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Hear, there and everywhere 稲岡邦弥R.I.P. 沖至No. 270

#24 追悼 沖 至 producer 稲岡邦彌

text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌

僕はジャズの聴き手としては晩生で、大学に入ってから。入学祝いに買ってもらった東芝製のホームステレオで聴いたFMの番組がきっかけだった。専門誌の『スイングジャーナル』を買い、新宿の輸入盤専門店「マルミ」に通い、ジャズクラブやジャズ喫茶に足繁く通うになった。造り手としては、卒業後5年間はドイツ商社に勤務してからのトリオレコード入社だからここでもハンディを負う。しかし、トリオレコードには海外渉外担当で入社したので、5年間のドイツ商社勤務を生かすことができ、制作担当になってからも外人との付き合い方や契約の進め方などですいぶん役に立った。とくに、トリオレコードは新生で経験者がおらず、少数精鋭でひとりで多くの業務を抱えざるを得なかったので、必然的にオールマイティの能力を身につけることができた。
そんなわけで、僕が沖至に出会ったのは、1973年7月の「インスピレーション&パワー14〜フリージャズ大祭」が最初だった。このとき、沖至は、沖 至 (tp)、高木元輝 (ss)、徳広晃志 (b)、中村達也 (perc)、ジョー・水木 (perc)というクインテットで出演、演奏のなかから<オクトーバー・リボリューション>が2枚組アルバムのなかの1曲として収録された。<オクトーバー・リボリューション>は、NYで旗揚げされた「ジャズの10月革命」のスピリットを継承するもので、NYでの革命から10年を経ての日本での “革命” を標榜するものであった。なお、このフェスの記録は14日間にわたって全出演グループの演奏が4チャンネルで完全収録されたが、トリオレコードの全音源を継承した会社がマスターテープを無断で廃棄処分したため、沖至クインテットについても1曲を除いて詳細がまったく不明である。
フェスからほぼ1年後に渡仏を決めた沖至のさよならコンサートを収めたアルバムが『しらさぎ』である。メンバーはフェスに出演したクインテットそのまま。1974年6月7日、赤坂の草月ホールでライヴ収録されたが、オリジナルの<しらさぎ>と<オクトーバー・リボリューション>にはさまれたスタンダードの<ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ>。パリのライヴでは前衛に身体を張りがなら、アラン・シルヴァのジャズ・スクールでバップとスタンダードの講座を持っていたという沖至の資質をよく表している。そもそも、沖はクリフォード・ブラウンをメンターとしており、「自分の誕生日は忘れてもクリフォードの命日には必ず花を手向ける」とインタヴューで語っているほど。Youtubeに上がっているスタンダードも惚れぼれする出来である。
沖至と加古隆の帰国のチャンスを捉えて1977年2月8,9日に杉並のテイチクスタジオで録音されたアルバムが、『ミラージュ』である。メンバーは、沖 至 (tp)、加古 隆 (p)、翠川敬基 (b)、富樫雅彦 (perc) によるカルテット。沖と加古はパリでの仲間だが、沖と富樫は1966年に結成されヨーロッパツアーまで敢行したESSGのメンバー、さらに沖と翠川は田中穂積を加えたトリオでかの『殺人教室』を生んだ仲である。沖のオリジナル3曲を挟んで前後を加古のオリジナルが占めるという考え抜かれたシークエンスがアルバム全体の独特の雰囲気を支配する。この微妙なパワー・バランスが作品にえも言われぬ緊張感をもたらしていると言えるだろう。ジャズ評論家の多田雅範箱のアルバムに付いて次のように言及している;このメンバー編成は、極めて秀逸なものだ。飛翔することが身上である沖至のトランペット、その引力によって重心を落とすことが持ち味になってしまうここでの加古隆、あくまで冷徹に刻む富樫雅彦。沖、と、加古・富樫、によって、引き裂かれるような場所で(まさに磁場だ)、灼熱によって舞踏を強いられるかのような翠川敬基のベース。加古のコンポジション(1・5曲目)配置といい、曲想の展開、演奏への集中力といい、と……、このサウンドを聴きながら、ジャレットがピーコックのリーダー作でデジョネットを伴い録音した『tales of another』(ECM 1101、トリオ・レコードのLP邦題は『ECM』、これこそ歴史的名盤の名に相応しい)と全く同じ質感を覚えて、確認してみると、772月、まったく同時期に録られている(!)。(((音楽ブログ:musicircus所収)

東大の医局にいた医者の卵の義兄がパリに留学するに際し、アパートの保証人を紹介してほしいと頼まれた。沖さんに連絡したところ「俺はふーてんみたいなもんだから、奨学生の加古隆の方がふさわしいやろ」と言われ、加古さんに保証人を依頼したことがある。帰国した義兄に沖さんの印象を尋ねたところ「どこかヴァガボンドのような人だった」と言われた。当たらずといえども遠からず、といったところだろうか。
近年では、白楽のBitches Brewでアクセル・ドナーとのトランペット・デュオを聴き、横浜のドルフィーでは田村夏樹+藤井郷子が加わったユニットにゲスト参加した沖さんを聴いた。せんがわのJazzArtでも数回。沖さんは時と場所、相手にかかわらずいつでもどこでも沖至でいられる稀有な音楽家だった。おそらく体幹にしっかりとメインストリームを蓄えているからだろう。スピリットはつねにフリーであったとしても。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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