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特集『ECM: 私の1枚』

後藤雅洋『Matthias Eick / Midwest』
『マシアス・アイク/ミッドウエスト』

ECMと私

1967年私がジャズ喫茶「いーぐる」を開店した時、ECMレーベルはまだありませんでした。ですから、1970年に旧西ドイツで設立されたECM誕生の新鮮な驚きは今でも鮮明に記憶しています。確か最初に購入したのはチック・コリアの『ピアノ・インプロヴィゼーションVol.1』だったでしょうか。店に持ち帰り一聴して驚嘆しました。もちろん以前からチックの力量はスタン・ゲッツのサイドマンとしてのアルバムや、リーダー作『ナウ・ヒー・シングス、ナウ・ヒー・ソブス』(Solid State)などで十分承知していたのですが、ECMから出された当時はまだ珍しかった彼のソロ演奏は、ジャズ・ファンの意表を突くものでした。

次いで、キース・ジャレットのピアノ・ソロ・アルバム『フェイシング・ユー』がECMから出るに至り、70年代ソロ・ピアノ・ブームが巻き起こったのです。そしてECM の名前を決定的にしたのが、1972年のチック・コリア『リターン・トゥ・フォエヴァー』でした。このアルバムはジャズ・シーン全体を転換させるほどのインパクトをもってファンから迎えられたのです。当然これら3枚のアルバムにはリクエストが殺到し、あっという間にアナログ盤は擦り切れ、何度か買い直したのも懐かしい想い出です。

しかし、これら設立直後のECMの名前を世間に周知させた作品はアメリカ人ミュージシャンによるもので、本来の、と言っていいのか、ECMプロデューサー、マンフレート・アイヒャーらしさが前面に出たヨーロッパ人ミュージシャンによるユニークな作品群が話題になったのは、もう少し経ってからだったように記憶しています。

私がヤン・ガルバレクであるとかジョン・サーマンといった、アメリカン・ジャズとは一味違ったミュージシャンたちを知ったのにはいくつかのきっかけがありました。何と言っても大きかったのは、当時渋谷にあった伝説の名店「メアリー・ジェーン」の店主、福島(哲雄)さんとお付き合いさせていただくようになったことでした。彼はとにかく耳が良く、まだあんまりジャズがわかっていない私に、ほんとうにていねいに新しいジャズについて教えてくれたのです。そんな中に ECM の作品群があったのですね。

また、当時日本で ECM を出していたトリオ・レコードの方々が「メアリー・ジェーン」に出入りし、私はそこで稲岡さん、原田さん、丸茂さんらトリオの優秀なスタッフのみなさんをご紹介していただいたことも大きかったですね。そうした関りからか、当時 ECM ファン・クラブを主宰していた多田(雅範)さんとも知り合い、後に「いーぐる」で ECM ファン・クラブの会合が定期的に催され、そこで得た知識が私のジャズ観に与えた影響も計り知れません。

こうした懐かしい想い出は 70年代~80年代のことですが、もちろんその後も折に触れ ECM から出された作品群のインパクトは大きく、たとえば 90年代後半クラブ・シーンで注目されたニルス・ペッター・モルヴェルの『クメール』など、「エッ、こんなものもECM は出すんだ!」とファンを驚かせたものです。

ごく最近の作品で私が気に入っているアルバムは、ノルウェイのトランぺッター、マティアス・アイクの『ミッドウェスト』です。いかにも北欧の風土を感じさせる透明感に満ちたトランペットを彩る、郷愁感をさそうヴァイオリン・サウンドが素晴らしい。21世紀もECMはジャズ・シーンに斬新なインパクトを与え続けていますね。


ECM 2410

Mathias Eick (Trumpet)
Gjermund Larsen (Violin)
Jon Balke (Piano)
Mats Eilertsen (Double Bass)
Helge Norbakken (Percussion)

1 Midwest (Mathias Eick) 05:11
2 Hem (Mathias Eick) 05:14
3 March (Mathias Eick) 05:53
4 At Sea (Mathias Eick) 04:03
5 Dakota (Mathias Eick) 04:55
6 Lost (Mathias Eick) 05:43
7 Fargo (Mathias Eick) 06:18
8 November (Mathias Eick) 05:02

Recorded  May 2014, Rainbow Studio, Oslo
Produced by Manfred Eicher


後藤雅洋 ごとうまさひろ
1947年、東京生まれ。中等部から慶應義塾で学ぶ。慶應義塾大学商学部在学中の1967年、四谷にジャズ喫茶「いーぐる」を開店、現在に至る。1988年『ジャズ・オブ・パラダイス』を上梓以来、ジャズ評論でも著書多数。近著(監修)に『ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)。

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