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Live Evil 稲岡邦弥No. 225

#25 Kishiko クリスマス・ゴスペル・セッション Kishiko meets Samuelle Vol.2

2016年12月22日 Organ Jazz倶楽部(東京・沼袋)

Kishiko(vo/p/org)
Samuelle(vo/p)
堀木健太(b)
喜多見智(ds)

12月4日に出かけたMaricoのライヴ会場で母親Kishikoのゴスペル・セッションを知った。Kishikoは、1988年にメルダックからリリースされたデビュー・アルバム『Amazing Grace』以来のファンである。日米を股にかけて制作されたこのアルバムは、当時日本に在住していたポール・ジャクソン(ハービー・ハンコックの『ヘッドハンターズ』のベーシストとしてつとに名高い)が、楽曲の提供からアレンジ、制作まで全面的に手を貸した本格的なモダン・ゴスペルだった。キーボードの本田竹広、ドラムスのセシル・モンロー(先年、急逝)などジャズ・ファンにおなじみの顔ぶれもいるが、ほとんどは西海岸で活躍するブラコン系のミュージシャンである。Kishiko自身はカリフォルニアのバプチスト系の教会でオルガンを弾いたり、コーラス隊で活躍していたから当然の流れでモダン・ゴスペルのアルバム制作となった。
僕はKishikoのハスキーなアルトとこのアルバムに通底する黒いグルーブが大好きでたちまち愛聴盤になったが、ちょっとしたきっかけで僕の母がこのアルバムに救われることになる。母が甲状腺癌の宣告を受け、慶應病院を経て柏のホスピスで終末期を迎えることになったのだが、盛んに精神の不安定を訴える。クリスチャンだった母は、牧師のメッセージや賛美歌のテープを聴いていたのだが、Kishikoの『Amazing Grace』をカセットにコピーして渡してみた。1ヶ月ほど経って「音が聞こえなくなった」というので調べてみたところ、何度も繰り返し聴いたと見え、テープが擦り切れていた...。Kishikoの歌やポールたちの演奏を通じて母は神を身近に感じるようになったのだろう、精神状態も落ち着き、やがて音楽とともに旅立って行った。

沼袋のオルガン・ジャズ倶楽部の存在は知っていたが足を踏み入れるのは初めてだ。B3(ハモンド)とレスリー・スピーカーに加えピアノも常設という稀有な存在。10年前に脱サラしたオーナーが開業、維持していると聞いてさらに驚く。店内の質感は本格的でオーナーのこだわりを強く感じる。ステージ後方の大きなミラーが2連のキーボードを映す粋な計らい。

Kishikoにジョイントしたサム(サムエル)は若きCCM (Contemporary Christian Music) のスターらしい。10日前にもこのクラブでジョイント、今回は追加というからKishikoとサムのコンビはCCM界にとって強力なビリングなのだろう。Kishikoのオルガンでの弾き語りで始まったギグは、ピアノの弾き語りに移り、サムとのデュオ、サムのピアノ弾き語り、Kishikoの伴奏でのサムのソロと展開していく。Kishikoのオープナーで思い出したことがある。賛美歌#312<いつくしみ深き>。オーネット・コールマンが旧友ソニー・ロリンズの生誕80周年記念コンサートにゲスト出演、演奏したのがこの賛美歌だ。http://www.jazztokyo.com/five/five832.html 前衛派のオーネットがメインストリーマーのロリンズとどう和すのか手に汗を握ったが、アメリカ人、とくに、ミュージシャンは教会音楽という共通項があるので強い。Kishikoのオリジナル(作曲)の中では、新作のタイトル・ナンバーになった<ひとりじゃないから>がとくに完成度が高く、CCMのスタンダードになる予感がする。サムは神への強い想いをファルセットも交えながら切々と歌い上げ、独自の世界を創りあげる。J-popにも通じるこのスタイルが、若いファンの心にアピールするのだろう。そんなふたりがア・カペラで披露した<ホワイト・クリスマス>、母を思い出し胸が熱くなった。
終演後、Kishikoのパートナー永野牧師から衝撃的な事実が知らされた。何とKishikoは6年前に母と同じ甲状腺癌を患い、切除手術で一度は声を失ったという。歌手としてのキャリアを諦めきれずに声帯の形成手術に挑み、声を取り戻したばかりか、歌をうたう機能も回復させた。これは医学界でも非常にレアなケースで、研究対象になっているとのこと。血の滲むような苦労に耐えたKishikoは歌手として一層の使命感に燃えているという。

翌朝、Kishikoの奇跡を共に聴いた友人からメールが届いた。ライヴから帰宅してTVの「ワールド・ビジネス・サテライト」にチャンネルを合わせたところ、特集が「甲状腺癌の最先端手術」でした...。(稲岡邦弥)

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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