音の見える風景 Chapter61「エリック・アレキサンダー」
photo&text by Yumi Mochizuki 望月由美
撮影:2013年3月10日 丸の内コットンクラヴにて
シェリー・マン(ds, 1920~1984 64歳没)『2,3,4』(1962,impulse!)の<チェロキー>、シェリー・マンの快調なブラシにのってコールマン・ホーキンス(ts, 1904~1969 64歳没)が悠然とソロをとる。マウスピースをくわえた口元からズズっともれだすように吹きでる吐息がホーキンスの個性を生み出している。 ホーキンスの大きな魅力の一つがこの独特のズズっというサブトーンにある。 ひ弱な音のテナーから出るサブトーンはノイズにしか聴こえないが、ホーキンスの場合テナーから出る音が強力で堅固だからサブトーンが活きているのである。
エリック・アレキサンダー(ts)もテナー一本でテナーをテナーらしく鳴らすことに専念していることが音からも演奏態度からも伝わってくる一人であり、とくにライヴの場合、視覚的要素が加わるとサブトーンも美しい楽音として聴こえるから不思議である。
2013年の3月10日(日)「丸の内コットンクラヴ」は日曜日とあってファースト・セットが午後5時のスタート、深夜のライヴもよいが夕暮れ時の生もよい。
メンバーはエリック・アレキサンダー(ts)にハロルド・メイバーン(p)、ナット・リーブス(b)、ジョー・ファンズワース(ds)というワン・ホーン・カルテット。 この4人はマッチングがよく合うのか長年一緒に演奏していて日本にも頻繁に来日している間柄で時にはハロルド・メイバーンが、またある時はジョー・ファンズワースがリーダーになって演奏している親しい間柄である。
この2013年のライヴはエリック・アレキサンダー・カルテットと銘打っての公演であったが終始和気あいあい、仲の良いコンビネーションを見せていた。
ちなみに2年前の2011年9月にはこのカルテットはジョー・ファンズワースがリーダー名義で『スーパー・プライム・タイム』(2011, Eighty Eights)をソニー・ミュージック・スタジオで録音している。
エリック・アレキサンダーはワン・ホーンがとてもよく似合うテナー・マンである。 ロリンズもコルトレーンも黄金期はやはりワン・ホーンで名演を残しているしテナー吹きとしてはワン・ホーンで思う存分吹きたいという気持ちは聴き手にも十分伝わってくる。
エリックはオーソドックス一辺倒でもなくもちろんフリーでもなくその中庸を行くタイプ。
この中庸を行くテナーの代表格としてはジョージ・コールマン(ts, 1935~ 84歳現)が真っ先に頭に浮かぶが、エリックはジョージ・コールマンとはマウスピースをもらったり、奏法について直接アドバイスをしてもらう等とても親しくしている間柄だそうである。
ジョージ・コールマンと云えばマイルス・デイヴィス・クインテットのリンカーン・センターのライヴ『フォア・アンド・モア』(1964, Columbia)での名演がつとに有名であるが1968年にエルヴィン・ジョーンズ・カルテットの一員としてヴィレッジ・ヴァンガードに出演した際のライヴ『Live at the Village Vanguard』(1968, Enja)でも強烈なエルヴィンのドラムにあおられて激しく燃えあがるシーンもまた圧巻である。
もともとはマックス・ローチ・クインテットの出身のジョージ・コールマンはローチ、トニーそしてエルヴィンと3人のドラムの革新者と向き合ってきたオーソドックスからフリーまでこなせるオールラウンダーであり、本人は誰とやっても悠然と中庸の座を守り通しているが、マイルス・クインテット時代のある時、さりげなくフリーを吹いてみせて当時のリズムセクションだったロン・カーター(b)とトニーをびっくりさせたという逸話もマイルスの自伝で紹介されている。
一方のエリック・アレキサンダーは1993年の『Up, Over & Out』(1993, Delmark)以来27年の長きにわたってドラムはジョー・ファンズワース(ds)と行を共にしている。
かたやローチ、トニー、エルヴィンというヘヴィーなリズムをバックに吹いたジョージ・コールマンに対してエリックはジョー・ファンズワース一筋である。
ジョー・ファンズワースはエルヴィンやトニー等と違って几帳面なくらいかっちりとリズムをキープするタイプで、どちらかといえばアート・テイラー(ds,)に近いドラマーでエリックは常にこの安定したリズムがあるから安心してのびのびとソロをとることができるのかもしれない。
また長年エリックを支えてきたハロルド・メイバーンはフィニアス・ニューボーンJr.(p, 1931~1989 57歳没)を好きなピアニストの一人として挙げている渋好みのピアニストであり、ハイスクール時代にはジョージ・コールマン(ts)やブッカー・リトルともプレイしており、ジョージ・コールマンをフェイヴァリット・テナーとしているエリックとはとてもうまが合うようである。
エリック・アレキサンダーは1968年8月4日のイリノイ州ゲイルズバーグの生まれで今年50歳になった。 6歳くらいからピアノを始め、9歳でクラリネットを、そして12歳の時にアルトを吹き始める。
インディアナ大学に進んで1年の時にテナーを必要とする仕事が入ったときに友達からテナーを借りて吹いてみると自分にはテナーの方がしっくりくるということを体感してテナーに転向する。
その後ウイリアム・パターソン大学に移りハロルド・メイバーン(p)やルーファス・リード (b)、ジョー・ロバーノ(reeds)、ノーマン・シモンズ(p)、スティーヴ・ターレ(tb)等から指導を受けている。
1991年モンク・コンペ(Thelonious Monk International Saxophone Competition)でジョシュア・レッドマン(ts, 1969~50歳現)に次いで銀賞を受賞する。
偶然にも二人は同い年であった。
また、この年にチャールズ・アーランド(sax, 1941~1999 58歳没)のアルバム『Unforgettable』(1991, Muse)でレコーデイング・デビューをし、その翌年の1992年8月にファースト・アルバム『Straight Up』(1992, Delmark)をレコーディングする、エリック24歳の夏である。
ハロルド・メイバーン(p)とはこのアルバムで共演して以来、今日までずっと一緒に行動してゆくことになる。
エリックは来日インタヴューのなかで影響を受けたテナー奏者としてジョン・コルトレーン、ジョージ・コールマン、ソニー・スティット、デクスター・ゴードン、ハンク・モブレイ、ジョー・ヘンダーソン等をあげているがコルトレーンはやはりエリックにとっては別格のようでこれまでに何度かコルトレーンの曲をレコーディングしている。
ジョー・ファンズワース名義の『スーパー・プライム・タイム』(2011, Eighty Eights)でもコルトレーンがエリントンと共演した『DUKE ELLINGTON & JOHN COLTRANE』(1962, impulse! ) での名演、<イン・ア・センチメンタル・ムード>に果敢に挑戦、コルトレーンがエリントンへの畏敬の念を込めて切なく歌い上げたのに対してエリックはバリバリと轟音でたくましく歌い上げている。
エリックは現在、ニューヨークを拠点に活動しており、ジャズ・クラブ「スモーク」の常連の一人である。
「スモーク」にはアル・フォスター(ds)やジミー・コブ(ds)、イーサン・アイヴァーソン(p)、ヴィンセント・ハーリング(as)、サイラス・チェスナット(p)など渋好みのミュージシャンが多く出演しているジャズ・クラブでエリックやハロルド・メイバーンも常連である。
「スモーク」はライヴ・ハウスの運営と並行して「スモーク・セッションズ」というレーベルをつくり自店でのライヴを中心にアルバムの制作もしているが昨2018年の1月エリックがハロルド・メイバーンのグループの一員として出演した際のライヴが『The Iron Man: Live at Smoke』(2018, Smoke Sessions )としてリリースされている。
きりっとした口元から目いっぱい息を吹き込み、一音にすべてを託すエリックの姿からは、謹厳実直にして生真面目なアメリカンという風情が漂っている。