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特集『ECM: 私の1枚』

剛田 武『Maja Ratkje / Voice』(Rune Grammofon)
『マヤ・ラクチャ/ヴォイス』

「ECMよりESP」をモットーに聴いてきた果てに・・・。

思い返してみると私が初めてECMと接点を持てそうになったのは1978年、高校1年生の時だった。中学時代に洋楽ポップスやロックに興味を持ち、中3の時にパンクロックに出会って世界がひっくり返るようなショックを受けたが、もともとは父親の影響もありクラシックや映画音楽が好きだった。高校に入ってレコードを自分のこづかいで買えるようになり、レコード屋に入り浸っていたころにキース・ジャレットの『サンベア・コンサート』のチラシを手にした。父のレコード・コレクションに並んでいるオペラのLPボックスを羨ましく思っていたこともあり、FMラジオで聴いたキースの幻想的なピアノがLPレコード10枚に収録されたボックスに憧れを抱いた。しかしながら1万円を超える値段はひと月数千円のこづかいの高校生には高峰の花だった。もしあの時『サンベア・コンサート』を買っていたら、私のECM観は全然違っていたかもしれない。

1982年に大学に入学し、バンドをやりたいと入部した音楽サークルは当時流行のフュージョン やAORが全盛だった。高中正義、カシオペア、ラリー・カールトン、リー・リトナー、山下達郎など気持ちいいだけで軟弱なファッション・ミュージックは、髪の毛を逆立てたパンク/ニューウェイヴ少年だった私にとっては打倒すべき「敵」=体制側の音楽でしかなかった。実際に自作曲の歌詞で「世界制覇を企む悪の音楽(フュージョン)は、街中に溢れて人の心を惑わす」と歌っていたほどだ。サークルのフュージョン・バンドが好んでカバーしていたのがECMのリターン・トゥ・フォーエヴァーの「スペイン」とパット・メセニーの「アメリカン・ガレージ」だった。必然的にECMは「敵」となる。同じころに大学生協の中古レコード・セールでESPレコードの諸作品、アルバート・アイラー、バートン・グリーン、バイロン・アレン、ジュゼッピ・ローガン、チャールズ・タイラー、マリオン・ブラウン、ザ・ファグスなどを安く手に入れ、その荒くれた録音と生々しいモノクロのジャケットに惚れ込んでいたこともあり「ECMよりESP」が音楽を聴く上での座右の銘になった。ちなみにそのあとは「CTIよりICP、GRPよりFMP、ImpulseよりIncus」(最後はアイラーやファラオの手前ちょっと心苦しいが)と続く。

それ以来ECMのイメージはずっと変わることはなく、好き好んでこのレーベルの作品を聴くことはなかった。もちろんアート・アンサンブル・オブ・シカゴやドン・チェリー関係や、スティーヴ・ライヒやメレディス・モンクといった現代音楽は聴いたが、それらすら殊更に透明感を強調した録音やアートぶったジャケットが鼻についたことも否めない。

そんなECMのイメージが少し変わったのは、2000年前後に日本に紹介され始めたRune Grammofonの作品をECMがワールドワイドでディストリビュートしていることを知ってからである。ジャズよりもポストロックやエレクトロニカ系のファンから注目されたこのノルウェーのインディ・レーベルには、ノルウェー現代音楽の重鎮アルネ・ノールヘイムや、日本のノイジシャンとの交流も多いジャズカマーやそのメンバーのラッセ・マーハグが関わっていて、一筋縄ではいかない変態音楽の巣窟のようなレーベルである。中でも女性だけの実験音楽ユニットSPUNKは衝撃的だった。当時ノイズ専門誌『電子雑音』で紹介されていたノルウェーの女性ノイズデュオFe-mailを聴いて想定外の破天荒なコラージュ・ノイズにぶっ飛んだのだが、この二人もSPUNKのメンバーだと知り納得した。特にヴォイスのMaja Ratkje(20年以上経っても読み方がわからない)のソロ・アルバム『Voice』は、すべて彼女の声だけを素材に構成されており、アンビエントから耳を劈くハーシュノイズまで縦横無尽に展開する音世界は、メレディス・モンクの高踏的なアート志向ともディアマンダ・ギャラスの露悪的ホラー趣味とも違った、ピュアな実験精神の結晶である。「ECMよりESP」をモットーに音楽を聴き続けてきた果てに出会ったRune Grammofon。訳のわからない作品が目白押しの変態レーベルを世界に拡散しようとしたECMの度量の広さは評価すべきであろう。

ECMとの提携は2005年に解除されたらしいが、Rune Grammofonは現在まで継続し450作を超える作品をリリースしている。1998年に元ロックバンド、フラ・リッポ・リッピのルネ・クリストファーソンが設立してから25年。ECMスピリットの正統な後継者はRune Grammofonと言えるかもしれない。(2023年3月10日記)


Maja Ratkje: Concept, Sound Source, Voice

A1 Intro
Text:Jon Øystein Flink
A2 Joy
A3 Trio
A4 Octo
A5 Vacuum
B1 Dictaphone Jam
B2 Voice
B3 Chipmunk Party
Text: Flink, Ratkje
B4 Interlude
B5 Acid
B6 Insomnia

Recorded in the Emmanuel Vigeland mausoleum, on a roof, in two basements, in an elevator, in SPUNK studio, in oh brother / sund studios and in a parking house.
Recorded on a gemini tape recorder, hard disk, dictaphone, minidisk and different samplers.
Produced by Jazzkamer, Maja Solveig Kjelstrup Ratkje
Released October 21, 2002

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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