追悼 ジョージ・ウィーン 「Storyville レーベル」
RIP George Wein His Storyville label

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text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌

 

おそらく世界でもっとも知られているジャズ・フェス「ニューポート・ジャズ・フェスティバル」のファウンダーとして知られるジョージ・ウィーン(日本では古くからジョージ・ウェインと表記されているが正しくは「ウィーン」で、NYタイムスの追悼記事には発音について注記が付けられている)が亡くなった。長寿の世の中とはいえ享年95というのは大往生だろう。僕の頭の中では1980年菅原光博さん撮影の風貌で止まっていたのだが、今回の追悼特集で2015年常盤武彦さん撮影の老年の姿を見て誤差の修正にかなり戸惑った。僕は本場のニューポート・ジャズ・フェスには出かけたことがなく(イン・斑尾には二度ほど)、関わりは彼のレコード・レーベル Storyville(ストーリーヴィル)についてである。
「スイングジャーナル」誌の児山紀芳編集長(当時。1936~2019)の紹介で契約したアラン・ベイツが経営するBlack Lion Records(ロンドン)には本体のBLack LionやFreedomレーベルの他に、アランが買い取ったいろいろなジャズ・インディが含まれていた。それら、Candid、Jazz Time 、Sunsetなどに加えて Storyvilleがあった。これらのレーベルには当時(70年代)「スイングジャーナル」がフィーチャー企画として毎号紙面を割いていた「幻の名盤」がいくつも含まれていた。なかでも Storyvilleの秋吉(龝吉)敏子やリー・コニッツのオリジナル10インチ盤はマニア垂涎の超「幻の名盤」だった。
このStoryvilleのオーナー、George Weinは早熟な音楽人だった。7才で先生についてクラシック・ピアノを学び始め、のちにテディ・ウィルソンにジャズを学び、ハイスクールで13人編成のダンスバンドを結成してボストンのクラブに出演していたという。1950年、ボストン大学を卒業すると地元のコープリー・スクエア・ホテルの地下にジャズ・クラブ「Storyville」をオープン、翌年には同名のレーベルを開設、ジャズ・レコードの制作も始める。続けて、ディキシーランド専門の Mahogany Clubをオープン。ユダヤ系とはいえ、すいぶん商才に長けた音楽人だったようだ。そもそもは、自分の演奏の場と記録の発表の場を求めてクラブとレーベルを創設したようだが、やがてクラブに出演したルイ・アームストロングやビリー・ホリデイが彼の代名詞ともなる「ニューポート・ジャズ・フェスティバル」の開幕を飾ることになるのだ。
そのビリー・ホリデイだが、あるときロンドンのアランの原盤倉庫で「Billie Holiday at Storyville」と書かれたマスターを見つけ、飛び上がった。未発表音源だ。試聴させてもらうと、クラブからのラジオ放送の同録でDJのコメントも入っている。1951年、クラブ開店翌年の録音で、数曲スタン・ゲッツのテナー入りの掘り出し物である。アランに頼み込んで日本でLP化の作業をさせてもらった。ライナーノートは Alun Morganに、表紙の写真は写真家のK.Abeこと阿部克自さん (1929~2008)に手配を依頼した。
かくして、『Billie Holiday at Storyville』は日本発のアルバムとして世界中のファンを驚かせることとなった。1980年のことである。翌1981年、ボストンにパット・メセニーを訪ねた僕は、コープリー・スクエア・ホテルに宿を取り、30年前のビリーのライヴを偲んだのだった。
ジョージ・ウィーンとアラン・ベイツに関してはもう1枚いわく付きのアルバムがある。CANDIDレーベルのアルバム『Jazz Artists Guild / Newport Rebels』(ジャズ・アーチスト・ギルド/ニューポートの反逆者達)。1960年、ジョージ・ウィーンの「ニューポート・ジャズ・フェスティバル」に反逆 して「Rebel Jazz Festival」が同じくロード・アイランド州の海岸べりで開催された。首謀者はチャーリー・ミンガス、賛同したのはマックス・ローチ、エリック・ドルフィー、ロイ・エルドリッチ、ジョー・ジョーンズら。ギャラの問題でジョージともめたミンガスが反旗を翻し企画したのだが聴衆は200人足らずだったという。数ヶ月後、CANDIDレーベルのプロデューサーを務めていた社会派の評論家ナット・ヘントフが ”反逆者達” をスタジオに集めて収録したアルバム。同じ年、ニューポートで若者による暴動が起き、翌年のフェスが中止に追い込まれるが、「Rebel Fes」と暴動はまったく関係がないという。62年、再開された「ニューポート」に首謀者のミンガスの名前がリストアップされていた。

稲岡邦彌

稲岡邦弥 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。音楽プロデューサー。著書に『改訂増補版 ECMの真実』編著に『ECM catalog』(以上、河出書房新社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。Jazz Tokyo編集長。 https://www.facebook.com/kenny.inaoka?fref=ts

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