#32 ハーモン・メハリ『オム ・プリッセ・ イッセイ ・ミヤケ・ 2020 秋冬コレクション』を着る

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#32. ハーモン・メハリ、『オム ・プリッセ・ イッセイ ・ミヤケ・ 2020 秋冬コレクション』を着る

31. Hermon Mehari wears 『HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE  2020 A/W collection』
text by Yoko Takemura 竹村洋子
写真、資料提供: ISSEY MIYAKE INC.

今回はこのコラム始まって以来、最もフレッシュでホットなトピックになるだろう。

今年の1月半ば、インターネットでメンズのパリ・コレクションの速報を観ていたら、面白いショウの記事に行き当たった。『オム・プリッセ・イッセイ・ミヤケ:HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE』の2020年秋冬のショウだった。なんと、モデルが楽器を持ってジャズを演奏しながらランウエイを歩いているではないか!ビデオや写真を見ていたら、どこかで見た事のあるモデルがいることに気付いた。これ、あのハーモン・メハリじゃないのかな?と半信半疑で本人にすぐ問い合わせた所、照れ臭そうに、「そうなんだよ!」という返事。ハーモン・メハリは別コラムの『カンザス・シティの人と音楽』でも何度か紹介したが、カンザス・シティ出身のトランペット・プレイヤー。5年程前からパリに活動の拠点を移し、現在はヨーロッパ各地をほとんど毎日ツアーし演奏活動をしている。パリにいる時は、毎土曜日にラ・フォンテイン・デ・ベルヴィル(La Fontain de Belleville)という店で、また教会でもよく演奏している。
今回のショウについて、ハーモン・メハリ自身から話を聞く事できた。

『オム・プリッセ・イッセイ・ミヤケ』ブランドは三宅一生がチームと共に1988年に始めた『プリーツの仕事』で行っていた素材や技術をベースに2013年にスタートした。

三宅一生(1938年4月22日~)は日本が誇る世界のファッション・デザイナー。1965年にパリに渡り、1970年『三宅デザイン事務所』を設立。1973年にパリ・コレクションに初参加。
衣服の原点である『一枚の布』で体を包み、西洋でも東洋でもない衣服の本質と機能を問う服を創った。1993年に発表された、コンパクトに収納でき、着る人の体型を選ばず、シワを気にせず、気持ち良く着られる代表作であるプリーツの服『プリーツ・プリーズ』はその延長線上にある。このプリーツ服は行動する女性のために作られたという時代性もあり、世界中の女性に愛され、2012年までに435万枚が売れたという。読者の中にも持っておられる方も多いだろう。私自身も2枚持っている。特に旅行の際、皺を気にせずに持ち運べる事や、軽い事、そして海外に於いて『和』という表現を露骨に出さず、日本人デザイナーの創ったモダンな服で日本をアピールできる、という点も気に入っている。
三宅は、その実績からフランス・レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ始め、高松宮殿下記念世界賞(彫刻部門)、京都賞思想芸術部門など、国内外で数多くの賞を受賞。1998年文化功労者に顕彰。2004年、財団法人三宅一生デザイン文化財団を設立。2011年に公益財団法人となった。

『オム・プリッセ・イッセイ・ミヤケ』ブランドのコンセプトは、『プリーツ技術を背景とした現代を生きる男性のための新しい日常着。軽く、動きやすい機能性とフォルムの美しさを兼ね備えた服。アイテム同士の自由な組み合わせも可能。年齢、国籍を問わず、あらゆる日常の形に寄り添っていく。そして一人ひとりのアイデアや個性までも表現し、日々を彩り豊かにしていく。』
という事だ。

今年1月16日、パリのポンピドー・センターで3回目の発表のショウを行った。2020年秋冬コレクションのテーマは『HP3 JAM』。『HP3』とはHOMME PLISSÉの頭文字と3回目の発表の3を組み合わせたもの。
『自在に楽器を操り、即興で旋律を奏でる。自由に遊ぶ音とリズムに心が踊る。ルールに縛られない音楽のセッションのように、服もまた、心地よく気分次第で楽しみたい。』というのが今シーズンのテーマ。

ランウエイ上のリング先頭(向かって左手)がハーモン・メハリ。
サックス後方、トランペットを吹いているのがハーモン。
右下、バックから撮影されたハーモン。

ショウが開催されたポンピドー・センターは、パリの中心に位置する。ジョルジュ・ポンピドー元フランス大統領の発案によって作られ、1977年に開館した。近代美術の所蔵コレクションは欧州最大を誇る国立近代美術館、産業創造センター、映画館、多目的ホール、カディンスキー図書館、国立音響音楽研究所(IRCAM: Institut de Recherche et Coordination Acoustique/Musique) などを含む芸術拠点である。

ショウの総合ディレクターはダニエル・エズラロウ(Daniel Ezralow)による。エズラロウは1976年にアメリカ、バークレーのカリフォルニア大学のダンス科を卒業している。アートディレクター、バレエ振付家、パフォーマーとして劇場、映画、オペラやテレビと、パワフルな仕事ぶりで知られる。身体表現の独自のスタイルを持つ画期的なアーティストとして国際的に高い評価を得ている。ハバード・ストリート・ダンス・シカゴ、ロンドン・コンテンポラリー・ダンスシアター、シルク・ドゥ・ソレイユ・ショー・LOVE等のオリジナル作品を制作。また、ロサンゼルスとヒューストン・オペラ・カンパニーのための<フライング・ダッチマン>、ズービン・メータとのミュージカルの<アイーダ>、イタリア版<キャッツ>、ソチ・オリンピック(2014年)の開会式の振り付けなど、その活動は多岐にわたり、世界的に活躍している。
また、The GAP、Hugo Bossなどの広告キャンペーンの振付も行っている。

今回のショウは約30分で、プロのミュージシャン13人やダンサー達を含み、総勢40名が出演。

ショウの音楽ディレクターはダニエル・イヴィネック(Daniel Yvinec:1963年4月4日~)。イヴィニャックはフランスのコンポーザーでベース・プレイヤーでもある。ギヨーム・デ・チェシー、メシオ・パーカー、ポール・モティアン、マーク・マーフィー、坂本龍一、タニア・マリア、アンディ・ベイ、といったミュージシャン達との共演経験があり、Bee Jazz、Blue Noteなどのレーベルからアルバムを既に7枚出している。2008年9月から2013年12月までナショナル・ジャズ・オーケストラを指揮。イヴィネック自身は今回のショウでは音楽プロデュース、アレンジメントに徹し、ミュージシャンとして出演はしていない。

使用した曲はハービー・ハンコックの<Watermelon Man>、ジョージ・ガーシュインの< Rhapsody In Blue>、ダニエル・イヴィニャック<Eight Basses>、ポール・デスモンド/デイヴ・ブルーベック<Take Five>、ヘンリー・マンシーニ<Peter Gunn>、ルイ・プリマ<Sing, Sing, Sing>。

ハーモンは、誰かに「こんなことやらないか?」と声をかけられ、面白そうだったので今回の仕事を引き受けたようだ。出演したミュージシャン達はほとんどがパリ在住のプロフェッショナル。ハーモンの友人のサックス・プレイヤーのアクセル・リガード、ロビー・マーシャル、ベース・プレイヤーのファブリシオ・ニコラス・ガルシア、アレックス・ギルソン、シルヴァイン・ドゥブレツ、ガブリエル・イエール等も一緒で、良く知っているミュージシャン達だったのでやり易かったようだ。

『HP3 JAM』のコレクションはいくつかの作品群から構成される。

BIG BRUSH :幅の広い大きなブラシを使い、勢い良くカラフルな線や図形を描いたシリーズ。楽しいジャズ・セッションのように様々なエッセンスが交わり、一つの柄を生み出す。冒頭のハーモン・メハリはこのシリーズを着て登場。

 

SESSION :スポーティーなコートとトランペット、サックス、ベース、ピアノ、ドラムをモチーフにGOO CHOKI PAR(3人のグラフィック・デザイナーからなるデザイン・ユニット)が手がけたグラフィックとのセッションシリーズ。

 

ISSEY MIYAKE MEN OUTER WEARS :正多面体の展開図から着想を得た コートとブルゾン。

 

TUXEDO PLEATS :タキシード・シリーズ。従来の素材より落ち感のある厚みが特徴。鮮やかな色を添え、遊び心のあるフォーマル・スタイル。

 

CANVAS DECK SHOES-HI:『HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE』と『WAKOUWA(ANATOMICAのデザイナーであるピエール・フルニエと35SUMMERS代表の寺本欣児が研究を重ね軽い履き心地と滑りにくいソールを実現したシューズライン)』が取り組んだ新しいシューズ・プロジェクト。ハイカット・モデルに植物、動物、四季を表す日本伝統の万葉の色を取り入れたもの。

 

過去にファッション・ショウでバックの音楽にジャズが使われた事は度々ある。が、今回の『オム・プリッセ・イッセイ ・ミヤケ』のショウの様にミュージシャンがライブ演奏しながらランウェイで服を見せる、というのは私の記憶するところではほとんど無く、極めて新しい試みだ。選曲はスタンダードからイヴィニャックのオリジナルまであり、演奏スタイルも極めて新しい『現在進行形』のスタイルである。『ファッション』も『ジャズ』も常に新鮮さが求められる。ファッションと音楽の関わり方がこういう新しい形で表現されたのは初めてではないだろうか?

ハーモンが登場した最初の<Watermelon Man>< Rhapsody In Blue>と最後の<Sing, Sing, Sing>ではモデル(ここではミュージシャンもダンサーもモデルになる訳だが)全員がランウェイ上で非常にリラックスして楽しんで演奏しているように見受けられる。また、ダニエル・イヴィニャックの<Eight Basses>では8人のベーシストが並んで演奏。<Take Five>ではモデルが丸いリングの中に入り、リズムに乗り自由自在に踊りながら服を見せる、というユニークな演出もあった。

音響はポンピドー・センターの機材ではなく、別に手配されたもの様だが、素晴らしく良かった様だ。楽器は当然ミュージシャン各自の物。

ハーモンは今回のショウで着用した服について、「素晴らしかった!最初ちょっとルーズな感じがしたけど、オープンな感じで機動性を持っているので、とても優雅に動くことができた。」と言っていた。実際、ハーモンはランウェイ上で緊張することもなく、とても軽やかに演奏している。

ミュージシャンは音楽を演奏して『音』を観客に聴かせる事に集中する。ファッション・ショウでは『服』と同時にその服を着て体の動きも見せなければならない。ランウェイで演奏しながら、服を観客により良く見せなければならないという事は、ハーモンにとっては、さぞ難しかっただろうと察する。彼はミュージシャンであり、ファッション・モデルではないので、服を如何に見せるかという事には慣れておらず、それは当然の事だろう。しかし、音楽はそれほどアグレッシヴで難しいものではなく、服もモデル達の体の動きを自然に見せれば良いということで、当初思っていたより良くできた、と言っていた。

難しい部分については4日間に渡るリハーサルで、幾度も繰り返し練習を重ねた様だ。ランウェイでのパフォーマンスは、最初は音楽に合わせて演奏し歩くことから始め、ディレクターのダニエル・エズラロウとダニエル・イヴィニャックが振り付けや演奏スタイルを修正しながら、どんどん作り上げていき、最終的に観客の前で発表した時の形になった。それはまさにジャズの世界でインプロヴィゼーションをしながら演奏するのと同じ事で、リハーサルはかなりハードだった様だ。

さらにハーモンは、「今回のショウの目標はファッション・ショウの既成概念を打ち破り、観客を楽しませる事。観客にコレクションで発表された服が欲しい!と思わせる事。デザイナーのイッセイ・ミヤケにはこのコレクションラインでジャズの持っている自由な精神を讃えたいと言われ、観客にそれを感じさせなければならなかった。だから、今回の経験は僕にとって大きなチャレンジでもあり、全く新しい環境と世界を知った素晴らしい体験だった。」と言っていた。

1990年頃からか、ジャズ・ミュージシャン達は一部の人達を除き、彼らの服装について、あまり関心を示さなくなってきた。多くのミュージシャンは夏はTシャツ、もしくはシャツにジーンズかパンツ。冬はトップスにセーターが加わるというパターン化されたものになってしまったような気がする。しかも、ブラックさえ着ていれば安心、というような傾向でもあるのではないだろうか?また、「ジャズ・ミュージシャンは音楽で勝負するので、服は関係ない」という固定観念を持つミュージシャンも数多いだろう。ファッションの事まで考える余裕がないミュージシャン達や、全く無頓着なミュージシャン達が数多くいるのも否めない事実だろう。

ただ、ここ数年程前から、若手を中心にミュージシャン達が少しずつお洒落になってきたような気がする。と言ってもまだまだ彼らのファッションを語れるところまでは行かないが。ハーモン・メハリも普段、演奏の時は殆どシャツとパンツ、ちょっと改まった時は軽い仕立てのテイラード・ジャケットを羽織るというスタイルだが、それなりに気を使っている。

かつて、誰よりもお洒落だったデューク・エリントンやジミー・ランスフォード、ジョー・ウィリアムズなどは非常にスタイリッシュなスタイルとパフォーマンスで観客を魅了した。マイルス・デイヴィスやオーネット・コールマンも常にヒップで時代の先端を行き、ジャズ界のファッション・リーダーだった。ディジー・ガレスピーはアフリカン・ファッションと彼の音楽で自分のアイデンティティを表現した。(当コラム#4, スタイリッシュなバンドリーダー達#6、マイルス・デイヴィスから始まったアイヴィー・ルック#10,ビリー・エクスタインとジョー・ウィリアムスの粋#28、オーネットコールマン『ジャズ界のサプール』#26. アフリカン・ファッションで身を包んだミュージシャン達 参照)他にも、チェット・ベイカー、クインシー・ジョーンズ、チャック・マンジョーネなど、ハーモン・メハリと同じトランペット・プレイヤーにはお洒落な人が多いのは偶然だろうか?

ジャズはミュージシャンにとっては音楽による自己表現。観客にとっては『聴く音楽』であると共に、ミュージシャン達が演奏する時の様々な姿、ミュージシャン同士の掛け合い、駆け引きなどを『観て、感じる音楽』でもあるだろう。
また、ジャズ・ミュージシャンは頭脳労働者であると共に、肉体労働者である。演奏中は体を動かし大量に汗もかくので、彼らの服には相応の機能性が求められる。しかし現在、機能性に富んだ新しい素材の開発は進んでおり、ジャズ・ミュージシャンに合った時代を反映したデザインの服はいくらでもある。高価なブランドの服を着るという事ではなく、昨今のジャズ・ミュージシャン達は、自分達が観客の前で着るものに関心を持ち、音だけではなくヴィジュアルにも、もう少しこだわりを持っても良いのではないかと思う。

そういった意味でも、今回の『オム ・プリッセ・ イッセイ ・ミヤケ、2020 A/ Wコレクション 』のショウは大きな意味を持つだろう。

今回のコレクションは2020年6月から11月に秋冬物商品として店頭に並ぶ。ハーモンの手元には彼がランウェイで着た服は未だない。彼は、コレクションで着た服を是非自分のワードローブに加え、それを着て演奏したい、と言っている。パリに移り、ヨーロッパ各地で演奏活動を始めて以来、格段に演奏の腕を上げて来たハーモンが『オム・プリッセ・イッセイ ・ミヤケ』の服を着て演奏する姿を見るのが楽しみだ。着心地が良く自由でアーティスティックな服で、ハーモン・メハリの自由な音楽が存分に表現できる事は間違いないだろう。今回の貴重な体験が、今後の彼の演奏に良い形で反映されていくことを願う。

ハーモンとの話の最後に、「ファッション・モデルの仕事を今後やる気はないの?」と尋ねたところ、まんざらでもなさそうだったが、「やっぱり僕はジャズ・ミュージシャンでいたいな。」と言っていた。

ハーモン・メハリは、コロナウィルスの影響でパリの街が封鎖される3月17日直前に、数人の友人達と一緒に南フランスの小さな家に移動し、少なくとも1ヶ月は過ごす予定だという。この新コロナウィルスによるどうしようもない状況に歎きつつも、そこで彼らなりの音楽活動を行っている。

*『Homme Plissè Issey Miyake Paris 2020秋冬コレクション』


HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE Autumn Winter 2020

 

*Hermon Mehari:Star Session @ Kansas City 2018

関連リンク
*Issey Miyake 公式HP
https://www.isseymiyake.com/ja/brands/hommeplisse
https://www.instagram.com/hommeplisse_isseymiyake/

竹村洋子

竹村洋子

竹村 洋子 Yoko Takemura 桑沢デザイン専修学校卒業後、ファッション・マーケティングの仕事に携わる。1996年より、NY、シカゴ、デトロイト、カンザス・シティを中心にアメリカのローカル・ジャズミュージシャン達と交流を深め、現在に至る。主として ミュージシャン間のコーディネーション、プロモーションを行う。Kansas City Jazz Ambassador 会員。KAWADE夢ムック『チャーリー・パーカー~モダン・ジャズの創造主』(2014)に寄稿。Kansas City Jazz Ambassador 誌『JAM』に寄稿。(2016)

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