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特集『ECM: 私の1枚』

副島 綾『Momo Kodama / Point and Line – The Piano Études of Debussy & Hosokawa』
『児玉 桃 / 点と線 〜ドビュッシー&細川俊夫:練習曲集』

音源が擦り切れるのではないかと思えるほど、繰り返し聴いてしまうアルバムがある。それが児玉 桃の「Point and Line」だ。

ドビュッシーと細川俊夫、時代も文化も異なる2名の作曲家の小曲をほぼ交互に組み立てたこのアルバム。緑したたる春、日差し輝く夏、おぼろ月の秋、外に出たくもないような冬に、気づいたら立ち帰って聴いてしまう一枚である。そして冬と春が競い合うような強風の日に聴きながら、季節がまた巡ったことに気づく。

クラシック以外のアルバムでも、私はシャッフル機能を使って再生することはない。その一枚を作るとき、いかにアーティストや関係者が流れを考え、試行錯誤を繰り返して、ひとつの物語として組み立てたかが想像されるからだ。このアルバムはまさにその真骨頂である。私たちの耳は、児玉桃が見事に紡ぐドビュッシーの色彩感を味わい、細川俊夫の水滴が落ちるときの間のような密度の高い沈黙を見つけ、またドビュッシーの世界に戻ると新たな感性でその音楽を受け止める。編成の大きな流れで私たちの聴覚が研ぎ澄まされていき、それぞれの作曲家の深部に触れていくのだ。それは共感覚的な快楽であり、大自然の中にいるときに聴覚や視覚、種々の感覚の境が薄れていく現象に近いのかもしれない。だから私は、このアルバムを季節のさまざまな場面に聴きたくなる。

「点と線」。これはアルバム内の細川俊夫の曲のタイトルでもあるが、音楽が想起させる視覚的な世界観以外にも思い当たるものがある。東洋と西洋をつなぐ点と線だ。ドビュッシーや同時代のアーティストといった個々人が日本文化に惹かれ、創作に少なからず影響を受けたこと、また細川俊夫の作曲におけるスタンスも挙げられる。欧州で育ちながら、日本の情緒を繊細な演奏だけでなく人となりにも漂わせている児玉桃さんという存在自体もそうだ。そんな彼女がこのアルバムのPVの撮影場所に、フランスにおける日本文化紹介の中心地であるパリ日本文化会館を選んだことも偶然ではない。

異なる世界と接触することで人間の感性は深まっていった。点と点を結ぶ目に見えない線が生まれ続けること。私にとって、そのような思いに繋がるアルバムである。


ECM 2509
Momo Kodama (Piano)

January 2016, Historischer Reitstadel, Neumarkt
Tonmeister: Stephan Schellmann

収録曲順はこちらを参照されたい

、『点と線』ECM公式PV〜パリ日本文化会館で撮影


副島 綾 そえじまあや
舞台芸術アドバイザー。2000年に渡仏。アヴィニョン演劇祭の事務局、国立シャイヨー劇場、フィリップ・ドゥクフレ・カンパニー、梶本音楽事務所パリ・オフィスで制作勤務。現在はフリーランスとして、主にパリ日本文化会館でプログラミングのアドバイス・広報、他劇場やフェスティバルとのタイアップ、国内外のプログラム・ディレクターへの情報提供など行っている。活動分野は、現代演劇、コンテンポラリーダンス、古典芸能、音楽(クラシック、ジャズ、電子音楽)など。

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