したお店が杉田誠一さんの経営する白楽にあるBitches Brewでした。お店には「鈴木勲 SOLITUDE feat. 纐纈雅代」の大きなポスターが貼られていた。杉田さんは私に「凄いじゃない、ジャーナルには女エリック・ドルフィーなんて、書かれちゃってさ」杉田さん独特の言い回しで笑いながら言った。そう、その頃からの付き合い、あたしの、芸歴の幕開けから、ずっと見続けてくれた人でした。杉田さんと鈴木さんはライブの度に喧嘩をしては仲直りを繰り返していたが、ある日遂に大喧嘩をしてからは、鈴木さんはお店に出演されなくなった。
しばらくして、杉田さんからソロでやってよ、とご連絡頂き、私はソロで演奏するようになった。当時の私はどんな内容のソロをやっていたか、覚えていない。とにかく、コアなお客さんが、聴きにきてくれた。演奏が終わると、毎回、杉田さんからの感想と、杉田さんの思い出話がはじまる。その話が、また、毒舌で、アクが強くて、長かった、私は、密かに、魔の巣、と呼んだ。それが、Bitches Brewだった。そんなライブが、何年も続いた。ある日、「7 daysやってよ」、と杉田さんから提案頂き、大先輩をはじめ、様々な方と初共演したお店もBitches Brew だった。坂田明さん、梅津和時さん、林栄一さん、沖至さん、中牟礼貞則さん、不破大輔さん、竹内直さん、リューダス・モツクーナスさん。そうだ、杉田さんは阿部薫さんの思い出話もよくしてくれた。だから、阿部さんの存在を身近に感じることも、できた、気がしていた。
Bitches Brewでライブがある日、私は六角橋商店街にある杉田さんのお友達のお店に鍵を取りに行き、お店の鍵を開けて、掃除をして、練習をして、ライブ本番をする流れになっていた。オープン時間になってお客さんが入ったあと、杉田さんは、氷や大きな袋をぶら下げてお店に登場した。
杉田さんと最後にお話ししたのは2024年8月16日でした。電話の向こうで杉田さんは男泣きに泣いていた。「雅代がここまで成長してくれて嬉しい」、と泣いていた。私も泣いた。「お見舞い行くから待ってててね」、と私は言った。「楽しみにしてます」、と杉田さんは言って、私達は電話を切った。8月27日、私はお見舞いの桃を持って、川島誠君と病院のロビーで待ち合わせしたが、杉田さんの緊急手術となり、会うことが叶わなかった。9月9日、渋谷公園通りクラシックス、「阿部薫メモリアルライブ」、山崎比呂志×纐纈之雅代。珍しく、稲岡邦弥さんが顔を出して下さった。今、思い返すと、あの日、杉田誠一さんも居たんだなって思った。これ以上は、あたしの、空想になってしまうから、言葉にするのは、控えるが、最後まで、粋なひとだったんだ、ありがとうございました。杉田さんのことは、ずっと、忘れないからね。あたしは、もっともっと成長するから、見守っていてください。どっちがあの世で、どっちがこの世なのか、ホントのことはわかんないけど、これからも、大宴会、楽しんでください。(2025.3.24)
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纐纈之雅代(こうけつ の まさよ)
岐阜県生まれ。アルト/テナー・サックス奏者。2008年、Ssony Musicより『鈴木勲 Solitude feat.纐纈雅代』でデビュー。2015年8月、自身のオリジナル曲を集めた1st アルバム『Band of Eden』(SUISUI) をリリース。リトアニア NoBusiness Recordsより2020年5月、『フランソワ・キャリリール|纐纈雅代|不破大輔|井谷享志/Japan Suite』、2021年、『リューダス・モツクーナス/イン・レジデンシー・アット・ビッチェズ・ブリュー feat. 坂田明、梅津和時、林栄一、大友良英、纐纈雅代』をリリース。2025年2月、新バンド如意ン棒による『ぜんぶ流れ星のせい』(Somethin’ Cool/DIW)をリリース。国内に限らず、メルスなど海外公演も多い。『著書に、自伝『音の深みへ』(2019 彩流社)。



