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ヒロ・ホンシュクの楽曲解説No. 304

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #93 Chris Potter<Got The Keys To The Kingdom>

Chris Potter (photo: ©Dave Stapleton)
Chris Potter (photo: ©Dave Stapleton)

I remember just playing the record over and over again and then kind of playing along…Like you absorb a first language because there are just things that kind of sound right and things that don’t, and I guess you could codify them and analyze them, but that’s not really how people speak the language. (YouTube →)

「(子供の頃)同じレコードを何度も何度も聴いて、それからレコードと一緒に演奏したんだ。(中略)子供が言葉を覚えるのと同じさ。言葉というのは自然に聞こえる言い回しと間違って聞こえる言い回しとあるだろう。だけど、子供は言葉を覚える時にそれを分析したり文法を勉強したりはしないだろう。」


本年2月26日にリリースされたChris Potter(クリス・ポッター)の新譜、『Got The Keys To The Kingdom』というヴィレッジ・ヴァンガードのエキサイティングなライブ録音アルバムをずっと取り上げたいと思っていた。

前回ポッターを取り上げたのは4年前、本誌No.253、楽曲解説#42<Circuits>だった。ちょうどアルバムと同じトリオによるボストンでのライブを観て興奮しまくっていた時期だった。常に新しいアイデアを試し続けるポッター、<Circuits>も新鋭James Francies(ジェームス・フランシーズ)を迎えてキレキレだった。ポッターはともかくライブが最高だ。今回のこのアルバムは彼のヴィレッジ・バンガードでのライブ録音3作目に当たる。なんと16年ぶりだ。1作目は『Lift』(2004)。ピアノがKevin Hays(ケヴィン・ヘイズ)、ベースがScott Colley(スコット・コーリー)、ドラムがBill Stewart(ビル・ステュワート)だった。2作目は『Follow the Red Line』(2007) 。ギターがAdam Rogers(アダム・ロジャーズ)、キーボードがCraig Taborn(クレイグ・テイボーン)、ドラムがNate Smith(ネイト・スミス)で、なんとベースがいない。このアルバムには実にハマった。今でも時々引っ張り出しては聴いている。

期待のヴィレッジ・ヴァンガードのライブ録音第三弾、『Got The Keys To The Kingdom』は昨年2月に録音された。メンバーは『Follow the Red Line』からテイボーンがピアノ、『Lift』からベースのコーリー、そして若手、Marcus Gilmore(マーカス・ギルモア)がドラムだ。テイボーンもコーリーもポッターとは長い。勝手知ったる信頼の仲間だ。コーリーは派手に前に出ないが、しっかりとドライブする。テイボーンはかなりエキサイティングな冒険をする。それに加えたギルモアがすごい。スネアのバックビートが、アメリカ表現である「Punishing」(Punishの辞書の意味は「お仕置き」だが、ビートの表現に使われる場合は「ビシビシ来る」という、軽いマゾ的な意味を持つ) で、別世界にすっ飛ばしてくれる。

Craig Taborn (写真:Wikipedia)、Scott Colley (写真:© C. Andrew Hovan)、Marcus Gilmore (写真:Rolex)
Craig Taborn (写真:Wikipedia)、Scott Colley (写真:© C. Andrew Hovan)、Marcus Gilmore (写真:Rolex)

『Got The Keys To The Kingdom』

今回まずすぐに目を引くのが、以前と違いオリジナル曲がないということだ。しかも普段一般に演奏されないような曲が集められている。それぞれのトラックの簡単な説明をする。

1 <You Gotta Move>

オリジナル:
黒人霊歌

最初の録音はEmma Daniels(エマ・ダニエルズ)とMother Sally Jones(マザー・サリー・ジョーンズ)が1946年に録音した<You’ve Got to Move>(YouTube →)

The Rolling Stones(ローリング・ストーンズ)の『Sticky Fingers』(1971) からのレパートリーとして知られる (YouTube →)

歌詞抜粋
You may run, can’t be caught
You may hide, can’t be found
Brother when God gets ready, you got to move

The Rolling Stones『Sticky Fingers』(1971)
2 <Nozani-ná>

オリジナル:
トラディッショナル

アマゾンに伝わる民謡。自然界と人間の共存を歌っている。Milton Nascimento(ミルトン・ナシメント)の『Txai』 (1990) に収録されているバージョンが著名 (YouTube→) Milton Nascimento『Txai』(1991)
3 <Blood Count>

オリジナル:
Billy Strayhorn

ビリー・ストレイホーンの遺作。Duke Ellington(デューク・エリントン)の『The Greatest Jazz Concert in the World』 (1967) に収録 (YouTube →) Duke Ellington『The Greatest Jazz Concert in the World』(1967)
4 <Klactoveedsedstene>

オリジナル:
Charlie Parker

Charlie Parker On Dial Vol 4 (1947) に収録  (YouTube →) Charlie Parker On Dial Vol 4 (1947)
5 <Olha Maria>

オリジナル:
Antonio Carlos Jobim
Chico Buarque
Vinicius de Moraes

Chico Buarque (シコ・ブラウキ) の『Construção』に収録 (YouTube →)

ジョビンとブラウキ、ジョビンとモライスのコラボレーションは多いが、3人の名前が並ぶのは珍しい

Chico Buarque『Construção』(1971)
6 <Got the Keys to the Kingdom>

オリジナル:
黒人霊歌

最初の録音はWashington Phillips(ワシントン・フィリップス)が1929年に録音した<I’ve Got the Key to the Kingdom>(YouTube →)  と言われているが、Blind Willie Davis(ブラインド・ウィリー・デイヴィス)が録音した<I’ve Got A Key to the Kingdom>(YouTube →)の方がポピュラー

ポッターのバージョンはタイトルからJosh White(ジョッシュ・ホワイト)の1930年代の録音バージョンと推定(YouTube →

歌詞抜粋
I’ve got the key to the kingdom,
And the Devil can’t do me no harm.

Josh White <Got the Keys to the Kingdom> (1930)

実に選曲も料理方法も面白い。<Klactoveedsedstene>以外はどの曲も原曲が認識出来ないようなアレンジで始まり、曲の途中か最後で原曲を強く出しており、「あっ!この曲だったのか!」ということになるところが洒落ている。また、ブラジルの曲だろうが黒人霊歌だろうが完璧にポッターの世界の音楽に作り直されているところにまた好感が持てる。同時に、<Olha Maria>ではあの有名なイントロが最後の方に挿入されていて、ポッターがはっきりと原曲に敬意を示しているのが嬉しかった。それぞれ聴き比べてどの時点で原曲が認識できるかを探すのもまた一興だと思う。但し最後のゴスペル曲、<Got the Keys to the Kingdom>では筆者には原曲を認識出来なかった。むしろポッター特有のかっこいいジャズ・ラテンのグルーヴ曲としてご機嫌なサウンドを堪能した。

Chris Potter(クリス・ポッター)

前回本誌No.253、楽曲解説#42ではポッター本人のことをあまり書かなかったので、今回は少し掘り下げてみる。実は「あまり書かなかった」のではなく、興味深い話題があまり見つからなかったのだ。真面目な会社員風の彼は実に実直な印象で、アーティストという印象を与えない。今回はかなり広範囲にインタビューを漁ってみた。Rick Beato(リック・ビアト)という著名なユーチューバーがいる。マルチプレーヤーの彼はスタジオを経営し教育者としても著名だが、なんと言ってもYouTubeにアップするインタビューの数々で有名だ。先日のKeith Jarrett(キース・ジャレット)の自宅インタビューでご存知の方も多いと思う。ポッターの40分強に及ぶインタビューから興味深い話題を拾って要約する。(YouTube →)

リック・ビアトによるインタビュー
リック・ビアトによるインタビュー

ポッターはシカゴ生まれだが、育ったのはサウス・キャロライナ州コロンビアだ。人種差別がひどい州だったので、ラジオやレコードで聴く黒人ミュージシャンが訪れることはまずなかったそうだ。ジャズ・シーンは小さく、おかげで演奏の機会はたくさんあったそうだ。これがもしNYCなどの大都市だったら自分のような者に演奏の機会などなかっただろう、と語っていた。この発言のように彼はともかく謙虚のお手本のような人だ。例えば、自分は機械に強くない、という発言をしておきながら、Neumann U 87やRCAリボンなどが自分のテナーに合っているマイクだとはっきり指定出来たり、はたまた『There Is a Tide』(2022) はポッターがパンデミック中に自分一人で全ての楽器を自宅で多重録音した作品だ。アルバムに通用する高品質の録音を一人でやるポッターが機械に強くないわけがない。ちなみにこのアルバムがこれまたすごい。ポッターの作曲編曲が存分に楽しめる。マイケル・ブレッカーもそうだったが、どうしてこの人たちはドラムがこんなにうまいのだろう。自分も早くからやっておけば良かたと思う。

ポッターはギターやピアノから始めたが、親のレコード・コレクションの中の、Dave Brubeck(デイヴ・ブルーベック)の『Time Out』(1959) でPaul Desmond(ポール・デスモンド)を聴いてアルト・サックスが自分の楽器だと決めたのが10歳。12歳ですでにチャーリー・パーカーをコピーし、13歳でプロデビューという驚くべき進展を見せた。高校の時に先生からテナーの方が稼げると助言されて転向し、卒業後NYCに移住。マンハッタン音楽学校(Manhattan School of Music)で作曲法を学ぶが、ギグが忙しく2年で中退し、Red Rodney(レッド・ロドニー)のグループで華々しくデビューする。興味深いのは、NYC移住は学校が目的ではなく、年長のミュージシャンと演奏するためだと語っていた。どのインタビューでもポッターは周りから学ぶことを一貫して強調し、自分を導いてくれた人たちに常に感謝している。例えば小学校の音楽のホール先生は放課後に<Take Five>の編曲を手伝ってくれた。自分はいい人たちに囲まれていて幸運だったと語っていたが、幸運なのではなく本人の姿勢が好意を呼んで来るのだと思う。

レコード制作について

ポッターにとっての理想は、バンドでツアーを続けていい感じになった時点でスタジオに入るというやり方で、ジャズだってロックと同様バンドで活動するべきだと言う。マイルスもコルトレーンもそうやって来た。キース・ジャレットのスタンダード・トリオやPat Metheney Group(パット・メセニー・グループ)もだ。だがそれは経済的に困難だ。メセニーは最初にそれをやったから成功した。ワゴン車を買って、自分で長時間運転してドサまわりをした苦労が実を結んだのだ、と語っていた。何せドサまわりでは収入はゼロだ。それでもやるしかない。残念ながらジャズの低迷と集客困難と共に今では不可能なことだ、とポッターは嘆いていた。

ライブで聴衆が携帯で録画することについてどう思うかと聞かれ、現代の風潮なのだから別に構わない。レコードでは収入にはならないので、売り上げが気になるわけではないし、そもそも毎晩同じ演奏なんてあり得ないのだから、と答えている。ヨーロッパツアーがいいのは、色々な国に簡単に移動できるのでアメリカと違って集客に苦労しないからで、ミュージシャンはライブで収入を得るしかない、と語っていた。インタビュー者が、Scott Henderson(スコット・ヘンダーソン)は自分の気に入らなかった演奏がYouTubeにアップされることに遺憾を覚えると言っていたと話すと、そういうこともあるが、自分が気に入らなくても、もしかしたらそれを気に入った人がいるかも知れないよ、と言っていた。なるほど、器の大きさが違う。

作曲について

1971年元旦生まれのポッターは今年52歳だ。自分のバンド活動と共にDave Holand(デイヴ・ホランド)などの年長者のグループや、James Francies(ジェイムズ・フランシーズ)などの若手との共演も続ける。年長者から学び、若手から新しいアイデアを受けるという姿勢を取り続けている。ともかく演奏することに貪欲だ。興味深いのは彼の作曲意欲だ。セッションプレイヤーとして180近くのレコーディングに参加している彼のような演奏家が、早くから自分のバンドのために作曲や編曲に力を入れているというのは稀だと思う。子供の時からストラヴィンスキーやバルトークをジャズと並行して聴き、大学ではドビュッシーの分析をはじめ、ラヴェル、シェーンベルク、リゲティ、ライヒなどを勉強しただけでなく、その後も知らなかったアンリ・デュティユーなどを友人から聞き入れるとそれを徹底的に勉強している。ともかく貪欲だ。

演奏について

前回本誌No.253、楽曲解説#42で筆者は、ネガティブな意見ではなく、ポッターの演奏からMichael Brecker(マイケル・ブレッカー)のフレーズが聞こえると書いたが、それは筆者が最初に惚れ込んだ『Follow the Red Line』(2007) を今聴いてもそう思う。ところが今回の『Got The Keys To The Kingdom』は全く違うのだ。音色といいフレージングといい、驚くほどの発展を見せている。以前と違う選曲やアレンジに加えて、これも筆者がこのアルバムに魅せられている理由の一つだ。

YouTubeの「Music Motivation」という詳細が何も記載されていないチャンネルでポッターのマスタークラスの動画を見つけた (YouTube →) 。ポッターが何を考えているのかがわかり、なかなか興味深かったので一部を要約してご紹介する。

この記事の冒頭で引用したように、ポッターはトランスクライブをせずに只々ひたすらレコードに合わせて練習したそうだ。一時期Joe Henderson(ジョー・ヘンダーソン)の真似に集中した時期があり、少しでも彼のサウンドを出そうとしたそうだ。そうやって色々な演奏家をコピーして自分のサウンドを構築する、と語っている。Tony Williams(トニー・ウィリアムス)と同じだ(本誌No. 297、楽曲解説#86参照)。ピカソが15歳で古典技法を習得し終えていたように、芸術の勉強はなんでも模倣から始まるべきだと思う。筆者が音楽大学でクラシックを勉強していた時に誰もそんなことは教えてくれなかったことが不思議でしようがない。当時Peter-Lukas Graf(ペーター=ルーカス・グラーフ)が好きだったので、彼の演奏をコピーすることを思いつかなかったことが悔やまれる。蛇足だが、今では大好きなPierre Hantaï(ピエール・アンタイ)を何度も聴いてひとフレーズずつコピーするのが楽しいのだが、楽器のチューニングが違うのでレコードと一緒に演奏するのは不可能なのが残念だ。

“I remember working along with Charlie Parker records. I would also sometimes put on <The Rite of Spring> and just play along and see what that felt like and if I could make some music from that or Indian tabla music.”
「(子供の時)チャーリー・パーカーのレコードに合わせて練習した後で、今度は<春の祭典>(ストラヴィンスキー)のレコードやインドのタブラ音楽のレコードをかけて、その音楽で(チャーリー・パーカーの)フレーズが通用するかとか試したりしたんだ。」

どんな練習をするのか、という問いに対して実に興味深い返答をしていた。どう練習したらいいのかいつも迷う、自分は機械的な基礎練習をするタイプではない、その代わりに、コピー中に自分が出来ないフレーズを練習するのだそうだ。これには驚いた。通常我々はテクニック不足を心配して基礎練習に励むわけだ。実は筆者にはポッターのこの練習方法が誰にでも通用するとは思えないのだ。彼は10歳の時からそうやって練習しているから、身体がすでに備わっているのだと思う。言い換えれば、楽器がすでに身体の一部となって初めてこういう練習方法が成立するのであって、そこに達するには練習の才能も必要となる。

ニューヨーク大学のインタビュー収録の直前に、練習するから部屋を貸して欲しいとポッターが言ったそうだ。あなたのような人がまだ寸暇を惜しんで練習するのか、と問われ、進歩が止まりたくないから、と答えていた。但し、毎日きっちり練習しなければならない、などとは思っていないと語っていた。彼は実直だが融通が効かないタイプではない。笑みを絶やさず、友人が多く、どこでも音楽の話しで盛り上がり、誰にでも好かれるタイプだ。

ポッターはNYCに出て来た時からピアノの名手でも知られている。彼はピアノで曲を徹底的に練習するそうだ。ボイスリーディング(コードからコードへの移行)を研究してそれを頭に叩き込んでからテナーで演奏するのだそうだ。また、どんな調性に移調しても演奏できるようにする。これは大変な作業だ。この練習方法でリック(パターン演奏)に縛られなくするのだそうだ。なるほど、耳が痛い。筆者もバークリー時代に<In a Mellow Tone>を12キーで練習させられたことがある。暗譜が苦手だった筆者は泣きながら徹夜で練習したことを思い出す。あの時ドラマーがどんなに羨ましかったことか。しかしよく考えれば昔のジャズミュージシャンはどんな調性にでも簡単に移調して演奏していた。何せ歌手はほとんど自分のキーで歌うから、バンドは常にどんなキーでも演奏出来た。ポッターが言うように曲を熟知することが最低条件だったのだ。この発言がセッションミュージシャンとして初見演奏で成功しているポッターから出ていることに留意したい。

この動画では短いフレーズの練習方法の披露もあった。フレーズをひとつ捏造し、それを全キーに移調するだけでなく、移調の順番も入れ替える。相当の集中力が必要だ。また、そのフレーズを逆に演奏したり、逆フレーズを順フレーズと規則的に入れ替えたり、とポッターのアイデアは次から次へと溢れ出る。そして、全てはチャーリー・パーカーから得た、例えばそれはタイム感であり、フレージングであり、そして単旋律のみでコード進行を表す能力だと語っていた。

<Got the Keys to the Kingdom>

今回どのトラックを楽曲解説するか非常に迷った。まず1トラック目の<You Gotta Move>が最高で、これを取り上げたくてしようがなかった。ポッターの演奏が完璧新境地入りしているだけでなく、バンドとしての興奮度も半端ない。それにギルモアのスネアビートのすごいこと。さらにドラムソロはもう顎落ち状態。しかし残念ながら楽曲解説には向かない娯楽作品なので断念した。続く<Nozani-ná>も<Blood Count >も<Olha Maria>も、ポッターにしか出来ない素晴らしいバラードのライン造りにため息が出たが、以前にソロの解説を何度か深くやりすぎて「専門的すぎる」というご意見をTwitterで見かけたので、それ以来深いソロの解説は控えることにした。この最終トラックであり、タイトルトラックでもある<Got the Keys to the Kingdom>は楽曲解説に向いている。興味深いのは、強いて言えばこのトラックは多少バンドとしてのまとまりに欠ける。その理由は恐らく8小節毎に2拍足りないという変則的なフォームのおかげで演奏が少しカオスしているのだ。だが、おやっ?と思って聴いているのに、だんだんそのカオスに引き込まれるのが不思議だ。まるでトリップ状態に陥る。1トラック目の<You Gotta Move>と全く違ったタイプの、エキサイティングなドラムソロを経て曲が終わった時の爽快感にびっくりさせられるのだ。そう、ギルモアがこの変則フォームを完璧にキープしていたのもすごい。

この曲にはかなり凝った編曲がされている。単純なブルージーな原曲とは大違いだ。ポッターのアレンジのスタイルはジャズ・ラテンだ。この使い古されたスタイルをここまで新鮮に聴かせるポッターのアレンジとバンド自体の演奏に感嘆する。まずイントロ部分が第一テーマだ。採譜してみた。

イントロ(第一テーマ)
イントロ(第一テーマ)

ポッターがアカペラで始めるので、繰り返し2回目にピアノがダウンビートで入って初めてこのフレーズが2拍目からのものだとわかる。ポッターが演奏するラインはそのままベースラインでもある。ここでまず問題になるのがテイボーンのピアノのヴォイシングが、カッコいいモードのヴォイシングなのでポッターが書いたコード進行が見えない。第一テーマ及びベースラインだけを見ると1小節目がDマイナー、2小節目がB、3小節目がF、4小節目がG♭なのだが、テイボーンのヴォイシング(上図参照)は微妙に違う。さらに7小節目ではポッターのラインは完璧にコード進行を無視しており、解決点の8小節目ではヴォイシングのF音とメロディーのG♭音が禁則の短9度でぶつかって強力な不協和音を出している。しかもこの小節は半分の2拍で頭に戻るから余計不安感を煽られる。これだけぶつかってなぜグルーヴし続けられるのか、それはテイボーンのヴォイシングが一貫してモードジャズ特有の4度ヴォイシングだからだ。規則的に動くものはどんなにぶつかっていても間違っては聴こえないのだ。

次にヘッド(日本ではテーマ)に当たる部分を見てみよう。

ヘッド(第二テーマ)
ヘッド(第二テーマ)

メロディー自体はFのブルースペンタトニックだ。2小節ごとに#11が強調されているのがテイボーンの4度ヴォイシングとの相乗効果でカッコいいサウンドを醸し出している。が、G-7コード上であり得ないE♭音がメロディーで強調される。なるほど、テイボーンの4度ヴォイシングはGマイナーコードではなくCマイナーコードと置き換えることも可能だ。何せ調性を決定する3度をわざと隠しているのだから。

さて、ここで問題が生じる。どう見ても原曲のメロディーを模倣していないのだ。原曲を採譜して比べるために移調した。

原曲
原曲

想像するにこれはポッターのイタズラだ。原曲の最も重要な「I’ve Got the Key」というピックアップ部分をわざと落としているのだ。採譜して並べるまで気が付かなかった。

ヘッドの後、ソロセクションに入る前に第三テーマが間奏として提示される。これがカッコいい。後にドラムソロにも使われるグルーヴフレーズだ。全員ユニゾンなのでコードはないが、それまでの目まぐるしい1小節ごとのコードの変化と違い、この8小節フレーズの最初6小節が一発で、最後の2小節がそこから半音上がる、というコードが聞こえて来る。前述のようにポッターは単旋律のみでコード進行を表す訓練もしている。

インターリュード(第3テーマ)
インターリュード(第3テーマ)

そのポッターのソロが始まって意外な事実に気が付く。彼は完璧にDマイナーコードとE♭マイナーコードを1小節ごとに繰り返すことを想定してインプロヴァイズしているのだ。しかも両コードともテイボーンがボイシングしたモードジャズ汎用のDorianではなく、短調の1度コードであるAeorianを使用している。つまり彼は1小節ごとに目まぐるしく転調するという、わざわざ難しい道を選んでいる。テイボーンのイントロとヘッドのヴォイシングは全てこの二つのコードをリハーモナイズしていたと考えてよい。但しヘッドのE♭音だけはどうにも説明がつかない、が、ブルージーな音として片付けてよいだろう。何の違和感もないばかりか、ともかくカッコいいのだ。

それにしてもポッターのグルーヴ感のすごいこと。タンギングも高度な技術で微妙に変化させて色々なグルーヴ感を楽しませてくれる。音色もすごい。以前の様にコルトレーンやロリンズやジョー・ヘンダーソンやマイケル・ブレッカーの影響が聴こえなくなった。クリス・ポッターのカリスマ的な音色が完成したようだ。このアルバムは何度聴いても飽きない。

ヒロ ホンシュク

本宿宏明 Hiroaki Honshuku 東京生まれ、鎌倉育ち。米ボストン在住。日大芸術学部フルート科を卒業。在学中、作曲法も修学。1987年1月ジャズを学ぶためバークリー音大入学、同年9月ニューイングランド音楽学院大学院ジャズ作曲科入学、演奏はデイヴ・ホランドに師事。1991年両校をsumma cum laude等3つの最優秀賞を獲得し同時に卒業。ニューイングランド音楽学院では作曲家ジョージ・ラッセルのアシスタントを務め、後に彼の「リヴィング・タイム・オーケストラ」の正式メンバーに招聘される。NYCを拠点に活動するブラジリアン・ジャズ・バンド「ハシャ・フォーラ」リーダー。『ハシャ・ス・マイルス』や『ハッピー・ファイヤー』などのアルバムが好評。ボストンではブラジル音楽で著名なフルート奏者、城戸夕果と双頭で『Love To Brasil Project』を率い活動中。 [ホームページ:RachaFora.com | HiroHonshuku.com] [ ヒロ・ホンシュク Facebook] [ ヒロ・ホンシュク Twitter] [ ヒロ・ホンシュク Instagram] [ ハシャ・フォーラ Facebook] [Love To Brasil Project Facebook]

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