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特集『ECM: 私の1枚』

市之瀬浩盟『Ketil Bejornstad,David Darling,Terje Rypdal,Jon Christensen / The Sea』
『ケティル・ビョルンスタ,デイヴィッド・ダーリング,テリエ・リプダル,ヨン・クリステンセン/海』

色鮮やかなもの
かたちの整ったもの
華々しいもの
悲しませないもの
凍てつかせないもの
息が止まりそうにさせないもの

……

今考えてみると、若い頃は「美しいもの」に対しては漠然とこんなものを求めていたんだと思う。
ECMのおとに出会うまでは…

今は朝なのか夕方なのか、わからない
灰色の階調が無造作に散りばめられた雲間から吸収されずにやっとのことですり抜けた光が差し込んでいる
モノトーンの色調の他に此処には色はないのか

此処に来るまで随分と寒かったら目一杯着込んできたが、一枚また一枚と脱ぎ捨てていく
やがて産まれたままの姿で波間に立つ

「海と同化したくなったから」

足首、膝、腰、胸…と海水に浸かっていく
足の裏の感触が消え身体が水面に浮く
自らの意思は消え去りこの身は4人に支えられて波に任される

冷たく、仄暗い曇天の北欧の冬の海
その景色が見せる空気の冷たさを、海や砂の色を、明度を、波の強弱を、一瞬雲間から差し込んだ光が波に反射して光るその煌めきを…皆全てを4人の音で紡ぎあげた。

テリエが放つストラトキャスターの音は今日もいつものように歪んでいるが全くうるさくない
ケティルが爪弾くピアノの波を更に掻き混ぜる風の神か
ヨンのシンバルが更に潮吹雪を泡立て舞い上がらせる
バラバラになりそうな波間をデヴィッドのチェロが慌てずゆっくりと縫い合わせる

波に任せてずっとこうしていたい
太陽はどこだろう
時々雲の灰色が薄くなったところに普段は決して肉眼では直視できないその正円がみえる
波の飛沫がその光に反射して一瞬だけ光る
其処彼処でいつ光るかわからないが
ほらそこ、あっあっち、またここ、むこうでも…
その不規則な間(ま)で揺らぐ周期に翻弄される

ただひと言つぶやいた

「美しいね」

この世で沈黙ほど美しい音はない
世界で一番美しい音が沈黙
この事を真に理解している者だけが此処に集い奏でる事を許される
その沈黙を打ち破り自分が最初に発する音
極限まで自分を追い込み瞬時に放つ音
沈黙と沈黙の狭間でそんな4人の対話が繰り広げられる

今にも壊れそうな、崩れ瓦解しそうな音を皆で支え、時に手放し佇み、見守り、そして再び手を携わる…そんな音の連続が限り無く透明で美しい玲瓏な調になる

最後は沈黙という静寂が賛辞と共に再び訪れる

* * *

この作品のころぐらいからだろうか、ECMの新規録音作品には必ず一曲目の冒頭に「5秒間の無録音」を忍び込ませてある。
聴き手にも“沈黙の次に最も美しい音”を満喫する前に決して穢すことを許されぬ沈黙と向き合う時が与えられる。

その次の音と息を凝らして対峙するために…


ECM 1545

Ketil Bejornstad (p)
David Darling (cello)
Terje Rypdal (g)
Jon Christensen (ds)

Recorded September 1994, Rainbow Studio, Oslo
Produced by Manfred Eicher

市之瀬浩盟

長野県松本市生まれ、育ち。市之瀬ミシン商会三代目。松本市老舗ジャズ喫茶「エオンタ」OB。大人のヨーロッパ・ジャズを好む。ECMと福助にこだわるコレクションを続けている。1999年、ポール・ブレイによる松本市でのソロ・コンサートの際、ブレイを愛車BMWで会場からホテルまで送り届けた思い出がある。

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