Reflection of Music Vol. 74 Moers Festival 2020: Live Streaming by arte
メールス ・フェスティヴァル 2020: ライヴ・ストリーミング
Moers Festival 2020: Live Streaming by arte
photo & text by Kazue Yokoi 横井一江
世界中で音楽イベントが次々とキャンセルされている。3月12日〜14日のタクトロス・フェスティヴァル(スイス、チューリッヒ)はかろうじて開催できたようだが、それ以降、私の知る範囲内ではほぼ全てのイベントがキャンセルまたは延期となった。そのような状況下、東京ジャズは5月23日と24日にオンライン上でバーチャル・フェスティヴァルを試みている(→リンク)。そして、ドイツのメールス ・フェスティヴァルはプランB、つまりライヴ・ストリーミングによるフェスティヴァルを5月29日から6月1日の4日間に亘り決行した。メールス は1987年から2004年まで何度も足を運び、昨年久しぶりに訪れていて(→リンク)馴染みのあるフェスティヴァルだけに、開催期間中は可能な限り観ることにした。しかし、結果的に徹夜できたのは1日のみ。後は時差の関係で寝落ちしてしまい、目を覚ますとフェスティヴァルはまだ続いていたので再びMacの前に戻るという状態だったが。寝落ちした時間帯の演奏は後での閲覧となったものの、ストリーミングでフェスティヴァルをまるごと観るというのは初めての体験だった。休憩時間がなく、ぶっ通しで中継されていたためか、Macの前に居るだけなのに会場でカメラを持って動くよりも疲れた気がする。ステージが終わる毎にふーっと息を抜き、頭を切り替える時間がなかったからなのだろう。
*プランBという選択
プログラムは3月に発表された。コロナウイルスによる感染はじわじわとヨーロッパ各国も蝕み始めていたが、例年どおりの発表である。スローガンは “new ways to fly”。コロナ禍以前に検討されたと推測されるが、今回のメールス ・フェスティヴァルにぴったり合ったスローガンである。新型コロナウイルス感染さえ落ち着けば、通常開催の可能性もまだ考えられた時期だった。しかし、コロナウイルスの感染力は増すばかりで、非常事態宣言下のドイツでは大規模イベントの開催は禁止されてしまう。それなのに、メールス ・フェスティヴァルを中止するというアナウンスはなく、ウェブサイトもそのままだった。4月22日にプランBを選択することがプレス発表される。つまりライヴストリーミングで開催するという決定を下したのだ。水面下で様々な折衝が行われていたことは想像に難くない。おそらく開催したいという意思が勝ったのだろう。この時点では、ストリーミングに否定的なジョン・ゾーンが自身の出演、同時に他のミュージシャンによる作品演奏もキャンセルした他、機材運搬などの事情でのキャンセルはあったものの、出演者のラインナップに大きな変更はなかった。その時は、アーチー・シェップやスティーヴ・スワローといったリジェンド達、あるいは21年ぶりの出演が予定されていたハイナー・ゲッペルスの名前があったものの出演したのはゲッペルスのみだった。
興味深かったのは、4月下旬にチケット払い戻し方法についてのアナウンスがあったと同時に、サイト上にFAQが作られたことである。そこには中止による財政面での影響についても書かれていた。公的資金を使って開催されるフェスティヴァルならではのことで、回答によると中止はメールス・フェスティバル(Moers Kultur GmbH)もメールス 市にとっても何の節約にはならず、フェスティバルを完全に中止した場合にもそれなりの費用がかかることが早い段階から様々なシナリオを想定して試算した結果明らかになったこと、特定の目的のために計上された公的資金を他の費用に流用したり、翌年に繰り越すこともできないということが記されていた。単に「開催したい」という気持ちだけではなく、財政面も含めた検討があったことが窺える。そしてまた、政府が4月中旬に大規模イベント禁止を発表するまでは契約の関係で、プランBの発表が出来なかったことも書かれている。公的資金によって開催されるイベントだけにメールス 市民そして聴衆に対しても説明責任を果たそうという姿勢が表れていた。
しかし、移動することへの不安、国境封鎖や検疫強化、あるいはフライトの大幅減便等々の影響は大きく、最終的には出演者の顔ぶれは大きく変わることとなった。日本から出演予定だったバンド「GOAT」も出演をキャンセルしている。結果的にドイツあるいは近隣国に在住するミュージシャンによるプログラムとなった。ルーカス・ケラー (b) 率いる若手グループ「ボルト BÖRT」などケルンやエッセンのミュージシャンが様々なプロジェクトで出演していたことで、私的にはドイツの音楽シーンの一面を知る好機となったのである。日本に2回来日しているフローリアン・ヴァルター (sax)(→インタビューと紹介)も幾つものプロジェクトで出演していた。国際的なフェスティヴァルではあるが、ローカルな音楽シーンなくしては今回の開催は無理だったともいえる。
*ライヴ・ストリーミング
演奏風景のみならず、中継された映像では会場全体やスタッフの動きを映し出すことで、コロナ下のフェスティヴァルの現実を見せていた。アリーナには間隔をとって椅子が並べられ、人が座っている。これは入場を許されたジャーナリスト、カメラマン、関係者用の席である。コンソールもステージから近いところに置き、誰もいない空間に向かって演奏することになるのを避けたようである。また、ステージとは別の場所に撮影用のグリーンスクリーンが設置されていて、中年男性扮する Miss UniMoers が常に何かしらのパフォーマンスを続け、それを合成した映像を背景として映し出していた。それがなかなかキッチュで、映像やMiss UniMoers の動作が音楽とシンクロしていたり、いなかったり。これはある種のユーモアなのか、イロニーなのか、その両方なのか?だが、時間が経つにつれ、Miss UniMoersがそこに存在することが当たり前になってきたから不思議だ。
会場内にいた人数はごく限られていたのに、拍手は聞き覚えのあるメールス のそれである。毎回異なる過去のメールス での録音から拍手を取り出して流していたのだ。ステージ上には黒板が置かれ、そこにいつのどのステージの拍手なのか毎回書き換えて、カメラが映していた。もしかすると過去に訪れた時の私の拍手もどこかに紛れ込んでいたかもしれない。多少違和感があるものの無拍手と違って、画面を観ている側としてはこのほうがコンサートらしくて良かった。
また、演奏の合間にはディスカッションやミュージシャンや関係者へのインタビューが中継され、空白の時間が出来るだけ生じないようにプログラムが組まれていた。音楽監督ティム・イスフォートのインタビュー時には、メールス 市にある古城の庭(そこが初期のメールス ・ジャズ祭の会場だった)でのソーシャル・ディタンスをとった上で開催されたコンサート風景や、昨年と同じくミュージシャンを荷台に乗せた小型トラックが市内を走っている映像も流すということも。そして、ニューヨークにいるタリバム!Talibam! からのビデオクリップを映したりと、ただのコンサート中継ではなくフェスティヴァル=お祭りであることを伝える工夫もなされていた。また、SNS上のコメントを読み上げていたのは、聴衆不在の中継をインタラクティヴなイベントにするためのひとつの工夫だといえる。
フェスティヴァル側は「アナログ」ということを強調していた。中継こそはライヴ・ストリーミングでデジタルだが、確かにやっていることはアナログな発想である。東京ジャズのように オンラインで演奏を中継するという選択肢もある。だが、祝祭はフィジカルなものであり、場なくしてはあり得ないのだ。メールス のホールで開催することに拘りがあったに違いない。そしてまたミクスト・メディア的な映像を配信することも “new ways to fly” だったのだろう。
*プログラム
フェスティヴァルはフランスのアヴァン・ロックバンド「ポワル PoiL」で始まった。次のステージはフェスティヴァルのセッションのプログラミングも担っているヤン・クラーレ Jan Klare 率いる大編成プロジェクト「ザ・ドルフ The Dolf」。ヤン・クラーレはサックス奏者だが、クレジットによるとここでの役割は指揮者ならぬエアムーヴメント airmovement である。最初の一音は「ダダダ、ダーン」、ベートーベンの有名な交響曲第5番「運命」をアレンジした演奏だ。今年はベートーベン生誕250周年なのでそれに因んだ企画である。続いて、ウィーンのアウナー・カルテット Auner Quartett によるベートーベンの後期作品から弦楽四重奏曲第15番作品132と133から、NRW ユースオーケストラが参加するかたちで「6つのバガテル作品126(マヌエル・イダルゴによる弦楽編)」による演奏。ウィーンから来たもう一組「ナイン・フォー・スリー(ウォルフガング・プシュニック、ヘルベルト・ピルカー、ウォルフガング・ミッテラー)」はミッテラーがサンプリングしたベートーベンの交響曲の演奏にプシュニックとピルカーが即興演奏、プシュニックの美しい音色といい、異色ではあるが出色のプロジェクトだった。
目についたセッションに「51%」というのがあった。同名のディスカッションも用意されている。51%とは何か。世界人口における女性の比率のことである。そもそもこの企画は当初のプレスリリースによると、エッセンで開催されている女性ミュージシャンをフィーチュアしたペング・フェスティヴァルとのコラボレーションから生まれたもので、世代の異なる女性ミュージシャン3名、マギー・ニコルス (vo)、ジョエル・レアンドレ (b)、ジルケ・エバーハルト (sax) がそれぞれ女性ミュージシャン3人を招いて9人編成で行う予定だった。マギー・ニコルスは1977年にロンドンで結成されたフェミニスト・インプロヴァイジング・グループのひとりで、まさに女性インプロヴァイザー草分けの代表格である。ジョエル・レアンドレは、1987年のメールスジャズ祭で 女性特集が組まれた時「カナイユ Canaille 」というユニットで出演していた。ちなみにカナイユはイレーネ・シュヴァイツァーが80年代にスタートした女性インプロヴァイザーによるフェスティヴァル名である。ジルケ・エヴァーハルトはベルリンを拠点に活躍するサックス奏者で今年のベルリンジャズ賞の受賞も決定している(→リンク)。彼女は2008年に高瀬アキとのデュオ「オーネット・コールマン・アンソロジー」で日本ツアーを行っているので覚えている人がいるかもしれない。だが、コロナの影響でレアンドレとニコルスがキャンセルしたことによって、エヴァーハルトと6人の女性ミュージシャンによるプログラムとなった。メンバーには、今年メールス 市のインプロヴァイザー・イン・レジデンスに選ばれたブラジル出身のマリア・ポルトガル Mariá Portugal (ds, vo)、自身のプロジェクトやイヴ・リッサー Eve Risserとの「モンキー・ドンキー」などで活動するストラスブール在住のユーコ・オオシマ (ds)もいた(→インタビュー) 。他にリズ・コーザック Liz Kosack (electronics)、アルムート・キューネ Almut Kühne (vo)。個々の音楽性は異なるが現在第一線で活躍するミュージシャンによる(おそらく初めての)顔合わせによる即興演奏はフレッシュでスリリングだった。
ジルケ・エヴァーハルトは10年以上活動を続けている自己のグループ「POTSA LOTSA」のXLバージョンでも出演。ベルリン在住のヴァイブラフォン奏者の齊藤易子もメンバーとなっている(→インタビュー)。齊藤はまた、一昨年から始まった子供たちが作曲した作品を若手を中心とするミュージシャンが演奏する企画「コンポーザー・キッズ」にも出演していた。他にも第1回インプロヴァイザー・イン・レジデンスに選ばれたアンゲリカ・ニーシャーを含め多くの女性ミュージシャンが出演していた。女性ミュージシャンが増えた今なおフェスティヴァルで女性あるいはジェンダーについて語られることに意識の違いを強く感じる。もちろん歴史的な検証や意見表明は必要だ。しかし、音楽家にとって第一義に問われるべきなのは音楽そのもので、男性とか女性、あるいはLGBTというバイアス抜きで、個々の音楽が評価されることこそが理想であると私は考えるのだ。
個々の演奏評は紙幅が尽きたのでまたの機会にするが、出演予定のリジェンドが相次いてキャンセルする中、ギュンター・ハンペルは音楽とダンスの即興ステージで、コニー・バウアーはダグ・マグヌス・ナルベセンDag Magnus Narvesen (ds) と、スヴェン・オキ・ヨハンソンはヤン・ジェリネック Jan Jelinek (electronics) とのデュオで、またデイヴィッド・フリードマンも出演していたことは付け加えておかねばなるまい。他にもドキュメンタリー映画『黙ってピアノを弾いてくれ』(2018年、ドイツ)になったチリー・ゴンザレスがソロ・ピアノで、トランペットの異彩ラジェッシュ・メータは「スカイ・ケージ」で出演するなど、大幅なプログラム変更があったにも拘らず、即興演奏を軸とする多様な音楽シーンの今を観せてくれるプログラムだった。
また、メールス ・フェスティヴァルのファンにとってはキモと言えるメールス・セッションでは様々な顔合わせで即興セッションが組まれていた。最終ステージとなったセッションは、ヤン・クラーレ、トルステン・テップ Thorsten Töpp、マリア・ポルトガル、音楽監督のティム・イスフォートに現実世界に戻ってきたMiss UniMoers(もう女装はしていない)も加わる形で締めくくられた。
一日も早くミュージシャンや音楽シーンに日常が戻り、来年の第50回メールス ・フェスティヴァルは通常通り開催されることを心から願いたい。
オフィシャル・サイト: https://moers-festival.de
註:arte TV では各日30日間視聴可能
https://www.arte.tv/de/videos/RC-016169/moers-festival/
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